ラストダンスは私に

Save the Last Dance for Me

と言っても越路吹雪ではなく、マネージャーの岩谷時子が主人公。

うちのおじいちゃんが「越路吹雪はホントにいいねぇ」とよく言っていたので、その名が幼少の私の心に刻まれた。

学生時代、友だちに「郷ひろみの『小さな体験』って歌に、『初めて二人が出会った喫茶店にカナリアがいたね』って歌詞があったよね。あのカナリアは絶対黄色だよね。あの歌を聴くと、カナリアしかもう浮かばないよね。すごくない?」と言われ、その作詞をした岩谷時子の名前が、文学少女の私のハートに刻まれた。

そしてそして、中年になって歌舞伎の面白さを知り、まだ生では見たことがない玉三郎を見たい見たいと念じていたら、なーんと、この本には青年期の素顔の玉三郎がいっぱい出てきた!!!

ちなみに西城秀樹も1、2行出てきた。『デュエット』で鳳蘭と共演してるからだけど。

大学進学するとき、私は「レンガ造りのすてきな校舎が並んでる大学」を基準に学校を選んでいた。もちろん神戸女学院も候補に入っていた(←岩谷時子の母校)。でもそこではなく、別のキャンパスが美しい大学を受験した。受験前夜に武庫川沿いのホテルに宿泊し、「嗚呼、もし私がこの学校に受かったら、きっと宝塚をいっぱい見るにちがいない」(←岩谷時子は大の宝塚ファンだった)と川を見つめながら胸を膨らませていた。あの頃の私は人生をなめていた。

この私の意識の流れがこの一冊に詰まっていると言ってもいい。

Last Christmas

Wham!の音楽にもっとトリビュートしてるのかと思ったら、なんか噛み合ってなかった。「Last Christmas」のあのビデオのストーリーをなぞるのかと思いきや…… びっくり仰天して、椅子からずっこけ落ちるかと思った。

最後のシーンにアンドリューが出ていたのだけど、見終わってから友達に言われるまで気づかなかった。

平日の夜だったせいか、何かの知的障害者のグループが介護人たちと一緒にこの映画を見に来ていた。介護人たちは後ろの方に座っていて、障害者は前のほうにいた(映画の間はお互いに離れていたいのかも)。

私達は障害者の割とすぐ後ろに座っていた。映画の中でも割としんみりしたシーンで、彼らが一斉にブツブツつぶやいたり、(つぶやいたせいで?)咳き込んだりしたので驚いた。あのシーンの何かに反応していたのだろうか。確かに、あのシーンあたりから話が思わぬ方向に進んでいった。つぶやきの内容までは聞こえなかった。

ロンドンのいろんな景色が懐かしかった。行ったことのある場所がいっぱい出てきた。あまりにも破天荒な内容だったので、気休めにこれはっとく。

JOKER

joker

やっと見た。帰結点はなんとなくわかっていても、想像していた以上にダークだった。妄想と現実が入り乱れているのも怖かったし、救いがないところも怖かったし、ホアキン・フェニックスの肋骨も怖かった。実際、過去にジョーカーを真似して、とんでもない罪を犯した人もアメリカにはいるので、(私はカナダにいるのだけど)それも怖かった。映画には見入ってしまったけど。

溜め込んだポイント使ってVIP席で映画を見ようと思ったら、VIPチケットを買うにはポイントが足りないと言われ、「じゃあワイン代にポイント使う」と言ったら、アルコールにはポイントは使えないと言われ、今日中にポイントを使わないとポイントが失効してしまうのに!!とジョーカーになりそうになった。

私は、ものを集めるのは好きだけど、実はポイントをあまり集めない。自分が振り回されそうで、勝手に還元してくれないポイントは特に集めたくない(だけど映画館のポイントはすぐにたまってしまうので結果的にためている)。

WOKE

サンフランシスコに行っているときに、エア・カナダが機内放送で「Ladies and Gentlemen」と呼びかけるのはやめて「everyone」と呼びかけることにしたと発表した。変更の動機は、性同一性障害の人などへの理解を示すためなのだけど、「everyone」のほうが短いから楽でいいじゃないの?と思っていた。

先日、銀行の窓口で、行員のおばさんが私を接客しているときに、別の誰かに「Excuse me, Ma’am?」と声をかけた。その行員が「おっとっと!『Ma’am』って使っちゃいけなかったんだわ! 今日そういうトレーニングを受けてきたばっかりなのに」と私にこそっと言うので、「なんで?」と聞いてみた。「明らかに女性に見えても、その人が女性であることに違和感をもって生きているかもしれないから、勝手にこちらが決めつけてはいけないの」と言う。

そうなのか、もうそういうところまで来ているのか、と複雑な気持ちになり、「複雑だよね」と返事した。失礼にならないようにわざわざ「Ma’am」と言っているのに、「そこの赤い服を着たアジア人の中年!」と言うほうがポリティカリー・コレクトなのだから。she/heを曖昧にできない英文法の悲劇だ。

今度は、11月初め、オバマがミレニアム世代に向け、「SNSで人の過ちをあげつらうだけというのは『活動』とは言わない」と発言した。世の中というものはぐちゃぐちゃしていて、矛盾の避けられない場所なのだというようなことも言いたかったのだと思うが、翌日には「オバマも古い」と批判されていた。

SNSを駆使する若い世代で、意識が高く(?)SNSに投稿して世の中に批判の声を上げる行為だとか、その批判を意識して「ちゃんと」作られた作品などを「woke」という。で、そういう批判に晒された人々がキャリアを失うほどまでに追い詰められることもある。そういう風潮をキャンセル・カルチャーという。#metooで著名男性が失墜するのがその好例。そうかと思えば、同じ#metooでも、『Master of None』のアジズ・アンサリが、「それはどうなんだろう、それぐらいは普通のデートの域ではないのか?」的な行為でバッシングされ、いっときキャリアを失いかけたりもする。行き過ぎるキャンセル・カルチャーをオバマは批判したのだと思うし、「ネット弁慶で終わるなよ」とも言いたかったのかも。

「ネット弁慶」で私が個人的に一番イヤなのは「英語警察」。日本で誰かが英語を誤用した疑いがかけられると、「そんなにみんな英語に精通しているの?」というぐらいに英語警察官がニンニンと増える。私は英語で食べているけど、今でも take、make、get、have などのとても簡単そうな単語に頭を悩ましている。

ちなみにオバマも昔、口がすべって「アメリカ57州を訪ねたことがある」と言ったことがあり、ネットで突かれていた。

Where War Ends

ハロウィーンが終わると私の住んでいるカナダでは、赤いポピーのバッジを胸にあしらう人が増えてきます。第一次世界大戦が停戦になった11月11日が「リメンバランス・デー」という戦没者記念日なのです。アメリカでは「ベテランズ・デー」と呼ばれています。アメリカもカナダも、第一次世界大戦どころか、現在進行形で様々な紛争に派兵しているので身近な記念日なのです。

最近仕事で『Where War Ends』という本を読み、そのドキュメンタリーも見ました。アメリカのブッシュ政権時代に始まったイラク戦争で直接戦闘に関わった兵士の、退役後の心の苦しみを描いたものです。

兵士たちは退役後PTSDなどに悩まされ、アルコールやドラッグに依存して定職に就くこともままならず、ホームレスになったり自殺したりします。戦闘で亡くなれば「名誉の戦死」ですが、退役後に精神的な苦しみから自殺するとそうはならない。兵士が退役して社会復帰するときに抱える問題を兵士個人に押しつけるのではなく、軍を海外派兵すると決めた社会の問題として考えませんか? と訴える内容です。裏返して言うと、同じ国民の間でも、戦争に行った人と戦争に行っていない人の距離が開きすぎているのです。

本の英語は読みやすいですが、アメリカ軍のことがわかっていないとわかりにくい言葉が出てきます。ドキュメンタリーは『Almost Sunrise』というタイトルで、アマゾンプライムで見ることができます。そう長くはないのでお勧めです。