韓国文学の中心にあるもの

韓国語の翻訳者、斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』を読みました。朝鮮半島の作家たちにとって、近代に半島で起きた数々の暴力が、いかに創作の原動力になっているのかが書かれています。特に韓国の作家たちの作品を紹介しているのですが、朝鮮半島で起きていた暴力を同時代の日本の作家はどう描いたかにも触れていて、とても奥行きのある内容です。

まずは『82年生まれ、キム・ジオン』の紹介からはじまり、どの章も中身が濃く、読んでいて重苦しい気持ちにもなるのですが、どうして私は隣国のことをこんなにも知らずにいたのだろう、という思いでいっぱいになりました。いつの間にか読みたい本がどんどんと増えていきました。

私が現代の韓国の作家に初めて触れたのは、ハン・ガンですが、彼女の作品を英語で読んでいました。コロナ禍のあいだに、書評講座を通じて何人かの韓国語の翻訳者さんと知り合い、『キャビネット』を熟読したのをきっかけに、韓国の作品は和訳で読むべきだと思い至りました。今、私の積読は韓国文学でいっぱいです。きっと、いろんな作品を読みながら、この『韓国文学の中心にあるもの』を何度も開くような気がします。

朝鮮戦争時に日本はアメリカ軍の補給基地になり、朝鮮特需を経験して戦後不況を脱しましたが、私の祖父は1948年に化学工業の会社を何人かと一緒に起業しているので、業種的に朝鮮特需を狙ったのかなと、やや複雑な気持ちに……

毎年、終戦記念日の週に太平洋戦争についての映画を観ることにしています。今年は何を見ようかなと考えていたところへ、『韓国文学の中心にあるもの』を読んだので、今年は韓国の映画を観て、この本に書いてあることを反芻しようかな。配信で見つかるかな…… 

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