Guild Park

トロントの東に「ギルドパーク」という、取り壊された古い建物のかけらを集めた公園があります。トロントは、ヨーロッパの街に比べれば、(ヨーロッパ的な)歴史は浅いし、割とあっさりと古い建物を壊してしまうことも多い…… この街に引越したばかりの頃は、古いものを残したいと考える建築家や写真家が案内する散歩ツアーに参加したり、彼らのブログをよく読んでいました。

いやぁ、この公園はなかなかよかった。いちおう、歴史的な建造物を残しておこうという気があるから、こういう公園が成立しているのだと思いますが、ゴロゴロと置いてあるだけで、低い「かけら」ならベンチがわりに座ってもよい、というおおらかさ。

「そうね、これは残したくなるよね」というものもあれば、「これ?」と思うものも並べてあります。

これは Bank of Toronto という昔あった銀行の建物の外壁。左が先住民、右がブリタニア。真ん中は、てっぺんにビーバー、左上がイギリスを象徴するライオン、右上にまたビーバー、左下は麦穂、右下が貿易船。穀物を自由貿易して、イギリスからの経済的独立を目指しますよ、という決意のあらわれ?? ちなみに、Bank of Toronto は合併により、今は TD になっています。

こちらは、インスリンを発見して、ノーベル生理学・医学賞をとったバンティング博士の自宅にあったマントルピース。マントルピースだけなの!? という不思議な光景。

もっと大きな、ギリシャ神殿をまねたようなものもあるのですが、そこはウェディングの撮影に使われていたので、近寄れませんでした。雪が積もった日にまた行きたい。

地図問題

ある文書にカナダの地図を入れようとしました。スペースに限りがあるので、カナダだけの輪郭の地図を入れてみました。ところが、下の図を見てもらえばわかるように、「ナニコレ?」なんですね。カナダは下(南)にアメリカがあってこそ「ああ、カナダね」と認識される、新しい発見です。

Outlined Canada

でもこれはカナダ特有の問題ではありません。アメリカも同じ。アラスカ州が飛び地であることは、カナダなしでは説明できません。それなのに、大統領選の開票速報などで見せる地図では、アラスカはハワイ同様、「島」扱い(飛び地を「陸の孤島」なんて言いますしね)。四角い画面に妙な空白を残さずアメリカ全土を有効に映し出すための苦肉の策なのでしょうが、もしかすると、アラスカをベーリング海に浮かぶ島だと思っている人もいるかもしれません。

他にも「単独で見せられても、何の国かわからない」ところはいっぱいあります。イギリスとイタリアを除くヨーロッパ諸国、スカンジナビア諸国、アフリカや南米の国々は軒並みそうです。台湾も。輪郭だけの地図を見せられても、「これ、台湾ですよね」と言える自信は私にはありません。左手に中国大陸がドカーンとあって、アモイが対岸にある、などの周辺情報が与えられてはじめて、正解が出せる感じでしょうか。

逆に、単独で輪郭だけ見せられても、それとわかるイギリスとイタリア(日本やインドもこの仲間に入ると思う)にも問題がありそうです。イギリスの場合は北アイルランドですね。ブリテン諸島を輪郭だけで見せられた場合、なんとなくですが、うっかりスコットランド北部を指さして「ここでしょ?北アイルランドは」と言う人もいるのではないでしょうか。イタリアの場合は、あの長靴の形が独り歩きしていて、周辺にどんな国があるのかわかりにくい。

話はカナダに戻りますが、カナダおけるトロントの異質さは、この街にカナダの人口が集中していて、実はシカゴと同規模の街であるということのほかに、トロントのある辺りの土地がアメリカの国土に食い込むように、矢印状に伸びていることでもわかります。英米戦争の流れが変わっていたら、トロントはアメリカに併合されていたでしょう。今後、アメリカと友好関係を続けられるかどうかもわかったもんではないですし、この矢印みたいな形がいかにも「アメリカに入りたい」と言っているような気がしませんか。

持続可能な魂の利用

松田青子さんにはトロントで直接会って、短い時間だったけど相談したことがあります(ご本人は覚えてないと思うけど)。松田さんは小説家ですが、英語を話すのもうまいし翻訳もされるし、とがった雰囲気もあって、興味を持っていました。

で、で、で! まさかこの小説にトロントが頻繁に出てくるとは思いもしませんでした。私が出会ったあの頃に、「トロントを使っちゃおうかな?」とか構想を練っていたのかもしれません(?)。この小説には、日本で女性として生きていくことの生きづらさがAKB系のアイドルになぞらえて書かれていて、女性がもっと自由に生きられる場所としてトロントが登場します。

トロントに長く住んでいる人は「でもね……」と言いたくなるかもしれません。性のダイバーシティを叫ぶトロントに長くいると、その中で生まれる矛盾にも気づかされるのです。性差や性的指向を理由にした差別が仮になくなったとしても、比較的寛容な街に移り住んだとしても、「じゃあ、あなたはどうやって生きていく?」という課題は残るからです。そういう根本的な問題は政治化させても解決できません。自分が強くなる方法を見つけるしかない。

この本を読みながら、かつて日本で暮らしていた我が身を振り返らずにはいられませんでした。私の場合、人生最初に直面した難関が、わが父の異常な男尊女卑で、16歳にはかなり高めのハードルでした。ある日、父と船釣りに出かけ、釣りが嫌いな私はカメラ片手にカモメや空の写真を撮っていました。すると、船を操縦していた漁師さんに「女の子なんだから、お父さんの手伝いをしろ!」と怒られました。私は呆然とし、釣りのエサも、釣った魚も怖くて触れないので、断固拒否しましたが、向こうにしてみれば、「勝手なことばかりして、一体何のために船に乗り込んだのか、コイツは!?」と腹立たしく、注意せずにはいられなかったのだと思います。でも、「女の子/男の子なんだから」の枕詞が付くと、カチンとくるわけですね。

ま、この個人的なエピソードはこの小説とは関係ないですが…… 

小説のストーリーは複層的で、空白の改行によってのみ、場面が変わったことが知らされるので、「おっとっと!」と読者としては躓きそうになりますが、反抗的なイメージのアイドルグループのセンターと主人公が重なっていくところは、なかなか面白いです。

これ、男の人が読むとどう思うんでしょうね? 感想が知りたいです。