自分を見せる?ー余計なお世話じゃ、好きにやらせろウェブサイト編

「フリーランスの翻訳者もちゃんと自分を宣伝しなければいけない」とよく言われます。同業の先輩もそう言うし、自分を宣伝して仕事が来たという成功体験を持っている人もいます。でも私の場合、ウェブサイトから引き合いが来たことはありません。

私はインパクトのあるオリジナルロゴを持っているせいか、周囲には「自己プロデュース好き」あるいは「自分好き」と認知されています。「プロデュース」するほどの自分はなく、その言葉で形容されることに抵抗もありますが、最近よく、日本とアメリカ(カナダも含め?)では、「自分を売り込むこと」への抵抗感に文化的な違いがあるんじゃないか?と話をするので、ここに思うことを書いてみます。

そもそもの目的が自分を見せることだった!?

私は2005年以来のブロガーで、趣味の編み物&手芸、旅行、映画や本のことを書いていました。ユーチューブもポッドキャストもインスタも、実名もしくは私とわかる名前でやっています。実名を使っているのは、すごい大風呂敷を広げたり、余計なことを言ったりするのを防止するためです。どれも大した数のフォロワーはいません。そもそもフォロワーの数が増えると、いいにくいことが出てくる。私はSNSを自己満足と告知用に使ってます。自分の訳書が出たときなど、SNSでなら、しつこく告知しても誰も何も言わないですから。

フリーランスの翻訳者に転向したのは、2010年。出発のために、ある無料サービスでウェブサイトを作りました。ですが、デザインのテンプレートにいいものがなく、「クッキーの型でくりぬいたような」没個性型だったため、ほとんど誰にも見せることなく閉じました。そこで、ヤプログで書いていたブログを仕事関係の方々に公開することにしました。遠く離れた日本の会社に「仕事ください」と言うのなら、自分がどういう人間なのかを見せなければ、という発想です。が、自分を盛って見せても仕方がないと思い、遊びで書いていたブログをそのまま見せました。

2005年の開設以来、ブログのスキンはふざけたリスとキノコの模様、内容も翻訳とは無関係でしたが。それでも「(たまに)読んでますよ」と言ってくれる人はいて、仕事相手に「私の性格」は伝わったと思います。心なしか、メールのやりとりはやわらかです。

自分を宣伝したいんだろう?だったら実名で…… って文化の違い?

そのヤプログも数年前にサービスを終了。そう、無料のものは、こちらの都合関係なく終わる! そこで、年間カナダドルで$84払って、今のウェブサイトを作りました。真っ先に悩んだのはドメイン名。アメリカ人、カナダ人、海外に住む日本人に意見を聞いてみたところ、

自分の筆一本で生きていくのだろう? 本名でクレジットされたいのだろう? だったら本名でドメインをとればいいじゃないか仮に、『ジャパン・トランスレーション』みたいな凡庸な名前を付けたとして、それがあなたの成功につながるとは思えない。事業名を付けるなら、それこそ真剣に考えないといけないし、その命名で失敗するよりは、自分の名前がいいんじゃないか

と言われました。たしかに、ライター、デザイナー、イラストレーターとして独立して仕事をしている人たちは、自分の名前でドメイン名をとっている人が多いです。ペンネームの人もいるかもしれませんが。

あと、アメリカ在住の知財の弁護士さんたちがやっているクラブハウスで、「会社名や商品名を付けるなら、よく考えて。何かの真似をした名前だと訴えられる。そもそも独自性のあるものを作っているなら、何かに酷似した名前を付けるもんじゃない」と聞きました。これもある意味、アメリカっぽい発想でしょうかね。日本だと「成功した何かにあやかって……」という考え方があるじゃないですか?

ビジュアル大事、が、グッズは要らん

ドメイン名を「kyokonitta.com」に決めたあと、ロゴをデザイナーの友人に作ってもらいました。目立ちたいからではなくて、自分のことを説明するのが面倒だったからです。「ああ、あのロゴの人ね」と認識されればいいと。その友人にはビジュアルの重要さを教えてもらいました。私は文筆業なので、なんでも書いてしまいますが、ビジュアルと文章のバランス、風通しのよい文章(文字間スペースなどの工夫)、文字を追うときの目の動きなどについて、折に触れて考えさせてくれました。さすが、デザイナー!

ちなみに、クラブハウスのあちこちの部屋に行くと、「あ、あのロゴの人だ!」と言われますし、「きょうたんと言えば赤」と小学生にも言われるので、成功してるんじゃないかと思います。

コロナ禍でどこへも行けなくなって退屈したときには、オリジナルグッズもいろいろと作りました。オリジナルグッズは、人に嫌われるたびにゴミ捨て場行きになるので、あまりおすすめはしませんが、作っているあいだはすごく楽しいです。

箱はできた! 中に何を入れる?

次は、サイトをどういう作りにしたいのか、どんな内容を盛り込むのかを悩みました。あちこちのウェブサイトを覗いてはメモ。すごく参考にしたサイト、反面教師にしたサイトの両方です。結局は、テンプレート頼みですが、Wordpressには有料無料問わず、いっぱいおしゃれなテンプレートがある!

もともと私は様々なことを自由に書くことを癒しに感じ、自分のまとまりのない思考をまとめていたので、ブログ時代と同じノリで何でも書こうと思っていました。「PVを増やすには!」みたいな本を読むと、私が好きなこととは正反対のことしか書いてありません。$84もお金を払ってるんだから、好きなようにさせろ!って話です。アルゴリズムに踊らされるのは嫌です。道のない野原を歩くのが好きなのです。

前述の知財のクラブハウスの何がおもしろいって、弁護士さんたちの愚痴や人間的なトークが始まるときです。そういうところでわかるじゃないですか? 「ああこの人たちは本当に知財が好きなんだな」って。

ただ、このウェブサイトに移ってからは、ヤプログ時代のように書きなぐるのはやめて、推敲はちょっと念入り。それでも、「早くこれを人に読んでもらいたい!」と気が逸り、記事を公開してから、あとでこそこそと直しを入れています。また、面倒くさいなと思いつつ、キーワードも入れています。PVを増やすにはキーワードありきなんですが、そんなのはしゃらくさい。ただ、キーワードを考える作業は執筆作業には重要だと思っています。つまり私にとって、ウェブサイトは「書く」作業の修練場なのですね。

モチベーションは実は……

昔からブロガーだった人なら、わかってもらえる話ですが、私はブログを通じて、たくさん友達(主に編み友)があちこちにでき、実際に会ったこともある人も何人もいて、ずっと交流が続いています。実は、このブロガー時代の人との出会いが原動力になっていて、このウェブサイトを続けているというわけなのですね。長文を書いたわりに、地味な着地点でがっかりされたでしょうか?

次回はポッドキャストについて書こうと思います。

読書会7 – 雌犬

今月はラテンアメリカ文学。コロンビアの作家、ピラール・キンタナの『雌犬』です。村岡直子訳。タイトルと表紙が既に不穏じゃないですか? 決してかわいいワンコの話ではありません。

主人公ダマリスは子どもに恵まれないまま、妊娠可能期の後半にさしかかっている。そこへ、生後まもない雌の子犬を引き取り、溺愛して育てる。その犬には、もし自分に子どもが生まれたら付けたいと思っていた名前を付ける。でも子どもが欲しくてたまらない自分の気持ちを人に気づかれるのが嫌で、人前ではその犬を「雌犬」と呼んでいる。ある日、その犬が逃亡し……

……という話なのですが、舞台はコロンビアの太平洋沿岸のジャングルを背にした崖の上。崖下には閉塞的で、逃げ場のない貧村。現代的な医療よりも呪術がまかりとおっているようなところだから、人間の不妊治療も、犬の避妊手術もない。そういう土地で、母性、母と子の関係性、女であることの意味、自然の暴力性を読者に考えさせるような作りになっています。

短い小説だから、これ以上のことはネタバレになって書けないけれど、テーマは何かと聞かれたら、「妬み」と答えるでしょう。妬みを人に気づかれないように隠すこと。読書会では、この「妬み」について、脱線しつつ、いつもより長めに話し合いました。あとがきに書かれている、ピラール・キンタナの人生もワイルドです。

とても短い小説で、平明な文章で書かれ、外国の知識もあまり必要としないので、海外文学をいちど読んでみたいと思っている人にはとっつきやすいかもしれません。

ところで、私は電子書籍でこれを読んだのですが、「紙版の裏表紙のデザインが意味深」と聞いたので、紙版を持っている人に裏表紙を見せてもらいました。表と裏を合わせて意味を持つという、すばらしいデザインじゃないですか! 電子版にも入れてほしかった!

韓国文学の中心にあるもの

韓国語の翻訳者、斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』を読みました。朝鮮半島の作家たちにとって、近代に半島で起きた数々の暴力が、いかに創作の原動力になっているのかが書かれています。特に韓国の作家たちの作品を紹介しているのですが、朝鮮半島で起きていた暴力を同時代の日本の作家はどう描いたかにも触れていて、とても奥行きのある内容です。

まずは『82年生まれ、キム・ジオン』の紹介からはじまり、どの章も中身が濃く、読んでいて重苦しい気持ちにもなるのですが、どうして私は隣国のことをこんなにも知らずにいたのだろう、という思いでいっぱいになりました。いつの間にか読みたい本がどんどんと増えていきました。

私が現代の韓国の作家に初めて触れたのは、ハン・ガンですが、彼女の作品を英語で読んでいました。コロナ禍のあいだに、書評講座を通じて何人かの韓国語の翻訳者さんと知り合い、『キャビネット』を熟読したのをきっかけに、韓国の作品は和訳で読むべきだと思い至りました。今、私の積読は韓国文学でいっぱいです。きっと、いろんな作品を読みながら、この『韓国文学の中心にあるもの』を何度も開くような気がします。

朝鮮戦争時に日本はアメリカ軍の補給基地になり、朝鮮特需を経験して戦後不況を脱しましたが、私の祖父は1948年に化学工業の会社を何人かと一緒に起業しているので、業種的に朝鮮特需を狙ったのかなと、やや複雑な気持ちに……

毎年、終戦記念日の週に太平洋戦争についての映画を観ることにしています。今年は何を見ようかなと考えていたところへ、『韓国文学の中心にあるもの』を読んだので、今年は韓国の映画を観て、この本に書いてあることを反芻しようかな。配信で見つかるかな…… 

ムーミン読んでます

北欧の同業者さんから、「この順番で読むといいかも」と教わり、ムーミン全集(9冊)を読んでます。おそるべしムーミン…… 荒唐無稽なムーミン一家の行動のなかから、「自分の好きなことをやって生きるのは幸せですよ」と重大なメッセージが漂ってきます。もっと子どもっぽい話かと思っていたら、夏が短いことを知っている北国独特のもの悲しさが全体ににじんでいて、少し怖さもあります。全集を読みつつ、そのうち、トーベ・ヤンソンの短編集にも手をつけようと思います。

ちなみに、ムーミンキャラクターにたとえるとしたら、私は「ムーミンママ」なのだそうです。自分でも自覚はあるな。

『ムーミン谷の彗星』には、「ニョロニョロたちは、どこかにあるあこがれの地をめざしているけど、どうしてもたどりつけないんだって……」と書かれていました。はじめて知りました。

フィンランドにはムーミンがあっていいなと北欧の同業者にもらしたら、「カナダには赤毛のアンがあっていいじゃないですか!」と反論されました。でも、赤毛のアンの最大の弱点は、原作にイラストがないため、いろんな絵柄の赤毛のアンが存在することです。つまり、キャラクターグッズになれない。「赤毛で三つ編み、そばかす」を盛り込んでおけばいいわけではなく、うっかりするとウェンディーズ(ファーストフードの)のロゴになりかねません。

掃除婦のための手引き書(書評講座の書き直し)

2022年4月16日の「翻訳者のための書評講座」の課題を書き直しました。Before & After は note にも掲載しています。

洗剤や消毒の匂いが漂う『掃除婦のための手引き書』

 本書を手に取る人はきっと『掃除婦のための手引き書』という不思議な題に興味を惹かれるだろう。ところが、表紙の写真は掃除婦らしからぬ美しい女性。小粋に煙草を指に挟んだまま、微笑を浮かべて遠くを見つめる目は達観し、何事も見逃さないような印象を与える。この女性が著者のルシア・ベルリンだ。
 1977年に出版された初の作品集をきっかけに、一部で知られるようになったベルリンは、「知る人ぞ知る作家」のまま、2004年に亡くなった。再発見され、世間一般に知られるようになったのは2015年、彼女の全作品のうち43編が新たに編まれて出版されてからのことだ。ここに紹介する日本語版には、2015年版の『A Manual for Cleaning Women』の中の24編が収録されている。
 表題の短編「掃除婦のための手引き書」は、カリフォルニア州サンフランシスコの対岸にあるバークレーとオークランドでベルリンが掃除婦をしていた頃の話がもとになっている。主人公マギー・メイは、通勤に乗るバスの路線別に出来事を並べ、裕福で進歩的で、幸せそうに見える家庭の家を片付けるときの、物の盗み方、ペットとの接し方、他人の不幸のかけらの見つけ方を助言する。
 自己実現のために「掃除婦になりたい」と思う人など少ないだろうに、なぜ「手引き書」なのか。掃除婦マギー・メイには絶対悪や絶対善の感覚がない。善悪は相対化され、独特のバランス感覚を持っている。だから「奥様がくれるものは、何でももらってありがとうございますと言うこと。バスに置いてくるか、道端に捨てるかすればいい」と言いのける。死別したパートナーとの思い出も時々挿入され、行き場を失った愛情をどうしたらよいのかを、マギー・メイは掃除の仕事の行き帰りに考えている。
 どの短編も主人公の女性はベルリン自身がモデルだ。少女時代は引越が多かったせいか、学校でやることなすことぎこちなく、問題児扱いをされていた。大人になってからは重度のアルコール依存症に苦しんだ。同じくアルコール依存症だった母親との関係も難しく、幼い頃のおぞましい体験も後半に収録されている「沈黙」で明らかになる。コインランドリー、病院、歯科医院、養護施設と、洗剤や消毒の匂いが漂う場所が頻繁に登場するのは、自分に絡みつく酒の匂いや過去を払拭したかったから?
 この作品集は冒頭から順番に読めば、ルシア・ベルリンが自分の不幸とどう折り合いをつけていったのか、彼女にとって文章を書くことがいかに大切だったのかを知ることができる。『掃除婦の手引き書』なのだが、「苦しみの殿堂」で、彼女は末期がんの妹の家を片づけながら、「死には手引き書がない」と言っている。
 
(想定媒体:読売新聞)
(1072文字)

言い訳(と豊崎さんからの心に残ったコメント)

 第1回目の書評講座後、私は小泉今日子の書評に注目して研究しました。周囲の人に「あれは小泉今日子だから許されるのであって、アンタが書いても……」という耳の痛いことを言われましたが、私は小泉さんの「本との出会い」から本の内容へと進む書き方がいいなと感じていたのです。そこで今回は、表紙→あとがき→表題作の順番で書いてみました。これが私のこの本との出会い方だったので。いたって普通の出会い方ではありますが。
 修正前は、「人生の一回性」について書こうと思っていました。講師の豊崎さんには「それならば、人生は取り返しがつかない、と感じたところを本からピックアップして書けばいいのに、書いてない」と指摘されました。確かに、書いてません。
 今回は書きたいことを箇条書きにして、それをつないで膨らませただけでした。結果、「文章がぶつぶつ、ごつごつした感じになっている」と指摘を受け、「800字字数が与えられているなら、その2倍や3倍は書いて、削りに削る作業をしないといけない」とアドバイスも受けました。完全に見破られていました。本当にそのとおりだと思います。この書き直しも、別に大した改善はないですが、記録のためにここにさらしておきます。
 
「他の人にはない気づきがあって面白い」とおっしゃっていただきましたが、実は、豊崎さんの書評講座では毎回同じようなことを褒めていただき、私にはこれしか褒めるべきところがないようなのです(トホホ……)。

なーんと、第3回も企画中です。12月3日(土)に開催です。課題書はまだ決まっていませんが、興味のある方は是非!まだまだ時間があるので、講師豊崎さんの『ニッポンの書評』を読んで、ウォームアップすることをお勧めします。