読書会3 – 日本のYA作品

今回は萩尾望都の『イグアナの娘』で読書会。当然、これまでの「毒親」からの流れです。

「毒親」というものを理解するため、河合隼雄の『大人になることのむずかしさ』を読んでいましたが、これがなかなかよかったです。親のほうが「自分は理解のある親だ」(ゆえに「悪いのは子どもだ」と無意識に考える)と強く思い込んでしまうので、親子関係のもつれをなかなかと解けないことがよくあるらしい。

『イグアナの娘』だけでかなり話し込みました。参加者のひとりから、24ページで大きな転換を迎えるという衝撃の意見がぶっこまれ、もうそうとしか読めなくなりました! ゴーレム効果についても教えてもらいました。この読書会までに萩尾望都のことをいろいろと調べたので、他の作品ももうしばらく読み続けたいです。

そういえば、『大人になることのむずかしさ』に、イマジナリー・フレンドといえば!の代表格的な作品として『思い出のマーニー』があげられていたので、まずはジブリ版をネットフリックスで見ました。な、る、ほ、ど。そのうち原作を読もうと思います。

次は、『秘密の花園』+『私のこまどり』。前回『あしながおじさん』で盛り上がったので、改めて古典を深読みしてみたいです。

『私のこまどり』は同人誌『ほんやく日和』のVol.3に新しい訳が入ってると聞いたので、日本の家族に送ってもらっているけど、読書会の日までに届くかなぁ。届かなかったら、別のを読みます。

読書会2 – 海外YA作品

はぁ…… 世の中はウクライナの戦争一色。いろいろと考えることはありますが、今はただただ自分の日常を守るのみ。

海外YA作品を日本語で読む読書会その2がありました。第1回目は勇み足で3冊も選んでしまい、話し合いきれなかったので、今回は『わたしはイザベル』(原題は『I for Isobel』)1冊のみ。

これもSTAMP BOOKSシリーズの1つで、オーストラリアの作品。1979年に書かれてから10年という長い年月を経て、1989年に出版されたという、時代の先を行っていた小説です。今でいう「毒親」の呪縛から自分を解放する話です。この小説が書かれた頃は「毒親」という言葉もなかったから、親という権力者を否定する小説は社会が認めなかったのかもしれません。

頭が良く、創造力と文才に恵まれた主人公は、幼い頃から才能の芽を母親にことごとく摘み取られてしまう。そのせいなのか他人とうまく関われない。母親から解放され、自立するようになってから、山あり谷ありの道を歩むのですが、そのぎこちなさといったら! 途中イマジナリー・フレンドを作ったり、実際に自分を肯定してくれる人々と出会ったりしながら、少しずつ自分を取り戻していきます。

「毒親」から解放された主人公に安堵を感じ、応援せずにはいられませんでしたが、私にとっての伏兵は「ストーカー行為」を吹っきった別の登場人物でした。毒親と同じく、執念も払拭するのは相当難しい。

この本を読んで勇気を与えられた人は結構いたんじゃないのかな……と言いかけたら、日本では萩尾望都がまったく同じテーマで『イグアナの娘』を書いている! と読書会仲間が言い出し、次回は、この流れで『イグアナの娘』をお題にすることになりました。

自分一人で読んでいたら、まったく気に留めなかっただろう詳細に、注意を喚起されました。一冊をこんなにじっくり味わえるなんて!!と感謝しながらの読書会でした。