死ぬまでに行きたい海

『死ぬまでに行きたい海』というタイトルなのに、著者の岸本佐知子さんは、それがどこの海だったか思い出せないのだそうで…… 共感できるところが多いから(同じ職業のせい?)岸本さんのエッセイが好き。コロナ禍で日本の書店がやっているブックイベントにカナダからでも参加できるようになり、この本のイベントものぞけたのは本当にありがたい。こっちからだと午前5時始まりだけど、徹夜で働けばちょうど朝寝前に参加できて、私にはちょうどいい。オンラインのイベントだと質問もしやすいし、実際参加者の質問はおもしろい。

私は伊勢湾のそばで育ったせいなのか「海は働くところ」「怖いところ」のイメージがあります。今まで入った中でよかった海はクレタ島にあるエラフォニシビーチ。ものすごく遠浅の海が広がっていって、カバンを頭の上に乗せて水中散歩する感じでした。見てよかった海はイギリスのセントアイブスの海。冷たそうだから見ているだけで十分。

死ぬまでに行きたい海があるとしたら、ずっと昔の記憶の海にもう一度行きたい。子どもの頃、ウミガメの卵を発見した実家の家の近くの砂浜とか。砂を掘り返してみつけたので、今思えばかわいそうなことをしたわけですが。一緒に卵を発見した姉は、「幼稚園の友達に見せる」と大事に卵を持って幼稚園に行ったら、カメが死んでいたというホラーな経験もしたらしいです。

同じ砂浜には桜貝の貝殻もふんだんに落ちていて、「今日は桜貝だけを拾い集める」というルールを決めて、みんなで桜貝だけを拾いながらどこまでも歩いていった記憶もあります。拾った貝はビニール袋に入れ、それを振り回しながら歩くので、華奢な桜貝は家に着く頃にはほぼ全部割れているのですが…… バブルの頃、四駆で砂浜を走る同じくらいの若者たちを見ては、「あんなことしたら桜貝が全部割れる!」と怒っていたのも覚えてる。

地元の海だけど、家の近くではない浜へ(江戸橋駅からだったと思う)、一人で行きました。その頃私は『赤毛のアン』シリーズの制覇中で、砂浜に寝転がって本を読んでいると、いつの間にか寝入ってしまいました。自分のスース―した寝息に「さらさらさらさら……」と水の音が伴奏が……ものすごく身近に聞こえる…… がばっと起き上がると、満潮になってきて周り一帯が海になっていました。私のいるところだけが島になっていて、砂浜は彼方遠くにありました。あのホラー体験をした浜辺は一体どこなのか、今は思い出せませんが、河口付近だったような気がします。