カナダ総督―時代に合わせて多様性を配慮

「カナダを伝える会」の note からの再録です。

カナダにはイギリス国王の代理を務める「カナダ総督」が今も存在します。「え?」っと驚かれる人もいるかもしれませんが、ま、それはさておき、2021年7月、第30代のカナダ総督が任命されました。新総督のメアリー・スミスは、カナダ先住民イヌイットで、イヌイット語も話します。初の先住民出身のカナダ総督の誕生です。任命式では、英語とフランス語だけでなく、イヌイット語でも挨拶していました。歴代総督に比べると、フランス語が弱いので、「これからもっとフランス語能力を磨く」ことを公約しています。ちゃんとこう言っておかないと、カナダのフランス系勢力が許さないのでしょう。

カナダ総督は歴代白人男性だったのですが、1984年に初の女性総督ジャンヌ・ソーヴ(23代目)が任命されたのをきっかけに、性別や人種などの多様性が配慮されるようになりました。26代目(1999年)は香港系のエイドリアン・クラークソン、27代目(2005年)はハイチ系のミカエル・ジャン、29代目(2017年)は宇宙飛行士のジュリー・ペイエット、と女性が多くなっています。英語とフランス語が話せるのは当然で、みなさん他にも数カ国が話せる大変に優秀な人たちです。

ジャンヌ・ソーヴの時代は、イギリスのサッチャー政権時代と重なりますし、エイドリアン・クラークソンの時代は、香港が中国に返還され、カナダに多くの香港人が移住してきた時期と重なります。ミカエル・ジャンは初の黒人総督で、ハイチからの難民でした。ジュリー・ペイエットは宇宙流行りのなか、科学分野で活躍する女性の象徴的存在として選ばれたような気がします。それぞれの時代で、総督選びに「多様性」を配慮しているのがわかります。ミカエル・ジャンが総督だったとき、先住民イヌイット族の地、ヌナブト準州を訪問し、先住民が食べるアザラシの心臓(生)がふるまわれ、彼女がそれを口にしたことで、EUから大変なバッシングを受けたのが2009年。あれから、12年の歳月を経て、イヌイット族の人が総督になったのです。

ちなみに、カナダ総督の任期は5年。イギリス国王の代理なので、カナダ国内では「総督はいるか/いらないか」議論が時々起こります。カナダでは、カナダ国籍を取得するとき、イギリス国王に忠誠を誓うのですが、イギリスの旧植民地から移住してきた人々は、このことに驚き、失望する人も少なからずいるそうです。カナダの先住民たちも、「イギリス国王に忠誠を誓う宣誓式」には反対しています。

イギリス王室が代替わりすれば、「総督はいるか/いらないか」議論は再燃し、真剣に見直されることでしょう。現在の「カナダ総督」だけでなく、植民地時代のカナダには、フランス総督もいましたし、総督がいなかった時期というのは17世紀にまで遡らないといけません。カナダが国として、どのようなアイデンティティを築いていくのか、気になるところです。

追記:この記事のトップにある写真は、「The Death of General Wolfe」という絵です。ジェームズ・ウルフというイギリスの軍人が死ぬところを描いています。この絵の中に、先住民の男性が一人いますね? 彼以外の人の名前はわかっているのですが、この先住民の彼だけ誰かわからない。この先住民族はフランス軍か、イギリス軍に加担して戦っていたのですね。モントリオールの旧市街にあるバンク・オブ・モントリオールの古い建物の上のほうにも、この彼っぽい人がいます。

THE BREAK ―断ち切れない負のスパイラルの中で生きる

カナダの真ん中に広がる平原地帯にマニトバ州ウィニペグ市はある。その街には、先住民の一族、四世代の女たちがそれぞれに暮らしている。

一族の中に裕福な暮らしをしている者は一人もいない。男たちは家庭をほったらかして風のように消えていき、残された女たちは子育てをしながら悶々としている。時に、彼女たちは自己を肯定できず、酒やドラッグの誘惑と背中合わせに暮らしている。彼女らの子供たちも、油断していると半グレ集団に誘い込まれかねない世界で生きている。

ある日、一族のひとり、ステラがレイプ事件を目撃する。通報しても、警察はなかなか来ない。やっと来たと思ったら、白人の警察官は「どうせ先住民同士の小競り合いだろう」と言葉の端々に偏見をにじませるばかりだ。

だが、その白人警察官と同行していた若い警察官は先住民と白人の混血児だ。捜査の経験は浅いが、先住民の生活を知っている。やる気のない先輩警官と意見を対立させながらも、彼は積極的に捜査に乗り出す。

やがて被害者が特定される。被害者は13歳のエミリー。彼女もまた一族の一人だった。エミリーはまだ片思いしか知らない真面目な少女だが、半グレ集団のパーティーに危険な場所だと知らずに行き、事件に巻き込まれた。まもなく加害者も読者には明かされる。加害者も若いが、実は……。

この小説のタイトル「THE BREAK」は、ウィニペグ市のある一角を示す言葉なのだが、同時に「割れる」「壊れる」「断ち切る」といった意味が込められている。レイプ事件の凶器に使われたビール瓶が「割れ」、エミリーの純真さが「破壊」され、次々と起きる不幸に心が「折れ」そうになる。それでも「壊れない」ものが二つある。一つは、一族の女たちの絆。もう一つは、先住民が負わされた負のスパイラルだ。特に加害者は、無責任な大人に振り回されて育った子供で、社会に出ていくために必要なものを何も与えられず、何も教えられていない。加害者に与えられるのは罰だけで、そのサイクルは果てしなく繰り返されるのではないかと、この小説は思わせる。

ウィニペグ市は人口の12%を先住民系が占めている。カナダ全体で先住民系の人口が約5%であることを考えると、突出して先住民が多い。それでいて、ウィニペグの底辺社会には先住民が圧倒的に多い。彼らの苦しみは、先住民としての暮らし、言葉や文化を奪われたところから始まっている。世代を超えて負わされたトラウマが、現代では貧困、差別、依存症、犯罪につながっている。この小説では、若い警察官を除き、徹底的に女性の視点で描かれ、女性のレジリエンスだけでなく、女性がふるう暴力についても描かれているところが独特だ。

著者のキャサリーナ・ヴァーメッテは、「メティス」と呼ばれるカナダ先住民と白人入植者との混血だ。メティスが法的にカナダ先住民だと認められたのは1982年のことである。メティスであることの証明書があれば、一種の差別是正プログラムの対象者となるので就職しやすくなることもある。その辺りの事情や偏見についても、この小説で描かれている。

この記事は「カナダを伝える会」に投稿したものを再録しています。

「カナダを伝える会」

1カ月ほど前にカナダにゆかりのある翻訳者さんを募集して、何人か集まり、7月10日から Note にてカナダの書籍や作家、文化についてメンバーがぼちぼちと発信しています。メンバーも多様です。

先日ユーチューブライブに出演したとき、「カナダ文学の魅力は?」と訊かれたのですが「まだ自分でもよくわからない」と言ってしまいました。そもそもわからないから知りたいという欲求がある。カナダ文学にうっすらと感じていることはあるのですが、まだ読書量が足りないので思いつきで発言をするのもな……とも思ったのでした。

「カナダを伝える会」をやろうと思ったとき、何が「カナダっぽいのか」は一人の人間が説明するより、複数の人が「これがカナダっぽい」と発言したほうが面白いのではと考えました。そのほうが複眼的なので、読者側も情報を押し付けられているというよりは、「そうかもね~」と気軽に感じたり(あるいは「それは違う」とか)、「へえ、カナダにはそういうものがあるのか」と思ったり、自由に取捨選択できていいんじゃないかと思います。

カナダに「カナダ語」なるものが存在するわけではなく、カナダ人は英語かフランス語で書いて世に出しているので、第三者が「この人、カナダ人作家だよ」と言わないことにはカナダ作品であることがわかりにくい。SF小説に非常に詳しい人に、「SF小説が盛んなところはどこですか?」と尋ねたら、2番目にカナダが挙がったので、今、カナダのSFに詳しい人いないかな…… と探しています。あとは、アメリカにはアメリカ南部の独特の小説があるように、カナダにもオンタリオ南部の作家の作品群があります。そういうものも、うまく紹介していきたい。

日本でもそうですよね。小説は標準的な日本語で書かれるけれど、小説に地方色はある。

というわけで、Note を時々のぞいてみてください。ツイッターでもつぶやいています(@writersoncanada)。目印はピンクのビーバーです。それから、「やってみたい!」という人がいたら連絡ください。難しいことなど書かなくたっていいんです、自分の言葉で語りたい人なら是非!