プロデュースの基本

友だちがこの本の情報をシェアしていたので、興味を持って読みました。

おもしろかった。

グラフィックデザイナーの友だちと一緒にこのサイトのロゴやらグッズを作っているけど、いつもぶちあたるのは「いいけど、ずれてない?」です。ずれてるときは大体、何をしたいのかよくわからなくて迷走しているときです。「何かをやる→ちょっと違う→自分のことなのに感覚が麻痺してダメ出しすらできない→人に頼る→やり直す」という作業の流れは、本職(翻訳)にもよーくあてはまります。でも本職だと、時間の制約などで「やり直し」のチャンスが与えられないときもあります。学校の宿題や課題にも本質的に「やり直し」はないですよね。

それはさておき、『プロデュースの基本』を読んで、昔、銀色夏生に感じたほろ苦い嫉妬を思い出しました。広告代理店入りを目指す友だちから「銀色夏生、おもしろい」と紹介され、その詩集を読んだのです(こぶたが出てくるやつ)。当時、文筆業にすすめたらいいけど自分には才能もなければセンスもないし、コネもない、家を継げ(=夢が持てない)と、ナイナイ病に犯されていた私は、ぱらぱらとページをめくりながら、「こんなの、私にだって書ける!」と、詩集をポイしてしまいました。

学校を出て初めて勤めた会社では「社内報のメンバーになれば?」とチャンスをもらいました。なのに、私はそのチャンスを生かしきれませんでした。会社を辞めると、社内報の編集長だった先輩がせっせと手紙を送ってきてくれました。手紙はいつも「壁新聞」のつくりになっていて、先輩が見た映画や本の感想、おいしかったスイーツのことなどがイラスト付きで書いてあって、受け取るのがすごく楽しみでした。

で、後から「そして僕は途方に暮れる」の作詞が銀色夏生だったと知り、私は本当に途方に暮れたのでした。だって、あの詩、すごくいいですよね。

そして今、2021年……

ナイナイ病はいつしか「時間ナイナイ病」になり、才能やコネやお金なんてあんまりなくたって、いろんなものが作れる時代になりました。「ねーねー、これ見て!」とか「これ読んでみて!」と対面で言わなくても、インターネットという大海の中に自分の作品をこっそりと置いておき、ツイートとFBで「アップデートしました」と伝えておく。趣味系のSNS(編み物、読書、映画、俳句など)なら同じ匂いのする人々とつながれて毎日が楽しい。自分が作ったものを仲間に見てもらえるって本当にうれしい。多分、「ものを作る」趣味を持たない人には、「何言ってんの?」って話です、ハイ。

ひらがなでよめばわかる日本語

これを読めば、句会でかなりパワーアップした句をひねることができるのでは? 訳文を作るときに役に立つのでは? などといやらしい欲を出して手にしました。しかし、「やまとことば」を語る背景として、そこここに散りばめられた神話や古代人の考え、万葉の歌がことごとく面白かったです。俳句も訳文も自分の言語力やセンスの範囲を超えたものは作れない。「なんか盗めるかも?」と考えたのはせこかった。

ところで、私の俳号は「今日丹」です。「ショーン・タン」みたいな響きですね。

仕事上、言葉をいろいろ知っておいたほうが武器になるし、ブログを始めるずっと前から、すてきな言葉をメモしています。この本を読み終わってからぱらぱら見返すと、どうも頭でっかちな「熟語」とかが多く、なんかちょっと恥ずかしかったです。もっぱら、そのときに読んでいる本に影響されているのだと思うけど。逆に、英語のすてきな言葉は、ドラマや映画のセリフが多くて、キャッチーな言葉ばかり書き留めてありました。いずれにせよ、自分が「こんな言葉が駆使できる人間になりたい」の欲望がうずまいておりました。

『ひらがなでよめばわかる日本語』は、日本の神話を知ることもできるし、著者が何をもって「やまとことば」と考えているのかもわかるし、日本の古代人の考えまでもがわかるような気がしてきて、なんというか、今のごたごたした世の中を忘れさせてくれるような、悠久の時の流れを感じさせてくれました。

日本の神話と言えば、もちろん三重県のこともちらちらと出てきて、ぐいぐい読んでしまいました。終わりのほうは、おそらく国語を研究している人たちの間ではまだ議論されていて、決着がついていないようなことも書いてありました。そういうトゲトゲした話題から入らないところに上品さを感じました。

死ぬまでに行きたい海

『死ぬまでに行きたい海』というタイトルなのに、著者の岸本佐知子さんは、それがどこの海だったか思い出せないのだそうで…… 共感できるところが多いから(同じ職業のせい?)岸本さんのエッセイが好き。コロナ禍で日本の書店がやっているブックイベントにカナダからでも参加できるようになり、この本のイベントものぞけたのは本当にありがたい。こっちからだと午前5時始まりだけど、徹夜で働けばちょうど朝寝前に参加できて、私にはちょうどいい。オンラインのイベントだと質問もしやすいし、実際参加者の質問はおもしろい。

私は伊勢湾のそばで育ったせいなのか「海は働くところ」「怖いところ」のイメージがあります。今まで入った中でよかった海はクレタ島にあるエラフォニシビーチ。ものすごく遠浅の海が広がっていって、カバンを頭の上に乗せて水中散歩する感じでした。見てよかった海はイギリスのセントアイブスの海。冷たそうだから見ているだけで十分。

死ぬまでに行きたい海があるとしたら、ずっと昔の記憶の海にもう一度行きたい。子どもの頃、ウミガメの卵を発見した実家の家の近くの砂浜とか。砂を掘り返してみつけたので、今思えばかわいそうなことをしたわけですが。一緒に卵を発見した姉は、「幼稚園の友達に見せる」と大事に卵を持って幼稚園に行ったら、カメが死んでいたというホラーな経験もしたらしいです。

同じ砂浜には桜貝の貝殻もふんだんに落ちていて、「今日は桜貝だけを拾い集める」というルールを決めて、みんなで桜貝だけを拾いながらどこまでも歩いていった記憶もあります。拾った貝はビニール袋に入れ、それを振り回しながら歩くので、華奢な桜貝は家に着く頃にはほぼ全部割れているのですが…… バブルの頃、四駆で砂浜を走る同じくらいの若者たちを見ては、「あんなことしたら桜貝が全部割れる!」と怒っていたのも覚えてる。

地元の海だけど、家の近くではない浜へ(江戸橋駅からだったと思う)、一人で行きました。その頃私は『赤毛のアン』シリーズの制覇中で、砂浜に寝転がって本を読んでいると、いつの間にか寝入ってしまいました。自分のスース―した寝息に「さらさらさらさら……」と水の音が伴奏が……ものすごく身近に聞こえる…… がばっと起き上がると、満潮になってきて周り一帯が海になっていました。私のいるところだけが島になっていて、砂浜は彼方遠くにありました。あのホラー体験をした浜辺は一体どこなのか、今は思い出せませんが、河口付近だったような気がします。

死刑執行人サンソン

漫画『イノサン』の爆読みからの、世界の様々な処刑方法を紹介する本の翻訳オーデション落ち、そしてベルギーの拷問ミュージアム訪問と、なぜか黒歴史に惹かれています。

その制度の善し悪しは別にして、歴史を振り返ると、人間は「処刑」を見物するのが大好きなんですね。で、処刑の方法にも、罪状と身分が反映されていたので、豊富なバリエーションが存在したわけです。

でも私がいちばん興味をそそられるのは、「処刑」への民衆の反応です。一般的に言って、個人の心の中では善悪は白黒きっぱり分かれているものでもなくて、葛藤がある。はっきり言ってグレーゾーンだらけ。ところが、他人に対して善悪を判断するとなると、しかも「民衆」というかたまりになると、事情が違う。これは何なのでしょう。

処刑というと極端ですが、たとえば、SNSで無責任な立ち位置からの暴言・放言に似ているかもしれません。ハンドルネームを使い、「個」がばれないことを担保した上での、政治や社会問題に対する批判、有名人への批判が、「マス」となったときの暴力性…… 処刑に湧く群衆と似ているのです。

ちなみに、この本はビジュアルがゼロなので、寝る前に読んでも悪夢にうなされることはありません。死刑制度を持つ社会には「死刑執行人」が存在し、その人が死刑を認める社会に忌み嫌われるという矛盾が中心に書かれています。

ギロチンは「自由と平等」の思想にもとづいて発明されたものなのだそうで。それまでは、高貴な人々はバサっと首を切られ、庶民は八つ裂きなどにされていたのです。そこで、処刑における身分差別の撤廃を呼びかけたのが「ギヨタン」という人なのだそうで。ギロチン+ギヨタンに笑ってしまいました。

武田百合子対談集

何年か前に友人から武田百合子の本を借りてから、武田百合子の文章が好きになり、自分でもいろいろと彼女のエッセイ集を集めてます。何気ない日常生活も、彼女の視点と文章力でこんなにも面白くなるのかと…… 参考にしたいと思って文章をじっくり読むけど、真似はできない。文章力と視点はセットになっているからね。

これは対談集なのだけど、相手が深沢七郎、金井美恵子&久美子姉妹、吉行淳之介で、特に金井姉妹との対談が面白かった。『好色五人女』の登場人物の分析も面白かったけど。対談の相手が男だと、やっぱり旦那さんのことを訊かれるから、相手がはっちゃけた女性のほうが面白いのかも。それに私は武田泰淳の作品を読んだことがないから、旦那さんのことを聞いてもね、という気がする。

『好色五人女』みたいな話って、昔から栄えていた都みたいなところにしかないよね。ヨーロッパにもあるし。カナダには…… ない(よね?)

表紙デザインがすてき。こういうシャツ持ってる。