読書会9 – 歩道橋の魔術師

今月は呉明益の『歩道橋の魔術師』。この本がお題に選ばれたのは、明治書院の高校生用の国語の教科書に、この小説が収録されたという話をメンバーさんが教えてくれたから。掲載されるのは表題作だけらしいですが。

この読書会で呉明益作品を読むのは今回で2冊目。1冊目の『雨の島』と同じように、短編がいくつも収録されていて、本全体を貫く要素がある。たとえば、どれも昔台北にあった中華商場が舞台になっていて、そこで育った子どもたちの視点、その子どもたちが大人になってからの視点で語られている。狭い空間しか知らない子どもの世界の端っこには魔術師がいて、子どもたちの人生の転機にマジックを使い、その世界に穴を開ける。そして、どの短編も暗く、大人に成長した子どもたちは幸せそうではない。全体にたなびくような不幸感が、エドワード・ヤンの映画みたいだと思った。

電子版の『歩道橋の魔術師』には、天野健太郎訳に、及川茜訳の短編が一つ追加されていて、1冊で二人の訳者の訳を読めるのもうれしかった。特に、いちばん最後に収録されている、及川さんが訳された双子の話が、「二つの中国」に二枚舌を使う「外国」、あるいは、「中国が二つある状態」に対する決断を保留し続ける「台湾」の話のように読めて興味深かった。

天野健太郎の訳者あとがきに加え、東山彰良の解説もあって、こちらも読みごたえがある。私が『歩道橋の魔術師』に出てくる中華商場の存在を初めて知ったのは、東山彰良の『流』を読んだときだった。

読書会8 – ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ

先月はコロンビアの小説だったけど、今月はスペインで、キルメン・ウリベの『ビルバオ-ニューヨーク-ビルバオ』(金子奈美訳)。といっても、もとはバスク語で書かれた小説。

私はバスク語もバスク文化も知らない。かろうじて、「この辺がバスク地方」と地図で指させるのと、フランコ政権による弾圧の歴史があって、独立を目指す過激グループがいたことを知っている程度の知識しかない。

でもそんな予備知識は不要かも。バスク地方に生まれた主人公(つまり作者)は、バスクの大きくて重い歴史など背負っていない。主人公は、バスク人なのになぜかフランコ側についていた祖父のことを知ろうとするが、過去を遡っている間に、いろんな人から聞いた思い出話を断片的に、芋づる式に次から次へとひっぱってくる。いたって個人的な語りは、「結局何の話が始まるのかな?」とこちらが不安になるほどだ。ただ、ひとつひとつの思い出話に余白があって、妙に興味深く、グーグルマップでうんと拡大しないと見えないような、小さな島々の話も出てくる(セントギルダ島やロッコール島。ロッコール島なんて岩だもんね)。そういう世間には無視されがちな話を、主人公はニューヨーク行の飛行機の中で振り返る。

読みはじめて3分の1くらいまでは、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』みたいな話なんだろうか?と思って読んでいた(映画の構想を練りたいけどアイデアが浮かばないって話)。登場人物がやたらと多く、あとで重要になるかもしれないからメモっとこ…… なんて努力は途中でやめた。「なぜそんなにディテールをがっつりと掴みにいこうとするんだ? もっとリラックスして読めば?」と自分に注意を促すほどだった。

「面白いかも?」と思いはじめたのは、半分をすぎてから。誰かの心をえぐって見せるような書き方でないのが心地よい。たまたまバスクに生まれた男の人が、自分の系譜をさかのぼりたい気持ちが、中年の私にはちょっとわかる。もしかしたら、自分の居場所の確認なのかも、とも思った。

それと同時に、こういう少数言語を操る人々やその人たちの文化を「底上げしてくれる場所」として、ニューヨーク・シティが登場するので、やっぱりニューヨークを見直した。

しょっぱなから、ぐいぐいと読者(あるいは視聴者)の興味をひきつけるものが多いなか、感情がじわじわとあとから押し寄せる書き方が好きになった。でもそれは、読書会でメンバーの感想を聞いて、そう思えたところも大きい。読書体験を後押ししてくれる読書会や書評ってのは重要だと思った。

にしても、明確な起承転結はないから、ストーリーにぐっと引き込まれたい人には向かない小説かも。

読書会7 – 雌犬

今月はラテンアメリカ文学。コロンビアの作家、ピラール・キンタナの『雌犬』です。村岡直子訳。タイトルと表紙が既に不穏じゃないですか? 決してかわいいワンコの話ではありません。

主人公ダマリスは子どもに恵まれないまま、妊娠可能期の後半にさしかかっている。そこへ、生後まもない雌の子犬を引き取り、溺愛して育てる。その犬には、もし自分に子どもが生まれたら付けたいと思っていた名前を付ける。でも子どもが欲しくてたまらない自分の気持ちを人に気づかれるのが嫌で、人前ではその犬を「雌犬」と呼んでいる。ある日、その犬が逃亡し……

……という話なのですが、舞台はコロンビアの太平洋沿岸のジャングルを背にした崖の上。崖下には閉塞的で、逃げ場のない貧村。現代的な医療よりも呪術がまかりとおっているようなところだから、人間の不妊治療も、犬の避妊手術もない。そういう土地で、母性、母と子の関係性、女であることの意味、自然の暴力性を読者に考えさせるような作りになっています。

短い小説だから、これ以上のことはネタバレになって書けないけれど、テーマは何かと聞かれたら、「妬み」と答えるでしょう。妬みを人に気づかれないように隠すこと。読書会では、この「妬み」について、脱線しつつ、いつもより長めに話し合いました。あとがきに書かれている、ピラール・キンタナの人生もワイルドです。

とても短い小説で、平明な文章で書かれ、外国の知識もあまり必要としないので、海外文学をいちど読んでみたいと思っている人にはとっつきやすいかもしれません。

ところで、私は電子書籍でこれを読んだのですが、「紙版の裏表紙のデザインが意味深」と聞いたので、紙版を持っている人に裏表紙を見せてもらいました。表と裏を合わせて意味を持つという、すばらしいデザインじゃないですか! 電子版にも入れてほしかった!

読書会6 – 喜べ、幸いなる魂よ

今回もYAを離れ、佐藤亜紀の『喜べ、幸いなる魂よ』を読んだ。非常に面白く、読書会で語り合い甲斐のある作品だった。

川本直がすごい書評を書いているから、詳しくはそれを読んでいただくとして。

川本さんはヤネケをすごく肯定してる。その理由にはもちろん100%同意するけど、読書会では少し違った。「ヤネケは超人的な能力を発揮し、他人にはまねのできない博愛もあるけれど、他人の心を思いやることができないないから、もしかするとその背景には??」と、ここにははっきりと書けない疑惑が浮上。

ヤネケは知的能力に優れた女性の理想郷にいる。そのヤネケが確率論について本を書く。確率論上、ばらつきがあっても、長い時間を経て、ある平均に収束する。でもその「ばらつき」こそが変化をもたらす。この論理は男女にも当てはめられている。ヤネケは「とんでもなくばらついている個体」。

そこに宗教がからめられ、オスのいない世界としてベギン会が描かれている。ベギン会とは、修道女ほど俗世と断絶していなくて、俗世にもそこそこにつながりつつ、神に仕え、宗教的な生活を営む女性たちの共同社会のこと。そして、ヤネケの実家である商家が「娑婆組」として、普通に結婚や出産を繰り返して種を絶やさずに存在し、その周縁に同性愛者(この小説では、男が男を好む人々が何人か登場)がいる。メスしかいない世界の対極には、男だけの世界がある。

読書会では、この中間にいる人物たちについても、時間をとって話した。誰に一番共感できるとか、共感しないけど、理解ができるとか。読書会で言うのを忘れたけど、私は個人的にベギン会が女子大みたいだと思った(女子大出身なので)。

読書会のメンバーは全員翻訳をやっているので、『喜べ、幸いなる魂よ』の会話、特にヤネケとヤンの口調が現代的で、ずーっと年をとっても同じ口調で話していることにも言及。翻訳者は小説家とは違うから、「原書」をリスペクトすることがとても大切。でもそれは訳すときの制約にもなる。この小説は舞台が海外で、限りなく翻訳文学に近いけど、佐藤亜紀が書いたものだから全然違う。それはヤネケの口調に端的に現れている。たとえ翻訳者が相当な勇気を出してああいう会話文を作り上げても、編集の段階で揉めると思う。小説の場合でも、揉めるのだろうか??

この小説はとにかく面白かった。絶対に読書会向き。みんなと話して倍以上楽しめた。

似たような作品で、大島真寿美の『ピエタ』も名前が挙がったので、読んでみようかな。

読書会5 – 雨の島

今回はYAを離れ、大人の小説。台湾の有名な作家、呉明益の『雨の島』を読んだ。

台湾は何回か行ったことがあるぞ! と本を開いてみると、私は台湾のことなんて、これっぽっちも知らないことに気づかされた。私は「台湾=台北」のイメージしか持っていなかった。登場人物も台湾の原住民族。そういえば、昔台湾で仕事をしていた妹が、「台南のほうは全然ちがうよ」と言っていた、と今頃思い出した。

『雨の島』は近未来の話なのに、どこか懐かしい気持ちになる。思わずエドワード・ヤンの映画が目に浮かぶ。わかりますかね、このたとえ……

台湾に生えている植物や鳥の名前など、知らない固有名詞が次々と出てくる、細かい自然描写。そして、その自然がSFとうまくマッチしている不思議さ。現実と幻想の世界を行ったり来たりしても違和感を感じない。それに、登場人物には外国とのつながりがあることが多く、小さな島国の話なのに、空間が広がってるみたいにも感じる。

6つ収録されている短編のなかでは、2番目の短編がいちばん好きだった。読書会のみんなも、これが好きだと言っていた。いちばんわかりやすい、ってのもある。

気になったのは、アンドロイドクロマグロ。これについては、いろいろと話すことが多く、環境問題、AIの将来へと話は広がり、呉明益のわなに完全にはまっている気がした。アンドロイドクロマグロの短編は、ちょっと『白鯨』っぽい雰囲気もあって、こちらも好きだな。

呉明益の作品は、いっぱい積読しているから、この夏にいろいろと読もう!