翻訳者向け書評講座のご案内

豊崎由美さんによる翻訳者向け書評講座を企画しましたので、ご案内いたします。

日時:12月5日(日)日本時間で13時開始(Zoomでの開催)
所要時間:約3時間から4時間
費用:1500円
参加希望の方は、knsbookclub@gmail.com (新田享子)宛にメールを送って下さい。お支払方法は銀行振り込みになります(海外の方ならPayPalも可能)。人数は10人を予定しています。人数は最低10人揃えば、活発に合評できるので、その辺りの人数を目指していますが、今のところ特に制限は設けておりません。

課題書:
エルサレム(ゴンサロ・M・タヴァレス 河出書房新社)
クイーンズ・ギャンビット(W・テヴィス 新潮文庫)
キャビネット(キム・オンス 論創社)

以上3作のうちどれを選んでいただいてもいいです。複数作書いていただいてもかまいません。

「書評」のつもりで書いている方は800〜1600字。これを訳したとして、「訳者解説」のつもりで書いた方は1600〜3200字。自分がどちらにしたか明記の上、「書評」を選択した人はどういう媒体に載せるつもりで書いたか、最後に(想定媒体=○○××)と付記してください。

提出方法:ワードファイルで作成(縦書き)、フォントやサイズは適当で。無記名でお願いします。
提出日:11月24日(水)いっぱい。knsbookclub@gmail.com、新田享子宛に送ってください。
その後、11月29日(月)までに参加者全員分の「採点」をしてもらいます。申し込みをしていただいたときに、この「採点」の説明をします。

翻訳の実績レベルは問いません。みなさん、ふるってご参加ください。

クララとお日さま

私はイシグロファンです。今回、初版のサイン本を買いました。半年くらい前にトロント国際映画祭の「In Conversation With」というイベントにカズオ・イシグロがズームで登壇したのですが、その参加条件がサイン本の購入だったのでした。

ようやく一気読みする時間がとれたのですが、『クララとお日さま』は世界同時刊行だったうえに、パンデミックのせいで、オンラインで様々な読書会があり、先にかなり内容を知っていました。それでも、私には感動的で、興味深かったです。多くの人が言うように、『私を離さないで』ほどの驚きも衝撃もありません。が、『私を離さないで』が出版された2005年に比べると、AI技術が一般に広く認知されているために、「クローンよりデジタルだ」と思う人が増えたから、こういう話が成立するのかなと。ちなみに、「ああ、これはやっぱり空恐ろしい話だ……」と思ったのは、7割ほど読んでからです。最後は、クララの太陽崇拝と健気な献身ぶりに泣きました。

日本の読者がクララのことを「ドラえもんっぽい」というのにも納得しました。でもクララには一体どのような「体」が与えられているのか、本ではよくわからない。ドラえもんのような愛くるしいぬいぐるみタイプではないことは明らかで、エクス・マキナ系の体かな……

今回は、紙の本で文字を追いながら、オーディオブックを聞くという方法で読みました。私の今一番のお気に入りの読書法です。英語で『クララとお日さま』を読もうかなと思っている人には超おススメです。朗読者はSaru Siuというアジア系アメリカ人女性。この朗読者がすばらしい! AIと人間をとてもうまく区別しています。ジョージーの家にいるお手伝いさんが「外国から来た移民」の設定になっているので、訛りのあるブロークンな英語で、時々AIのクララに話しかけるのですが、そのお手伝いさんの声もすっごく上手です(あのお手伝いさんが唯一の癒しの存在だった気がする)。たった一人で、AI、人間の老若男女、移民のお手伝いさんの声を担当し、すべてがうまい! オーディオブックのスピードに自分の読書スピードが左右されますが、倍速で聞いたりせず、Saru Siuのすばらしい朗読を心行くまで堪能してほしいです。

ところで、「初版+サイン本」のお宝写真を友人の本好きの旦那さん(アメリカ人)に見せたところ、「表紙デザインが違う」と偽物疑惑を掛けられました。アメリカ版とカナダ版(UK版)の表紙デザインが微妙に違うのですね。こちらがアメリカ版。

カナダ総督―時代に合わせて多様性を配慮

「カナダを伝える会」の note からの再録です。

カナダにはイギリス国王の代理を務める「カナダ総督」が今も存在します。「え?」っと驚かれる人もいるかもしれませんが、ま、それはさておき、2021年7月、第30代のカナダ総督が任命されました。新総督のメアリー・スミスは、カナダ先住民イヌイットで、イヌイット語も話します。初の先住民出身のカナダ総督の誕生です。任命式では、英語とフランス語だけでなく、イヌイット語でも挨拶していました。歴代総督に比べると、フランス語が弱いので、「これからもっとフランス語能力を磨く」ことを公約しています。ちゃんとこう言っておかないと、カナダのフランス系勢力が許さないのでしょう。

カナダ総督は歴代白人男性だったのですが、1984年に初の女性総督ジャンヌ・ソーヴ(23代目)が任命されたのをきっかけに、性別や人種などの多様性が配慮されるようになりました。26代目(1999年)は香港系のエイドリアン・クラークソン、27代目(2005年)はハイチ系のミカエル・ジャン、29代目(2017年)は宇宙飛行士のジュリー・ペイエット、と女性が多くなっています。英語とフランス語が話せるのは当然で、みなさん他にも数カ国が話せる大変に優秀な人たちです。

ジャンヌ・ソーヴの時代は、イギリスのサッチャー政権時代と重なりますし、エイドリアン・クラークソンの時代は、香港が中国に返還され、カナダに多くの香港人が移住してきた時期と重なります。ミカエル・ジャンは初の黒人総督で、ハイチからの難民でした。ジュリー・ペイエットは宇宙流行りのなか、科学分野で活躍する女性の象徴的存在として選ばれたような気がします。それぞれの時代で、総督選びに「多様性」を配慮しているのがわかります。ミカエル・ジャンが総督だったとき、先住民イヌイット族の地、ヌナブト準州を訪問し、先住民が食べるアザラシの心臓(生)がふるまわれ、彼女がそれを口にしたことで、EUから大変なバッシングを受けたのが2009年。あれから、12年の歳月を経て、イヌイット族の人が総督になったのです。

ちなみに、カナダ総督の任期は5年。イギリス国王の代理なので、カナダ国内では「総督はいるか/いらないか」議論が時々起こります。カナダでは、カナダ国籍を取得するとき、イギリス国王に忠誠を誓うのですが、イギリスの旧植民地から移住してきた人々は、このことに驚き、失望する人も少なからずいるそうです。カナダの先住民たちも、「イギリス国王に忠誠を誓う宣誓式」には反対しています。

イギリス王室が代替わりすれば、「総督はいるか/いらないか」議論は再燃し、真剣に見直されることでしょう。現在の「カナダ総督」だけでなく、植民地時代のカナダには、フランス総督もいましたし、総督がいなかった時期というのは17世紀にまで遡らないといけません。カナダが国として、どのようなアイデンティティを築いていくのか、気になるところです。

追記:この記事のトップにある写真は、「The Death of General Wolfe」という絵です。ジェームズ・ウルフというイギリスの軍人が死ぬところを描いています。この絵の中に、先住民の男性が一人いますね? 彼以外の人の名前はわかっているのですが、この先住民の彼だけ誰かわからない。この先住民族はフランス軍か、イギリス軍に加担して戦っていたのですね。モントリオールの旧市街にあるバンク・オブ・モントリオールの古い建物の上のほうにも、この彼っぽい人がいます。

ある一生

この本は確か二年前の日本翻訳大賞で紹介され、知り合った本です。

これといって取り柄があるわけでもないある男が、アルプスの山の中で、粛々と自分の人生を歩む。時代は第二次世界大戦を挟んでいるし、ある意味、自分らしい人生を送ることが困難だった時代なのかもしれない。それでも、この男はひたすら静かに生きていく、それだけの話なんです。

少し話は飛びますが、バイデン政権がアメリカ軍をアフガニスタンから撤退させると4月に表明してからというもの、アフガン人でアメリカ側に加担した人々のことを思って胸を痛めています。いつかは撤退しなくてはならなかったので、そのこと自体は驚きでも何でもありません。先日のYouTubeライブでも話しましたが、私はアフガニスタン戦でアメリカ側について命がけで働いた通訳者のことも描いたノンフィクションを訳したので、心穏やかではありません。そういう中で、『ある一生』は私の心を慰めてくれました。

『ある一生』の主人公は非常に男臭く、ハイジの「おんじ」みたいな人。どれほど世界情勢に振り回されようと、自分の村が観光地化されようと、ひたすら自分の人生を生きて全うします。幼いときに里子に出されて虐待も受け、ソ連で強制労働させられるので、人並み以上の苦労を味わっています。戦後は再びアルプスの山に戻って静かに暮らし、人並みの幸せも手にします。長い一生から見ると一時ではあるにせよ、心貧しい大人や戦争に振り回された体験は、その男の「人生の一頁」でしかありません。渦中にいるときにはそうは思えなくても、生き残ることさえできれば、苦難の時期も「人生の一頁」として刻まれ、お迎えが来たら抵抗をせずにこの世を去る…… そういう「あたりまえのこと」が心の琴線に触れました。

最近、炎上発言をしたユーチューバーの一件や、中国の「寝そべり族」(英語では「Lie Flat」というようです)、日本の「ひきこもり」なども思い出しながら、精神生活の貧しさ(あるいは豊かさ)について考えています。他者の期待に応えようとして一途に頑張っても、一人の人間の「アウトプット」はそんなに変わらない。なのに「頑張れば」平均をはるかに上回ることができるかのような幻想に踊らされてしまう。 もうそんなダンスシューズは脱いでしまいましょう。

「金のカモシカ亭」に行きたい(笑)

THE BREAK ―断ち切れない負のスパイラルの中で生きる

カナダの真ん中に広がる平原地帯にマニトバ州ウィニペグ市はある。その街には、先住民の一族、四世代の女たちがそれぞれに暮らしている。

一族の中に裕福な暮らしをしている者は一人もいない。男たちは家庭をほったらかして風のように消えていき、残された女たちは子育てをしながら悶々としている。時に、彼女たちは自己を肯定できず、酒やドラッグの誘惑と背中合わせに暮らしている。彼女らの子供たちも、油断していると半グレ集団に誘い込まれかねない世界で生きている。

ある日、一族のひとり、ステラがレイプ事件を目撃する。通報しても、警察はなかなか来ない。やっと来たと思ったら、白人の警察官は「どうせ先住民同士の小競り合いだろう」と言葉の端々に偏見をにじませるばかりだ。

だが、その白人警察官と同行していた若い警察官は先住民と白人の混血児だ。捜査の経験は浅いが、先住民の生活を知っている。やる気のない先輩警官と意見を対立させながらも、彼は積極的に捜査に乗り出す。

やがて被害者が特定される。被害者は13歳のエミリー。彼女もまた一族の一人だった。エミリーはまだ片思いしか知らない真面目な少女だが、半グレ集団のパーティーに危険な場所だと知らずに行き、事件に巻き込まれた。まもなく加害者も読者には明かされる。加害者も若いが、実は……。

この小説のタイトル「THE BREAK」は、ウィニペグ市のある一角を示す言葉なのだが、同時に「割れる」「壊れる」「断ち切る」といった意味が込められている。レイプ事件の凶器に使われたビール瓶が「割れ」、エミリーの純真さが「破壊」され、次々と起きる不幸に心が「折れ」そうになる。それでも「壊れない」ものが二つある。一つは、一族の女たちの絆。もう一つは、先住民が負わされた負のスパイラルだ。特に加害者は、無責任な大人に振り回されて育った子供で、社会に出ていくために必要なものを何も与えられず、何も教えられていない。加害者に与えられるのは罰だけで、そのサイクルは果てしなく繰り返されるのではないかと、この小説は思わせる。

ウィニペグ市は人口の12%を先住民系が占めている。カナダ全体で先住民系の人口が約5%であることを考えると、突出して先住民が多い。それでいて、ウィニペグの底辺社会には先住民が圧倒的に多い。彼らの苦しみは、先住民としての暮らし、言葉や文化を奪われたところから始まっている。世代を超えて負わされたトラウマが、現代では貧困、差別、依存症、犯罪につながっている。この小説では、若い警察官を除き、徹底的に女性の視点で描かれ、女性のレジリエンスだけでなく、女性がふるう暴力についても描かれているところが独特だ。

著者のキャサリーナ・ヴァーメッテは、「メティス」と呼ばれるカナダ先住民と白人入植者との混血だ。メティスが法的にカナダ先住民だと認められたのは1982年のことである。メティスであることの証明書があれば、一種の差別是正プログラムの対象者となるので就職しやすくなることもある。その辺りの事情や偏見についても、この小説で描かれている。

この記事は「カナダを伝える会」に投稿したものを再録しています。