読書会10 – トム・ソーヤーの冒険

2023年は、古典中の古典『トム・ソーヤーの冒険』で始まり! 翻訳界の大御所がいろいろな訳を出しているので悩みましたが、私は光文社古典新訳文庫で。読書会では、土屋京子訳と柴田元幸訳に分かれました。

時代設定は1840年代のアメリカ。書かれたのは南北戦争後。というわけで、当時の差別が描かれ、差別用語も使われているのですが、あとがきで説明があります。私は差別語はできるかぎり、当時のまま使って、あとがきなどできちんと解説するのがいいと思う派です。

今回私が読んだのは抄訳や編訳ではない、本家本元の『トム・ソーヤーの冒険』だったので、難しそうな言葉がたくさん並んでいるのに驚きました。「これは、大人向き?」と不思議に思いつつ読み進めていくと、「訳者あとがき」に訳語・訳文についての説明ありました! 原文がそうなんですね。

現代の冒険譚に慣れてしまうと、トム・ソーヤーの「冒険」ってなんかしょぼいと感じてしまうのですが、時代背景をいろいろと考えさせてくれるので、大人になってからでも楽しめるなと思いました。私にとってツボだったのは、呪術をみんなが真面目に信じてるところ。口伝にまことしやかに情報が伝わって、伝わり方も曖昧な上、内容も曖昧な情報の交換でマウントを取り合っている様子が、今と変わらない!

あとで小学校2年生の姪っ子が大好きな学研の「10才までに読みたい世界の名作シリーズ」の『トム・ソーヤーの冒険』も読んでみました。いやぁ、こちらもいい。編訳の段階で何を切り捨て、何を残したのかがよくわかり、編訳という仕事の難しさ(ありがたさ)を知りました。私もこのシリーズ、大好きです。忙しい大人が読んでも勉強になります。10歳未満の子たちが喜んで読んでるのもわかる! 短くはしてあるけど、全然手を抜いてない!

読書会9 – 歩道橋の魔術師

今月は呉明益の『歩道橋の魔術師』。この本がお題に選ばれたのは、明治書院の高校生用の国語の教科書に、この小説が収録されたという話をメンバーさんが教えてくれたから。掲載されるのは表題作だけらしいですが。

この読書会で呉明益作品を読むのは今回で2冊目。1冊目の『雨の島』と同じように、短編がいくつも収録されていて、本全体を貫く要素がある。たとえば、どれも昔台北にあった中華商場が舞台になっていて、そこで育った子どもたちの視点、その子どもたちが大人になってからの視点で語られている。狭い空間しか知らない子どもの世界の端っこには魔術師がいて、子どもたちの人生の転機にマジックを使い、その世界に穴を開ける。そして、どの短編も暗く、大人に成長した子どもたちは幸せそうではない。全体にたなびくような不幸感が、エドワード・ヤンの映画みたいだと思った。

電子版の『歩道橋の魔術師』には、天野健太郎訳に、及川茜訳の短編が一つ追加されていて、1冊で二人の訳者の訳を読めるのもうれしかった。特に、いちばん最後に収録されている、及川さんが訳された双子の話が、「二つの中国」に二枚舌を使う「外国」、あるいは、「中国が二つある状態」に対する決断を保留し続ける「台湾」の話のように読めて興味深かった。

天野健太郎の訳者あとがきに加え、東山彰良の解説もあって、こちらも読みごたえがある。私が『歩道橋の魔術師』に出てくる中華商場の存在を初めて知ったのは、東山彰良の『流』を読んだときだった。

Perversion of Justice

著者はアメリカの地方紙「マイアミ・ヘラルド」のジャーナリスト、ジュリー・ブラウン。ジェフリー・エプスタイン逮捕にいたるまで、彼のセックス・トラフィッキングの犠牲者たちを説得して地道に取材を続けた過程がわかる本です。

アメリカの司法制度がわからないと難しい点もありますが、それをすっとばして、エプスタインの斡旋で16歳未満の女性たちとセックスをした「世界的に有名な男たち」、「アメリカの諸領域で重職に就いている男たち」の名前はもちろんのこと、エプスタインを長年にわたり法の裁きを受けさせないよう、特別な計らいをした人々の名前を心に刻むだけでも価値があるかもしれません。それにしても、こういうスキャンダルが起きるとすぐに名前が出てくるビル・クリントンやドナルド・トランプのような人たちがいるかと思えば、バラク・オバマのように絶対に名前が出てこないクリーンな人はいるんですよね。

この本に魅力を添えているのは、著者のジュリー・ブラウンがワーキング・シングル・マザーであって、元夫もあまり頼りにならない状況で二人の子どもを育て、請求書とにらめっこしつつ、日々の生活に苦労しながら、アメリカの暗部を暴いた事実かもしれません。エプスタイン事件の取材が本書の大筋ならば、著者の私生活の苦労が副筋になっていて、人間味を感じます。

司法制度を無視できるだけの富を持つエプスタインのゴージャスな生活を垣間見たいなら、ネットフリックスの『ジェフリー・エプスタイン: 権力と背徳の億万長者』がいいかもしれません。でも私は、ジュリー・ブラウンに投げ銭するつもりでこの本を買いました。なので、読んだのは英語版です。

原題になっている「Perversion of Justice」という言葉が、著者にとってどれだけ大切だったかが原書には書かれています。エプスタインそのものが怪物ですが、そういう存在を許してしまう「歪んだ司法制度」を暴いた本だから。

『ジェフリー・エプスタイン 億万長者の顔をした怪物』という邦題で、日本語訳も出ています。

読書会8 – ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ

先月はコロンビアの小説だったけど、今月はスペインで、キルメン・ウリベの『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』(金子奈美訳)。といっても、もとはバスク語で書かれた小説。

私はバスク語もバスク文化も知らない。かろうじて、「この辺がバスク地方」と地図で指させるのと、フランコ政権による弾圧の歴史があって、独立を目指す過激グループがいたことを知っている程度の知識しかない。

でもそんな予備知識は不要かも。バスク地方に生まれた主人公(つまり作者)は、バスクの大きくて重い歴史など背負っていない。主人公は、バスク人なのになぜかフランコ側についていた祖父のことを知ろうとするが、過去を遡っている間に、いろんな人から聞いた思い出話を断片的に、芋づる式に次から次へとひっぱってくる。いたって個人的な語りは、「結局何の話が始まるのかな?」とこちらが不安になるほどだ。ただ、ひとつひとつの思い出話に余白があって、妙に興味深く、グーグルマップでうんと拡大しないと見えないような、小さな島々の話も出てくる(セントギルダ島やロッコール島。ロッコール島なんて岩だもんね)。そういう世間には無視されがちな話を、主人公はニューヨーク行の飛行機の中で振り返る。

読みはじめて3分の1くらいまでは、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』みたいな話なんだろうか?と思って読んでいた(映画の構想を練りたいけどアイデアが浮かばないって話)。登場人物がやたらと多く、あとで重要になるかもしれないからメモっとこ…… なんて努力は途中でやめた。「なぜそんなにディテールをがっつりと掴みにいこうとするんだ? もっとリラックスして読めば?」と自分に注意を促すほどだった。

「面白いかも?」と思いはじめたのは、半分をすぎてから。誰かの心をえぐって見せるような書き方でないのが心地よい。たまたまバスクに生まれた男の人が、自分の系譜をさかのぼりたい気持ちが、中年の私にはちょっとわかる。もしかしたら、自分の居場所の確認なのかも、とも思った。

それと同時に、こういう少数言語を操る人々やその人たちの文化を「底上げしてくれる場所」として、ニューヨーク・シティが登場するので、やっぱりニューヨークを見直した。

しょっぱなから、ぐいぐいと読者(あるいは視聴者)の興味をひきつけるものが多いなか、感情がじわじわとあとから押し寄せる書き方が好きになった。でもそれは、読書会でメンバーの感想を聞いて、そう思えたところも大きい。読書体験を後押ししてくれる読書会や書評ってのは重要だと思った。

にしても、明確な起承転結はないから、ストーリーにぐっと引き込まれたい人には向かない小説かも。

ぼくは川のように話す

原田勝さんの訳書『ぼくは川のように話す』を小学校2年生の姪っ子に送りました。姪っ子は今、ハリポタにどはまりしている読書家なのです。

身近に吃音の子がいるからと関心を持って夏休みに読んでくれたのですが、姪っ子は学校が大好きで、学校に行きたくない子の気持ちが、もひとつよくわからなかったようです。

著者ジョーダン・スコットは吃音障害を持ったカナダの詩人。『ぼくは川のように話す』の文章は短くて、とても詩的。それがちと難しかったのかしらと思ったら、「社会を知らなさすぎて、説明がいちいち必要だった」らしいです。そこで、親に説明してもらって、「学校に行きたくないほど、つらい気持ちになるとは?」を自分なりに考えたそうです。

この本の絵を描いたのはシドニー・スミス。この人もカナダのイラストレーターです。絵が好きな姪っ子は絵が気に入ったようです。やっぱり、小さい子に絵は大事ですね。

ちなみに私にとって学校はいつも苦痛な場所でした。行かなくてすむなら絶対に行きたくないところです。

姪っ子との共読をきっかけに、同じく原田さん翻訳で、吃音障害を持った少年が主人公の『ペーパーボーイ』と『コピーボーイ』を読みました。少年時代から大学進学までと話がつながっています。作者はヴィンス・ヴォーター。

『ペーパーボーイ』はメンフィスが舞台、時代設定は1959年。『コピーボーイ』は、それから数年経ったところから始まり、主人公はメンフィスからニューオリンズに車で旅をします。主人公を成長させてくれる「親切な大人」たちが何人も出てきて、人生の橋渡し役になってくれます。

年齢に応じた性愛も描かれています。少年時代はお母さん的な人を、青年になると同年代の女の子をそれぞれ好きになり、健全だなぁと思いました。夏休みに読むといいんじゃないでしょうか。

余談1:主人公がニューオリンズの街に入るとき、「ポンチャートレイン湖コーズウェイ」という橋を渡るのですが、私も1994年に同じ橋を渡ったことがあります。巨大な湖の上にかかる長い橋で、まるで水上を走っているような錯覚をおぼえます。風がびゅんびゅん吹くと、橋からおちるんじゃないか?!という不安を抱かせる怖い橋です。サンフランシスコ・ベイエリアのダンバートン・ブリッジや、シアトルのハイウェイ90のメモリアル・ブリッジも怖いですよね。

余談2:『コピーボーイ』では、メンフィスからハイウェイ51を南下してニューオリンズに行きます。それに並行してインターステートハイウェイ55もあるのですが、こちらはミシシッピ川に沿うように、ニューオリンズとシカゴを結んでます。この道をいつか車で走りたい。アメリカは西から東へ横断したことがあるのですが、南北はまだない。でも、なかなか実現しません。すぐに飛行機に乗ってしまう。

余談3:メンフィスとニューオリンズの間に、ジャクソンという町があります。『コピーボーイ』が書かれた頃から人口構成が変わり、今は財政難で水道を新しくすることができず、蛇口をひねっても飲めるような水質の水が出てこないところが多いとニュースになっていました。

余談4:どうして原田さんの訳書ばかりかというと、原田さんのもとで翻訳の勉強をしているからです。仕事でかたい内容のノンフィクションを訳しているので、やわらかな文章を作る練習をしたいのと、親戚の小さな子どもたちに年齢にあった本をお勧めしたくて児童書の翻訳の勉強会に入ってます。