翻訳者向け書評講座、第1回終了

翻訳者向け書評講座、第一回目が盛況のうちに終わりました。講座とアフタートークで6時間越えという、熱気むんむんな一日でした。参加者は約20人。

講師の豊崎由美さんからは、1)『クィーンズ・ギャンビット』、2)『エルサレム』、3)『キャビネット』の3冊を課題書に選んでもらっていました。3冊とも実に興味深い小説で、幾通りにも読みができてしまう。講座が始まる前から、一部の受講者たちが『エルサレム』についてツイッターでつぶやいていると、訳者の木下真穂さんが「受講者たちの書評読みたい!」とツイートしてくれて、ちょっと盛り上がりました。ちなみに、『エルサレム』は書評者泣かせだと思います。

当日は、海外文学の日本市場のことや、書評とは何か、何を書くべきなのか、海外の書評と日本の書評の違いなど、内容の濃い話がバンバンと出てきました。文学や文章を書くことについて、深い話がしたかったわたしたちは、大いに盛り上がりました。

豊崎さんから厳しいフィードバックをもらうこともあれば、「磨けば光るのではないか?」の個性も指摘してもらったりしました。合評のときは、文学好きの受講者のみなさんから、するどい意見や質問をもらって、深い読みの読書会のようでもありました。

これだけ人数がいれば、総じて全員がよいと評価する書評が当然あるのですが、一方で、同じ書評でも意見がきっぱり分かれるものが出てきます。「これってどうなんだろう」と疑問に思わせるところがあるのに、実は誰にもまねできない「切り口」みたいなものがあって、それが合評の時に浮かび上がってきます。

20人も集まれば、意見が衝突したり、批判をうまく受け止められない場合も出てくるのではないかと心配したこともあったのですが、そんなことは一切なく、とても建設的で、何より楽しかったです。 

「二回目どうする?」という話になり、「やりたい」という意見が多勢を占めたので、第二回を検討しています。

自分で言うのもなんですが、あんなに濃い学びの場を体験できるのは稀だったと思います。講師と受講者の間の垣根が非常に低く、自由に質問し、話し合えたのが、すごくうれしかったです。

今回も、私の書評は中の下で冴えず、「冒頭で言い出したことを最後に回収していない」と指摘されました。心当たりのあるお言葉だったので、ぎくりとしました。書き直してみよう。どうやって回収しようかな……

ちなみに「どうして書評?」とよく訊かれます。翻訳者なので、訳書を読みたいと思ってくれる人が増えたほうがありがたい、ってことでしょうか。でも、それより、なんか楽しいんですよね。あの講座を受けた人にしかわからないとは思うんですが。一種の句会? 17文字じゃなくて、800文字ですけど。

書評に興味のある方、第1回目を受講できなかったけれど、2回目を切望している方は、こちらをまずは読まれたし!

ニッポンの書評

この間受けた講座は、豊崎由美さん自身が「句会をイメージした書評講座」と言っているように、プレバトで夏井いつきさんに俳句をこき下ろされるのと同じ感じでした。そのことを友人に話したら「(私は)相当なM」と言われたのですが、心当たりはありますな。

もう少し書評の書き方を掘り下げて勉強してみようと思い、『ニッポンの書評』を読みました。講座で教わったことを思い出せる内容だし、他の書評家についても触れられているので、次はその人たちの著書を読むのもいいかも。「書評って何?」という定義からして様々な考え方があって、まるで翻訳みたいなんです、文筆業の中の位置付けが。

何百ページを費やして書かれたものをぎゅぎゅっと1,000文字くらいに圧縮するには、その書物が読めていないとできないし、読み方にも工夫がいる。圧縮するときの情報の取捨選択も重要。講座を1回とっただけでは、ざるで水をすくうようなものなので、何かしらの形でスキルを磨こうと考えています。

今さら何言ってんだ?という話なのですが、早速、学んだことを生かす案件もあって、あの講座とってよかった、と心から思いました。読んで考え、過去の知識を整理整頓して、まとめて、なおかつ書き手である「わたし」にしか書けない文章を作るって難しい。でもですね、私が参加している句会では、みんな狙っているわけではないのに、誰が詠んだ句なのかが歴然としているので、自分らしさというのは案外素直ににじみ出てくるのかもしれません。