Cobra Kai (Season 3)

新年早々からコブラ会見てました。シーズンフィナーレには必ず「ボコボコの乱闘シーン」が来るのですね。

今シーズンは中年の大人たちの「自己実現の欲求」に付き合わされて、そこが面倒くさく感じた分、高校生たちの悩みがより一層ピュアで、真剣そのもののように思えました。彼らの悩みというのは自分で選んだわけではない、むしろ親から与えられた試練のようなものなので…… でも、高校生に正しいSNSの使い方をいい年した大人が教わっている場面など、ほのぼのとするところもあったりします。

私にとって『コブラ会』の面白いところは、若い時は貧しくて純粋だったダニエルが成功者となったがために、財力をふりまわしていることに本人がまったく気づいていない点です。今回も、リッチなミヤギ道場が、またまた金に物を言わせてコブラ会つぶしにかかっていました。一応、ミヤギ道場は「善」を重んじる道場なので、何をしても許されるような感じで描かれているし、そういうことに関しては「悪」のほうがまともなのですね。だから「悪」のほうはミヤギ道場を「ボコボコにしたくなる」のでしょう。

オリジナル映画に出ていた俳優たちの同窓会のノリも、それはそれで楽しかったです。エリザベス・シューは『リービング・ラスベガス』の頃を思い出して、「へぇ……」と思ってしまったんですけどね。

The Queen’s Gambit

ものすごく暗い話でしたが、話を語る順番って大事だなって思いました。主人公がやさぐれたときのメイクがすごかったです。あと、人生に「鉄板」があるってすごく大事だとも思いましたね。ま、主人公にとってそれがチェスなわけですが。

巣ごもり生活が続いているし、このドラマに触発されてチェスやってる人、多いんでしょうね。以前働いていた会社にはチェスクラブがあって、夕方になると、会社の人とその子どもたちが会議室に集まってやってました。

我が家はチェスではなく、囲碁だったので、祖父は近所の人と対戦するため自転車に乗って互いを訪ね合っていました。祖父が好んで対戦する人は「船乗りさん」だったことを亡くなってから知りました。私も小学生の頃、囲碁を習おうと思いましたが、碁会所のたばこの煙がすごくてあきらめました。祖父は私の大学生時代の下宿先の大家さん相手に囲碁を打ったこともあり、「あなたのおじいさんとまた一局お願いしたいわぁ」とよく声を掛けられました(あれは、自分で声を掛けられないから、私に頼んでいたのではないかと今頃になって思う……)。そういえば、サンフランシスコに住んでいた時、外でテーブル広げてチェスやってる人いっぱいいたな。

全然関係ないですけど、今頃やっと『ひよっこ』全部見終わりました。世の中いろんなコンテンツがあふれていますが、ああいうドラマってNHKの朝ドラしかないんじゃないか、とネットフリックスで海外ドラマばっかり見ている私は思いました。

Year of the Dragon

「なんて美しい顔……」と私がため息をついたはじめての人はジョン・ローンです。作品数も少ないし、いつの間にか映画界から消えていったので、年老いた彼の姿を見ることもなく、あの美しさは神格化されています。「謎に包まれた芸能人」でしたよね。

久しぶりに『Year of the Dragon』を見ました。1980年代のニューヨークの中華街が舞台になっているので、今見ると何かとひっかかりを感じるかもしれないと思いましたが、そうでもありませんでした。今だったらアウトになるアジア人に向けた差別用語がじゃんじゃん出てきますが。

今さら驚いたこと/印象深かったこと

1)痩せたミッキー・ルークと、彼が体現しているベトナム帰りの男(何かと見失っている)

2)アメリカ側はミッキー・ルークのような個人であるのに対し、チャイナタウンは「家族(のようなつながり)、1000年の歴史、勤労、集団」で対抗

3)ミッキー・ルークが「何かにつけ“1000年の歴史”っていうお前らはウザい!」と暴言を吐くところ。

4)アメリカにおいて、チャイナタウン(異質な文化のはびこる場所)は結局、触らないほうがよいと帰結するところ。

5)最後の決闘シーン。ジョン・ローンが自らの手で死ぬところ(恥の文化)。その場にいたミッキー・ルークが気持ちを汲んで、銃を貸してやるところ。多分、現代の映画だと、せっかく銃を貸してやったミッキー・ルークがやられて、二人とも死ぬと思う。

6)旧態依然としたチャイナタウンの伝統を変えようとしていたはずのジョン・ローンが死んでも、チャイナタウンはまた翌日から活気にあふれ、何事もなかったかのように日常が始まること。

7)準主人公級の中国系アメリカ人、トレイシー役は、日系アメリカ人が演じていること。彼女のファッション、髪型、メーク、住んでいるアパートと、すべてがいかにも1980年代なこと。

8)トレイシーのアパートはブルックリン(?)にあるらしく、ワールドトレードセンターのツインタワーが見えていること。

9)エンディングに流れる中国の演歌

Cobra Kai

『コブラ会』をあちこちから勧められた。極めつけは、マーク・マロン(アメリカのコメディアン)。彼のポッドキャストを聞いていたら「シーズン2まで全部一気に見てしもうた」と言っていたので、私も観てしもた。余談だけど、マーク・マロンは、痛い目に遭ったことがあるので、映画や本の話をするなら、絶対に自分で見て/読んでからでないと話さないというポリシーを持っている(本人談)。

まだ全話見切ってはいないけど、すごく面白い。シーズン3もあるらしい。この間まで、字幕で韓流ドラマ見たり、1話が複雑で長い『Better Call Saul』を見ていたので、「ながら作業で楽しめる」のもうれしい。オリジナルの映画を見てからのほうが断然楽しめるけど、私は、ドンピシャの世代なので、大昔に見た記憶をたどりながら楽しんだ。

『コブラ会』の何が面白いかというと、何と言っても、アイデンティティ・ポリティクスから距離を置いているところ。「よし、お前は弱者なのだな! 戦え! 容赦はするな!」と教える。その後は、善悪の間をずっとうろうろしているのだけれども。

あと、『ベスト・キッド』にいた、ミスター・ミヤギの不在。というか、「そういうすばらしい人が昔いた」という雲の上の存在になっているところ。すべてが見通せる仙人は『コブラ会』にはいない。空手を教える先生もみーんな「人生模索中」。ただし、『ベスト・キッド』の主役だったダニエルは、空手チャンピオンになって以来、そのまま「勝者路線」をつっぱしってきているので、「おれは間違ってない」と一番思い込みが激しい。なんなら、「すべては金と権力で解決!」「後輩は指導してやりたい!」とすぐ思ってしまうから、一番めんどうな大人になっているとも言える。そこが笑える。

オリジナルの映画と唯一変わってないのが、カリフォルニア風に咀嚼されて、なんだそれ?な日本文化。それも笑える。ダニエルが作ってる盆栽など。いや、あれは盆栽ではない。「ボンザーイ」という別の園芸なのだ。『ベスト・キッド』のときは、ミスター・ミヤギに遠慮して堂々とは笑えなかった。今はぎゃはぎゃは笑える。

今月はこれで乗り切るぞ!

Better Call Saul

コロナの巣ごもり生活が始まった頃、1話を見るのに時間のかかる『ブレイキング・バッド』を全部見て、今、やっぱり1話を見るのに時間のかかる『Better Call Saul』を見てる。『Better Call Saul』は、スターウォーズにたとえるなら、アナキン・スカイウォーカーがなぜダース・ベイダーになったのかを説明する話に似ている。『ブレイキング・バッド』に登場するワル(だけど悪徳ではない)な弁護士が、なぜ闇の世界で生きることなったのかを延々と6シーズンかけて説明している。ジミーがソウルになって、今はジーンとして生きているというややこしい設定だし、『ブレイキング・バッド』を見ていないと、面白くはないだろうけど。

『ブレイキング・バッド』よりストーリーは時間を逆行している設定なので、Saul役のボブ・オデンカークをはじめ、『ブレイキング・バッド』のときから出ている役者たちの加齢が気にはなるが仕方がない。

巣ごもり生活とともにネットフリックスデビューした友人とドラマの好みがあまりにも違いすぎて、重なるとこがない、と思っていたら、『Better Call Saul』で初めて重なった。人の好みってわからないものだな、と実感……