翻訳勉強会 – 二つの旅の終わりに

コロナ禍を機にYA翻訳の勉強会に入り、エイダン・チェンバーズ作、原田勝訳の『二つの旅の終わりに』を少しずつ訳してきた。気がつけば2年以上経っていて、この小説のラストに近づいている。

なかなかに奥深い小説で、大人も十分に楽しめる。すぐに自意識をこじらせては考え込む思春期の少年が主人公で、彼の心の成長に第二次世界大戦がかかわって、少年は理不尽なことをいろいろと知る。現代はこの少年の語り、第二次世界大戦の過去は年老いた女性の語りと二重になっている。

この小説を部分的にあちこち訳してみて、改めて思い知ったが、話は重要であればあるほど複雑。現代は「すきま時間の活用」だとか「時短」なんて言葉が躍る時代だけど、そんな時間でわかるような問題じゃない!本当は何かをじっくり考える時間、考えている間に時間なんて忘れるくらいの経験が大切なんだよ。

私はかたい内容のノンフィクションを時々訳すので、著者が「すごくややこしい問題を考えることを読者に促す」ために、どういう章立てをして、どんな具体例をどれくらい、どのタイミングで盛り込んでくるのかについてよく考え込む。原文の文章が緻密であればあるほど、「ここに誤解されたくない、言いたいことがある? 煙に巻こうとしてる?」と思って読み返す。『二つの旅の終わりに』を訳していて、そういう作業は文芸もノンフィクションも同じだなと思った。

今、気候変動の本を訳してる。過去にいったん遡って、徐々に現代に近づく手法で書かれていて、文章が緻密。そういところも『二つの旅の終わりに』と似てる。似てるっていうのは変に聞こえるかもしれないけど。

そんなわけで、最近は家人と気象現象の話をする。私よりは断然科学に詳しいので。昨日は「成層圏(stratosphere)」の話になり、「昔は、<え?まじで?何それ?>みたいなことを stratospheric と言っていたが、今は誰もそんな言葉を使わない」と教えてもらった。

ChatGPTに訊いてみたところ、いろいろと例を挙げてくれた。

  • stratospheric prices=めちゃくちゃ値段が高い
  • stratospheric salaries=めちゃくちゃ給料が高い
  • stratospheric success=超すごい/すげー、やるじゃん
  • stratospheric leaps=超すごい/すげー、やるじゃん

今はもう「成層圏ぐらいで威張んなよ」ということで、使われなくなったのだろうか。

原書はこっち↓↓↓

読書会13 – 李王家の縁談

4月の読書会の課題書は、林真理子の『李王朝の縁談』でした。おーい、この読書会はもともと海外のYAを読むんでなかったんかい? はい、この本を提案したのは私でした。

結論から言いますと、私は不満でした(私だけではなかったが)。何というか、雲の上の存在であることにプライドを持っているはずの主人公、伊都子が妙に下世話で、婚活支援大好きおばさんのようになっていました。たぶん林真理子ファンにとっては、そこんとこが魅力なのでしょうが、私は……でした。下世話に感じた理由の一つに、伊都子が「毛皮にXX円使った」とか「XX円分のお土産を用意した」などと書かれている点が挙げられます。おーい、雲の上の人とちがうんかーい!?って。

あと、タイトルに「李王家」とあるので、もっと李王家について、李王家に嫁いだ方子について書いてほしかったです。どっちかというと、李王家以外の他の家の話でした。でも、伊都子が主人公ではそれは無理なのかも。戦前の日本が王朝を通じて東アジアをつなげようとする、『ラスト・エンペラー』的な、東洋のマリー・アントワネット的な話を期待していたのですが、そうではなかったです。あと、国際結婚のややこしさ、難しさをじっくりと描いているわけでもないです。

ですが、みんなと話しているうちに、歴史的背景や王族の存在について盛り上がり、こういう物議を醸しかねない題材を、ある意味誰にでも読みやすく書いた林真理子ってちょっとすごいんじゃない?と思ったりもしました。

この読書会の前後に『李の花は散っても』という小説が出て、これも読んだメンバーさんの話によると、こちらのほうが私が求めていたものがしっかりと書かれているから、「こちらを読め!」とお達しが来ました。読みます!!

いつもとは様子の違った読書会になり、とても楽しかったです。

18世紀のヘアスタイリング

新しい訳本が出ました! 『18世紀のドレスメイキング』がローズ・ベルタンを気取る本だとしたら、『18世紀のヘアスタイリング』はレオナール・オーティエになりきる本。ちなみに、ベルタンはマリー・アントワネットのドレスメーカー、オーティエはマリー・アントワネットの髪結い師です。

これを訳すために、資料を読むという口実をつけ、『ベルばら』を全巻読みなおしましたし、同じく漫画の『傾国の仕立て屋ローズ・ベルタン』も、ノンフィクションの『マリー・アントワネットの髪結い:素顔の王妃を見た男』も参考にしました。本当はツヴァイクの『マリー・アントワネット』も読みたかったのですが、時間がなかったので、こちらはあとの楽しみに。漫画情報は、翻訳の勉強会や読書会で一緒の人にいろいろと教えてもらい、助かりました!

もちろん、ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』も見直しましたし、オーストリア妃だったシシィこと、エリーザベト・フォン・エスターライヒのドラマも見て、時代や国が変わればドレスも髪型も変わるもんだと実感。

これはロココ時代のヘアスタイリングについての本なのですが、著者たちがアメリカ人なので、ロココヘアがイギリスやアメリカに広まるとどうなったか、なんてことにも言及があります。フランスほどはっちゃけてない! あと、髪がセミロングでもロココヘアにできますし、自分で整髪剤やコスメを作れるレシピも載ってます。

とにかくですね、ファッションの歴史は面白い! 俄然興味が湧き、今オンラインでファッション史講座を受講してます。講師はこの本の監修を担当されている青木さんです。勉強もしたし、ファッション史の本、どんどん訳したい!

インスタグラムでは、歴史衣装のコスプレしている人たちをいっぱいフォローしてます。みんなとても楽しそう! この間コミコンに行ってきたのですが、ロココに特化したイベントがあったらすごく楽しいだろうにと思いました。すでにどこかでやってそうですが。

コロナ禍でファッションが遠のいた人たちは、ロココ調のヘアやドレスを現代風にアレンジして、どかーんとおしゃれを楽しんでみては? まあ、既にそういう人が一人いますが、それは黒柳徹子さん! 私が師と仰ぐ方です。

読書会12 – 私の名前はルーシー・バートン

3月の読書会の課題書は、エリザベス・ストラウトの『私の名前はルーシー・バートン』(小川高義訳)。1980年代のニューヨークが舞台で、イリノイ州の田舎で暮らした過去にフラッシュバックしたかと思えば、フラッシュフォーワードもする。

とても貧しい幼少時代を過ごした、主人公のルーシー・バートンは一家の中で唯一大学に進学し、結婚して子どもを産み、小説家としての才能を開花させ、ニューヨーク市に住んでいる。ところが病気で長期入院することになったため、田舎から母親が付き添いとして5日間だけ病院に寝泊まりする。田舎で貧しいまま暮らした母親と、都会で作家として成功しはじめた娘の会話は、水面下でぎくしゃくする。

ルーシー・バートンがイリノイでどういう暮らしをしていたのかは、少しずつ明らかになるが、深くは掘り下げない。貧しさのせいで欠落しているものを抱え、親の愛がいびつで、虐待を受けたルーシーの過去は少しずつあぶり出される。

読書会では、現在過去未来を行ったり来たりするストーリーの流れのなかでルーシーの過去を拾い集めたものを披露し合うように、「つまり、ルーシーは……?」と話し合ったのが興味深かった。

2回目の読書会で読んだ『わたしはイザベル』も、貧困に由来する母娘の虐待関係を描いた話だったことを読書会仲間が思い出させてくれた。どちらも虐待関係を乗り越えて、「私はXXXXXだ」と自分を改めて名乗りなおすのが共通点。『わたしはイザベル』は作者自身の体験だから、名乗りなおした「その後」は世間が知っている。一方の『私の名前はルーシー・バートン』は架空の人物。作者が作中で「ルーシーのその後」を書いているので、読者はルーシーがどういう道を歩んだのかを徐々に知る。

母と娘ってむずかしい。

次は、この読書会では初めての和書を読む!

A Christmas Mistake

2年前、イラストレーターの友人とコラボして、『赤毛のアン』でおなじみのモンゴメリの古い短編『A Christmas Mistake』を『クリスマスの伝言』と訳して、ミニ冊子を作った。去年はそれを電子書籍化して、Kindle Unlimited でも読めるようにし、英語版も作ってグリーティングカードにも使えるように体裁を整えた。どれもこれも、かかったコストは回収していないけど、学びは多かった。

ボケキャラの導入

ところで、この『クリスマスの伝言』、単なる心温まるお話という以外に、モンゴメリの力量を感じる部分がいくつかある。まずは、登場人物の多さ。英語で2900文字にも満たない短い作品なのに、8人も登場人物がいて、主人公の女性2人はもちろん、他の6人も性格や物語の位置づけがぱっとわかるように書いてある。そして、この女性2人を一気に近づけるため、「ボケキャラ男子」を投入している。このボケキャラが伝言ゲームで失敗を犯すのが、この話のミソなのだ。

キリスト教的な互助精神を描いているのに、「男にボケさせる」という仕掛けを思いついたモンゴメリを私は尊敬した。それだけではない。モンゴメリは主人公の女性2人に、ボケ男について手厳しいことを言わせ、「庇護を受けるのは女性」という社会通念をひっくり返している。主人公の1人の女性は、子だくさんで男の子も何人かいるが、みな幼いため、「どいつもこいつも」な少年で、まだ母親の世話になっているところが見逃せない。

19世紀終わりから20世紀初めのお菓子

『クリスマスの伝言』には、19世紀から20世紀に入る頃のお菓子がたくさん登場する。だから、イラストの作り甲斐があった。なんたってまだ電気の冷蔵庫がない時代。ゼラチンを使ったお菓子は高級とみなされていたようで、それをケーキ台の上にのせて出したりする。『クリスマスの伝言』にもクランベリーゼリーを外で冷やし固めて作る場面が出てくる。北米でよく見かける「Jell-O」が売れ始めたのは、ちょうど、モンゴメリが『赤毛のアン』を発表する頃だった。

私たちはここから、19世紀のクックブックに目覚め、これで次の冊子を作るべく、時間があるときに調べている。イラストレーターの友達は料理好きなので、当時のレシピどおりにお菓子を再現してくれる。でも、全然おいしくないらしい。