掃除婦のための手引き書(書評講座の書き直し)

2022年4月16日の「翻訳者のための書評講座」の課題を書き直しました。Before & After は note にも掲載しています。

洗剤や消毒の匂いが漂う『掃除婦のための手引き書』

 本書を手に取る人はきっと『掃除婦のための手引き書』という不思議な題に興味を惹かれるだろう。ところが、表紙の写真は掃除婦らしからぬ美しい女性。小粋に煙草を指に挟んだまま、微笑を浮かべて遠くを見つめる目は達観し、何事も見逃さないような印象を与える。この女性が著者のルシア・ベルリンだ。
 1977年に出版された初の作品集をきっかけに、一部で知られるようになったベルリンは、「知る人ぞ知る作家」のまま、2004年に亡くなった。再発見され、世間一般に知られるようになったのは2015年、彼女の全作品のうち43編が新たに編まれて出版されてからのことだ。ここに紹介する日本語版には、2015年版の『A Manual for Cleaning Women』の中の24編が収録されている。
 表題の短編「掃除婦のための手引き書」は、カリフォルニア州サンフランシスコの対岸にあるバークレーとオークランドでベルリンが掃除婦をしていた頃の話がもとになっている。主人公マギー・メイは、通勤に乗るバスの路線別に出来事を並べ、裕福で進歩的で、幸せそうに見える家庭の家を片付けるときの、物の盗み方、ペットとの接し方、他人の不幸のかけらの見つけ方を助言する。
 自己実現のために「掃除婦になりたい」と思う人など少ないだろうに、なぜ「手引き書」なのか。掃除婦マギー・メイには絶対悪や絶対善の感覚がない。善悪は相対化され、独特のバランス感覚を持っている。だから「奥様がくれるものは、何でももらってありがとうございますと言うこと。バスに置いてくるか、道端に捨てるかすればいい」と言いのける。死別したパートナーとの思い出も時々挿入され、行き場を失った愛情をどうしたらよいのかを、マギー・メイは掃除の仕事の行き帰りに考えている。
 どの短編も主人公の女性はベルリン自身がモデルだ。少女時代は引越が多かったせいか、学校でやることなすことぎこちなく、問題児扱いをされていた。大人になってからは重度のアルコール依存症に苦しんだ。同じくアルコール依存症だった母親との関係も難しく、幼い頃のおぞましい体験も後半に収録されている「沈黙」で明らかになる。コインランドリー、病院、歯科医院、養護施設と、洗剤や消毒の匂いが漂う場所が頻繁に登場するのは、自分に絡みつく酒の匂いや過去を払拭したかったから?
 この作品集は冒頭から順番に読めば、ルシア・ベルリンが自分の不幸とどう折り合いをつけていったのか、彼女にとって文章を書くことがいかに大切だったのかを知ることができる。『掃除婦の手引き書』なのだが、「苦しみの殿堂」で、彼女は末期がんの妹の家を片づけながら、「死には手引き書がない」と言っている。
 
(想定媒体:読売新聞)
(1072文字)

言い訳(と豊崎さんからの心に残ったコメント)

 第1回目の書評講座後、私は小泉今日子の書評に注目して研究しました。周囲の人に「あれは小泉今日子だから許されるのであって、アンタが書いても……」という耳の痛いことを言われましたが、私は小泉さんの「本との出会い」から本の内容へと進む書き方がいいなと感じていたのです。そこで今回は、表紙→あとがき→表題作の順番で書いてみました。これが私のこの本との出会い方だったので。いたって普通の出会い方ではありますが。
 修正前は、「人生の一回性」について書こうと思っていました。講師の豊崎さんには「それならば、人生は取り返しがつかない、と感じたところを本からピックアップして書けばいいのに、書いてない」と指摘されました。確かに、書いてません。
 今回は書きたいことを箇条書きにして、それをつないで膨らませただけでした。結果、「文章がぶつぶつ、ごつごつした感じになっている」と指摘を受け、「800字字数が与えられているなら、その2倍や3倍は書いて、削りに削る作業をしないといけない」とアドバイスも受けました。完全に見破られていました。本当にそのとおりだと思います。この書き直しも、別に大した改善はないですが、記録のためにここにさらしておきます。
 
「他の人にはない気づきがあって面白い」とおっしゃっていただきましたが、実は、豊崎さんの書評講座では毎回同じようなことを褒めていただき、私にはこれしか褒めるべきところがないようなのです(トホホ……)。

なーんと、第3回も企画中です。12月3日(土)に開催です。課題書はまだ決まっていませんが、興味のある方は是非!まだまだ時間があるので、講師豊崎さんの『ニッポンの書評』を読んで、ウォームアップすることをお勧めします。

死ぬまでに行きたい海

『死ぬまでに行きたい海』というタイトルなのに、著者の岸本佐知子さんは、それがどこの海だったか思い出せないのだそうで…… 共感できるところが多いから(同じ職業のせい?)岸本さんのエッセイが好き。コロナ禍で日本の書店がやっているブックイベントにカナダからでも参加できるようになり、この本のイベントものぞけたのは本当にありがたい。こっちからだと午前5時始まりだけど、徹夜で働けばちょうど朝寝前に参加できて、私にはちょうどいい。オンラインのイベントだと質問もしやすいし、実際参加者の質問はおもしろい。

私は伊勢湾のそばで育ったせいなのか「海は働くところ」「怖いところ」のイメージがあります。今まで入った中でよかった海はクレタ島にあるエラフォニシビーチ。ものすごく遠浅の海が広がっていって、カバンを頭の上に乗せて水中散歩する感じでした。見てよかった海はイギリスのセントアイブスの海。冷たそうだから見ているだけで十分。

死ぬまでに行きたい海があるとしたら、ずっと昔の記憶の海にもう一度行きたい。子どもの頃、ウミガメの卵を発見した実家の家の近くの砂浜とか。砂を掘り返してみつけたので、今思えばかわいそうなことをしたわけですが。一緒に卵を発見した姉は、「幼稚園の友達に見せる」と大事に卵を持って幼稚園に行ったら、カメが死んでいたというホラーな経験もしたらしいです。

同じ砂浜には桜貝の貝殻もふんだんに落ちていて、「今日は桜貝だけを拾い集める」というルールを決めて、みんなで桜貝だけを拾いながらどこまでも歩いていった記憶もあります。拾った貝はビニール袋に入れ、それを振り回しながら歩くので、華奢な桜貝は家に着く頃にはほぼ全部割れているのですが…… バブルの頃、四駆で砂浜を走る同じくらいの若者たちを見ては、「あんなことしたら桜貝が全部割れる!」と怒っていたのも覚えてる。

地元の海だけど、家の近くではない浜へ(江戸橋駅からだったと思う)、一人で行きました。その頃私は『赤毛のアン』シリーズの制覇中で、砂浜に寝転がって本を読んでいると、いつの間にか寝入ってしまいました。自分のスース―した寝息に「さらさらさらさら……」と水の音が伴奏が……ものすごく身近に聞こえる…… がばっと起き上がると、満潮になってきて周り一帯が海になっていました。私のいるところだけが島になっていて、砂浜は彼方遠くにありました。あのホラー体験をした浜辺は一体どこなのか、今は思い出せませんが、河口付近だったような気がします。