クララとお日さま

私はイシグロファンです。今回、初版のサイン本を買いました。半年くらい前にトロント国際映画祭の「In Conversation With」というイベントにカズオ・イシグロがズームで登壇したのですが、その参加条件がサイン本の購入だったのでした。

ようやく一気読みする時間がとれたのですが、『クララとお日さま』は世界同時刊行だったうえに、パンデミックのせいで、オンラインで様々な読書会があり、先にかなり内容を知っていました。それでも、私には感動的で、興味深かったです。多くの人が言うように、『私を離さないで』ほどの驚きも衝撃もありません。が、『私を離さないで』が出版された2005年に比べると、AI技術が一般に広く認知されているために、「クローンよりデジタルだ」と思う人が増えたから、こういう話が成立するのかなと。ちなみに、「ああ、これはやっぱり空恐ろしい話だ……」と思ったのは、7割ほど読んでからです。最後は、クララの太陽崇拝と健気な献身ぶりに泣きました。

日本の読者がクララのことを「ドラえもんっぽい」というのにも納得しました。でもクララには一体どのような「体」が与えられているのか、本ではよくわからない。ドラえもんのような愛くるしいぬいぐるみタイプではないことは明らかで、エクス・マキナ系の体かな……

今回は、紙の本で文字を追いながら、オーディオブックを聞くという方法で読みました。私の今一番のお気に入りの読書法です。英語で『クララとお日さま』を読もうかなと思っている人には超おススメです。朗読者はSaru Siuというアジア系アメリカ人女性。この朗読者がすばらしい! AIと人間をとてもうまく区別しています。ジョージーの家にいるお手伝いさんが「外国から来た移民」の設定になっているので、訛りのあるブロークンな英語で、時々AIのクララに話しかけるのですが、そのお手伝いさんの声もすっごく上手です(あのお手伝いさんが唯一の癒しの存在だった気がする)。たった一人で、AI、人間の老若男女、移民のお手伝いさんの声を担当し、すべてがうまい! オーディオブックのスピードに自分の読書スピードが左右されますが、倍速で聞いたりせず、Saru Siuのすばらしい朗読を心行くまで堪能してほしいです。

ところで、「初版+サイン本」のお宝写真を友人の本好きの旦那さん(アメリカ人)に見せたところ、「表紙デザインが違う」と偽物疑惑を掛けられました。アメリカ版とカナダ版(UK版)の表紙デザインが微妙に違うのですね。こちらがアメリカ版。

小さいおうち

The Little House

トロントでこの映画を観たとき、中島京子が会場に来ていて、カナダ人のインタビュアーに「あれは山田洋二という有名な監督が撮ったものなので文句は言えません」と言っていた。そこで原作を読むことにした。

確かに、映画とは違う。原作はカズオ・イシグロの『日の名残り』に非常に近いノリで書かれている。主な違いは、『日の名残り』のほうは、執事の回想に「おいおい!」と突っ込むのが読者で、『小さいおうち』は、女中の回想に女中の甥の次男という若者が横やりを入れているので、それも合わせて読者は読むところ。

トロントでは緊急事態宣言がまだ解かれておらず、夜がヒマなので、『小さいおうち』の英訳と併せて並行読書することにした。翻訳には、誤訳はあっても「これが正解」というものはないので、他人の翻訳を読むのがいちばんいい勉強になる。私には、原書が日本語で、その英訳を見るというのが一番しっくりいく。英訳の苦労に触れられるし、斬新な解決策を軽やかに見せているところに感心するのが好きだから。逆に他人の和訳を見ると、自分の能力と他人の能力を比べてしまうから精神上よろしくない。

余談だけど、人間は自分の内面と他人の外面を比べてしまうから不幸になってしまうのだって。だからSNS疲れというのが起きてしまうのだわ、と妙に納得。

近頃、ポストコロナ本の出版ラッシュのようなものが起きているらしい。私にもその余波がほんのわずかながら届いている。