Weather Frog

私が集めているスワロフスキーのクリスタルメモリーズというミニチュアラインには、いろんなシリーズがあって数限りない。基本はクリスタル+ゴールドプレートが使われているのだけど、まったく同じシリーズがクリスタル+シルバープレートとして繰り返されている。一生かかっても全部集められない。全部集めるつもりはないけど。

最近、金色のカエルが施されたものを買った。目は緑色のクリスタルで決めていた。しかも達磨のように片目だけに緑色のクリスタルが入っていた。片方取れてしまったのかも。何か器のようなものに梯子が突っ込まれ、その梯子にカエルはつかまっている。

初めてネットでこれを見つけたとき、アジア人の私は「井の中の蛙?」と思った。クリスタルメモリーズは「夢」を売っているので、「井の中の蛙大海を知らず」ではあまりにも抹香臭い。「なぜカエルに梯子……?」ネットで調べればすぐに答えがわかるのだけど、「調べてはいけない」と自分に課した。もう少し、「これは何だろう?」と妄想を楽しみたかった。

私はカエルがあまり好きではない。田舎育ちなので、雨上がりの道路に何匹も何匹もカエルの死体が転がるなかを歩く恐怖、真っ暗闇の道を歩いていて一歩足を踏み出そうとしたら、巨大な食用ガエルが黒光りしているのを目にしたときの衝撃、外で本を読んでいたら、カエルを口にくわえたヘビと目が合ったときの空恐ろしさ(いや、カエルと目があったのかもしれない)、すべてトラウマになっている。が、小さなアマガエルが葉っぱに載っている姿も見たことは何度もあって、それはそれで可愛いとは思ってはいたが、それ以外の思い出があまりにも強烈すぎた。

ある日、とうとう堪えきれなくなって調べたら、お天気ガエルだった。井戸にいるのではなくて、コップかなにかの器に住んでいて、そこに梯子が突っ込んであって、カエルが梯子を上ると晴れ、梯子を下りると雨、という予報になるらしい。ドイツとスイスあたりに伝わる話らしく、オーストリアが本拠地のスワロフスキーっぽい話だなと思って、遂にポチってしまった。

トロントにカナダ・ライフというビルがある。そのビルの上には塔がくっついていて、このカエルと同じノリで天気予報を教えてくれる。塔の電飾が下から上にチカチカ動けば気温が上がる、上から下に動けば気温が下がる、電飾が全然チカチカしていなければ気温に変化なし。電飾が緑だと晴れ、赤だと曇り、赤が点滅してると雨、白だと雪…… 

ああ、なんか夢がほしい。夢をみていたい。

Treasure Chest

 ある日彼からメッセージが届いた。

「Z」

 たった一文字。だたそれだけだった。どういう意味だろう。「X」でもなければ「L」でもなくて「Z」…… すぐに返事をしてこじらせるよりは、彼が帰ってきたときに聞いたほうがいい。そう思って不安な気持ちを抑えた。
 長い間待って、やっと彼が帰宅した。彼はあのメッセージにはまったく触れずに自室に下がった。彼の部屋には大きなつづらのようなものがあり、鍵がかかっている。そのとき私は、暗い閃きを感じた。ひょっとしたら、あの中に何かヒントがあるかもしれない、と思った。今彼は自室で、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、深い溜め息をつきながら、あのつづらを開けているに違いない。いや、もしかすると、毎晩私が寝たのを確認してから、そっと起き上がり、何か私には見せたくないものをそこにしまい込んでいるのかもしれない。暗がりの中で、月明かりだけを頼りに。
 あのつづらはいつからあの部屋にあるのだろう。気がついたときにはもう置いてあった。あれを開ける鍵はどこにあるのだろう。夕食を温め直す私の手に力が入った。

 翌朝、彼を仕事に送り出し、独りになった私は、鍵のありかを考えた。常識が「開けてはいけないよ」と囁いている。でもこれくらいのルールは破ってもいいような気がしてならない。すると常識は、「知ってしまった秘密を、知らなかったことにはできませんよ」と、畳み掛けるように、語気を強めてきた。でも、鍵を探すぐらいはいいじゃないか。見つからないかもしれないし、見つけたところで、思いとどまって、実際にはあのつづらを開けないかもしれない。それに…… あの中には、私にとって大切なものは入っていない可能性もある。なーんだ、こんなものを大事にしまってたのか、と結果的に笑って終わる可能性もある。常識は、もはやこれ以上何も言うことはないと、腕組みをしているだけだ。
 鍵を隠すとしたら、どの辺に隠すだろう。ひょっとしたら彼は持ち歩いているのかもしれない。なぜわざわざ持ち歩くのだろう。きっと私に探し当てられては困るからに違いない。とすると、あの中に入っているものは、やはり…… まさか……?
 そっと彼の部屋に忍び込んだ。常識は「知ってしまった秘密を知らなかったことにはできないんですよ!」と、最後に叫びに近い声を上げた。そんなことを言われても、私には「知らなかったことにできない状態」を想像できない。知らなかったことにできない状態…… 知らなかったことにできない状態……

 そうだ、やっぱり彼に聞いてみよう。あの「Z」にはどんな意味が込められているのかを。携帯電話を取り出し、おそるおそる文字を入力した。

「昨日のあのメッセージ、あれは何だったの?」

 携帯の画面は怖いくらいに静かだった。
 しばらくすると、返事が来た。

「ああ、あれのことかな? 別の人にメッセージを送ろうとしたら、間違えて君に送っちゃったんだよ」

 別の人?…… それはやっぱりあのつづらの中にあるものと関係しているのではないだろうか。頭の中でありとあらゆる警告アラートが鳴りだした。常識が何かを叫んでいるけれど、その声はかき消されて聞こえない。私は指で額の脂汗を拭った。