Y日記65 日本一時帰国とか

久しぶりの日記。眠れない夜を過ごし、早朝にこれを書いている。

8月は父の初盆があり、日本に帰国していた。10日間だけだったけど。

近所のお寺のお坊さんが私よりも若かった。中がすごく明るくて立派になっていた。同じお寺で子どもの頃に聞いた説法は薄暗い中で聞いたせいか説得力があった。父がいなくなったことについては悲しくない。なんだったんだあれは、という思いのほうが強い。初盆の行事のあと、親戚揃って食事をしたけど、父がいないと、こんなにも気兼ねなく、のんびりとおしゃべりが楽しめるのだなと思った。親戚のおじさんが、私が20代の頃に急に体調を崩して入院したとき、病院がどうしても気に食わないから、病院を変える!と騒いだとわざわざ教えてくれた。覚えてない。

母が家族のすすめで自分史を書いていたらしく、それを完成させた。ノートに書いたので、清書が必要らしい。パソコンで書けばよかったのにと言ったら、それは嫌だったらしい。誰にも読ませないつもりと言っているけど、自分がこの世を去ったあと、娘たちにページをめくってほしいんじゃないかな。夜、二人きりで話し込んでいると、母が「仏様の前で悪いけど……」と前置きして、心の中にしまってあったドロドロした思いを吐き出した。それを自分史に書いたの?とたずねたら、「そういうことは自分史に書きたくない」と言う。娘としては、禍々しい思い出も読みたい。だから真新しい別のノートを家に置いてきた。

1校だけ狙って中学受験をする小6女子に、夕飯のあと、受験問題(社会)を大人3人が解かされた。小6女子が「さあ、問題です!」と問題を出したあとに、大人たちは挙手をして答えるという…… 罰ゲームのような団欒。受験問題難しい!! 『頭のいい人だけが解ける論理的思考問題』という本が小6の間で流行っていて、愛読しているらしい。勧められて買った。一緒にショッピングにも出かけたけど、ギャル系の服を好むようになっていて、ギャルの間で流行っているものを教わった。スマホにくっつける吸盤もギャルアイテムらしいので買ってみたけど、日本に置いてきた。

帰国中、大阪東梅田で、谷川嘉浩さんと平芳裕子さんのブックトークイベントがあり、行ってきた。谷川さんの静かな語り口調が好きで、ポッドキャストを聴いているし、平芳さんの『東大ファッション論集中講義』は、歴史衣装の本を訳したときに参考に読んだしで、個人的にうれしい組み合わせだった。谷川さんに本にサインしてもらった。そのとき、「あれ? 海外から来られた人ですよね?」と訊かれた。すごい記憶力。SNSでつぶやいたのだ。今私が気になっている女性哲学者の著書の話を早口でまくしたてているうちに、谷川さんサイン完了。このあと、Bookpottersの関西メンバーでしゃべり倒した。

東京へ1泊2日。ミーティング2つ。1つは企画の持ち込み。残念な結果に終わったけど、企画自体はたぶんほかでも関心を持ってもらえると思う(なぜか自信たっぷり)。もう1つは、自分について考えさせられる打ち合わせ。帰りの機内でじっくり考えた結果、ある方向へ自分を集中させることに決めた。Bookpottersの東京メンバーの人たちとも楽しくおしゃべり! 書評講座を開かなくては!

友人2人に会うため、新宿へGO。グーグルマップを使っても新宿駅から抜け出すのは難しかった。会いたい人はもっといたけど時間が足りなかった。次は1月に長期的に帰る。そのときに会いたい。

新宿まで行ったのにはわけがあった。ブックファーストの「テック右派とはなにか」の棚が見たかったのだ。『世界を壊したビッグテックの悪党ども』もまぜてもらっているし。まだあちこちの書店に並んでいる時期だったので、大阪、名古屋、三重の書店もチェック。

三重に戻る日に千葉県で記録的な大雨。東京駅もすごい雨だった。今回の日本滞在は時間がなさすぎて、新幹線の発車時間ぎりぎりまで東京駅でパワーショッピング。バンバンと即決していくのが気持ちよかった。

世界を壊したビッグテックの悪党ども(読みどころ)

6月中ばに日本で刊行された『世界を壊したビッグテックの悪党ども』ですが、あちこちで紹介&宣伝をしていただき、感想もちらほらとSNSで読みました。いや〜、ネット上のどこかで感想書いてくださる人、本当にありがたい!! ビッグテックの創業者には熱烈なファンもいるものの、ビッグテック(いや創業者たちの)の動向に不安や危機感を持っている人も多いです。ブックファースト新宿店では、「テック右派とは何か」というすばらしい棚が作られ、『世界を壊したビッグテックの悪党ども』も平積みされております。お近くの人はぜひ行ってみてください。9月4日までなので、私も日本一時帰国中に立ち寄ってみようと思っています。

「そーだそーだ!」の同意やすばらしい分析が書かれた感想に訳者が感動するのは、ある種当たり前ですが、一方で、否定的とまではいかなくても、「う〜ん、ちょっとな…」という感想や、ビッグテックの創業者の逸話があまりに酷くてキツイ……という感想も見かけました。そこで、訳者の私が思う読みどころをいくつか書いてみます。ネタバレしない程度に、ですが。

タイトルを見ればわかるとおりの、ビッグテック(の創業者)の超辛口批判です。この批判の仕方が日本で言う「メッタ斬り」。著者は、日本だとあまりお目にかかれないタイプの女性ジャーナリスト、カーラ・スウィッシャーです。いや、アメリカでも、ここまでガンガンに言える人はめずらしい。翻訳もその辛口、すなわちカーラ節を頑張って伝えたつもりです。本を読んでくれた知人が「あんたの声が聞こえた」と言っていましたが。

著者本人がジャーナリズムで起業している成功者で、リベラルな視点ではあっても、「お金に無縁なジャーナリストによる批判」ではないところが違うし、彼女の見方に同意するかどうかは別にして、批判に筋が一本通っている。

カーラ・スウィッシャーが、「ITジャーナリスト」という存在がまだジャーナリズムの隅っこにしかいなかった時代から、テック業界を取材しているので、批判の時間軸が長い!

カーラ・スウィッシャーのほうがマスクやザッカーバーグなどよりも先に有名になっていたので、起業家として生まれたてホヤホヤの頃から彼らを身近に直接取材するどころか、テキストメッセージをポンポン送り合う関係だった。

カーラ・スウィッシャーは女性とあって、シェリル・サンドバーグについての洞察が深い。シリコンバレー、テック業界はトップに行けば行くほど白人男性主導の世界。サンドバーグ以外にもテック業界に関わる女性は何人か登場するが、日本ではあまり知られていない。訳者の私的にいいと思ったのは、エレン・パオという女性についての箇所。超有名ベンチャーキャピタルで働いていたところ、ジェンダー差別で会社を訴えて泥沼裁判になったことで有名。この裁判をいわゆる大手メディアは会社側の視点で報じていて、当時シリコンバレーに住んでいた私も大手メディアの報道を信じてしまっていた。しかし、カーラ・スウィッシャーのメディア企業はこの裁判をつぶさに追って取材して、エレン・パオを壇上でインタビューした。そのインタビューを見たとき、はっきり言って私は自分を恥じた!

カーラ・スウィッシャーは同性愛者であることを公言していて、パートナーとの間に4人の子供を持っている。自分で出産したのは1回だけ。かつて同性愛者は家庭を持つことが難しかった。彼女の自分の生きたいように生きる様子がこの本には書かれている。最初のパートナーはオバマ政権で最高技術責任者&大統領補佐官を務めたミーガン・スミス。二番目のパートナーはジャーナリストのアマンダ・カッツ。

カーラはインターネット誕生の年に生まれているので、彼女のキャリアがネットの進展と重なっている。デジタル化の波に新聞社も揉まれた様子が、そして上に立っていた人ほど、旧態依然としたビジネスモデルにしがみついていた様子が名指しで書かれている。オールドメディアを飛び出して、ニューメディアで富を築いた起業家の話としてもかなり興味深い。

そういう経緯もあってか、カーラは『プラダを着た悪魔2」にカメオ出演している。アンディがジャーナリズムの世界からファッション界に戻ってきた話になっているから、出演依頼があったのかも。とにかく、斜陽と言われて久しい業界で働いている人には読んでもらいたい!! 

カーラの長いものに巻かれない姿勢がいい。アメリカの政権批判も凄まじい辛口でする(こちらは本の中というより、ポッドキャストでやっているのだけど)。だからもちろん、アンチもいる。大変に口うるさいBBAだと思っている人も多い。でも、筋の通った批判はいつの時代も必ず必要だし、現在カーラはポッドキャスターなので、オールドメディアがなかなかやらないことをやる。たとえば、ボンディ元司法長官がエプスタイン事件の関連文書の公開をめぐってアメリカ議会の公聴会に呼ばれ、証言したときに、うしろに立っていたエプスタイン事件の被害者に一瞥もくれなかったことが批判にさらされていたときに、被害者たちをポッドキャストに呼んでロングインタビューしていた。『世界を壊したビッグテックの悪党ども』は、カーラがポッドキャスターになって成功しはじめるところで終わっているのだけど、これからどんなことをやってくれるんだろうと私は期待してる。

最後は、読みどころの紹介じゃなくなってるけども、まあいいか。

ぜひ読んでみてください。

世界を壊したビッグテックの悪党ども(宣伝の記録)

『世界を壊したビッグテックの悪党ども』は自分で持ち込んだ企画だから、今までとは違い、個人的に宣伝にも気合を入れている。自分が始めたことなのだから、売らなきゃ!というプレッシャーを感じる。講談社にも、もちろんものすごく宣伝してもらっている(大手出版社の力を見た)し、田中さんにも宣伝してもらっている。ありがたや〜。今後の宣伝も決まっているけど、声をかけてね。ポッドキャストでもユーチューブでもなんでもやります。

そんなわけで宣伝などの記録をしておこう。

動画

  • 堀正岳さんのライフハックジャーナル(6:15あたりから)。本当にすばらしい紹介で、うれしかった。「カーラ節が翻訳にも出てる」と言ってもらえて幸せ。しかも、堀さん効果があったらしい。

  • 平山亜佐子さんがシラスで配信している『平山亜佐子のこちら文献調査局 文献課』でも吉川浩満さんに紹介してもらった。読んでない平山さんが、「日本の横田増生?」と言っているのが、はずれてるけど(はずれてるから?)、可笑しかった。

https://shirasu.io/t/Buncho/c/Buncho/p/20260620152415

  • 哲学の劇場の「注目の新刊」でも紹介してもらった。

記事

  • 現代メディアの。抜粋記事一般読者の予測のつく範囲を公開しているので、本を買ってね。

https://gendai.media/list/author/kyokonitta

  • 講談社宣伝 note ではプロローグを一部紹介してもらった。

https://note.com/kodansha_senden/n/n34d4437787fb

  • 文春オンラインでも抜粋記事。

https://bunshun.jp/articles/-/90014

  • 日経新聞に講談社が広告を出してくれた。

自分のインスタのリールで動画もアップしてみた。が、15分くらいの動画だけど、みんな最初の冗談のところだけ見て去っていくみたい。特に日本語がわからない友人たちが…… なのでアナリティクスは惨敗。アビエーショングラスは著者カーラ・スウィッシャーのトレードマーク。これだけのために25ドルも払ったから、続編を撮らないともったいない。30年前の元カレがこれを見たらしく、成長はしていないが老けている自分がちょっと恥ずかしかった。

Xのスペースで、訳者あとがき的なことと、持ち込みについて話した。本当は田中さんと話すはずが、共同ホストの設定を失念し、一人でしゃべってしまった。でも、地方や海外にいる翻訳者さんが持ち込みするのに、こういう方法もあるよ、という話をした。

文藝春秋の「今月の一冊」で楠木健さんに書評してもらいました! うれしすぎる。

カーラ・スウィッシャー著 新田享子訳「世界を壊したビッグテックの悪党ども テック業界“ほぼ”全史の取材録」 #楠木建 #書評 https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h12711

Y日記64 — お父さん、さよなら

「父の日かぁ」とレストランで遅い昼ごはんを食べていて気づきました。最近SNSでは訳書の宣伝しかしていないので、まずは父のことを書いておこうと思います。

1年半ほど施設にいて、長くはないと事前連絡があったし、本当に死んだと聞いたときには涙は出ませんでした。大変ややこしい性格の人だったうえに、父の人生後半は波乱気味だったので、「解放されてよかったじゃないか」とまずは思いました。

筆の立つ娘を持つと、死後とんでもないことを暴露されてしまうのは、吉本バナナの例でも明らかです。私も生活が困窮したら note に有料記事を書くかもしれません、というのは冗談で、私の父と母の間には深い愛情があったと思うので、母が生きている間は、母にとって大事だった人を馬鹿にするようなことは書かないつもりです。

お葬式はすでに私抜きですませてあり、初盆のために酷暑の日本へ8月に帰り、お墓の前で手を合わせようと思います。家族が選んだお葬式では、AIに「お見送りソング」を作詞作曲&自演してもらったそうです。家族がAIに父の人となりを学習させたらしいのですが、けっこう悪口も教えたらしく、身内が聴くと、身悶えして笑う歌になっていました。これ、最高やん!と思いました。本人も喜んだのではないでしょうか。

父は跡取り息子という立場で小さい頃から相当なプレッシャーをかけられてきたのでしょう。子どもたちには「勉強しろ」「頑張れ」とは一切言いませんでした。が、「おれはそういうことを言って子どもにプレッシャーをかける親ではないのだ、ワハハ、わかったか!」と事あるごとに自慢する性格でした。私の大学進学にも就職にも大反対で、それが大きな亀裂になってお互い嫌な思いをしました。それに、早く誰かにバトンタッチしたかったのか、三人もいる自分の子どもの前で(全員女子)、「ああ〜、男の子がいればなぁ……」と、私たちがまるで見えていないかのような発言もする人でした。

ですが、アドバイスもくれました。今でも役に立っています。「お金には2種類ある。労働と引き換えにして得るお金、カネがカネを産むカネだ。自分の大事な時間を切り売りしてはいけない。そのことをよーく覚えとけ!」です。

その意味はわかっていたのですが、20歳にもならない当時の私には聞き捨てならないほど嫌な言い方を父はしたし、「こんなことを娘に言ってくる親って他にいるんだろうか?」と思い悩みました。でも、この助言のおかげで父の失敗の尻ぬぐいはできました。

最近講談社から出た本を父に捧げたいと思います。娘のしていることをまるで自分の手柄のように人に話すのが好きな人でした。

お葬式の準備の中で家族が古い写真をたくさん共有してくれました。まだプレッシャーを感じていなかったボンの頃の写真を見て、これで父が親の望むような跡取りになっていたら、私の人生はこれほど自由でなかったかもしれないし、家にもっと縛れていたかもしれないと思うと、「お父さん、ぶっこわしてくれてありがとう!」と感謝の気持ちが少しだけ湧きました。

今はきっと向こうで早くに死に別れた自分の母親といっしょにお茶でも飲んでいることでしょう。

これは私じゃないけど、三人が幸せそうにしているから気に入ってます。

Y日記63—あたらしい紳士服の教科書

去年、ひーこらいいながら訳したビスポーク・スーツの本であるが、アマゾンで予約注文を受け付けている。おお、やっとここまできた!としみじみ思う。購入される方は是非、予約をしていただけるとありがたいです(日記のくせに宣伝)。

値段は高いが、他にない本だと思う。英語の本でもなかなかない。なんなら原著のほうが値段が高い。だから日本語版はお得だ。ビスポーク・スーツのいわゆる「三つ揃え」とシャツの作り方と、スーツやテーラーの歴史が描かれていて、裁縫をしない人にも服飾の歴史が楽しめる作りになっている。

これは日記であるからして、ちょっと個人的なことを書いておこう。

服飾史の本を訳すようになったのは、私が単に手芸好きだからなのだが、いろいろ調べるうちに、服飾の面白さを知った。昔の服は、生地がそもそも高級だったために、リサイクルされることを織り込んで作られている。日本の着物もそうだけど、西洋のドレスや紳士服もそうだった。イギリスにはやスコットランドには、プライドを持って生地を作る人もまだいる。王室があるから一定の需要があるのだと思う。日本の着物もそうだろうけど。

エーアイ、エーアイって世の中がうるさいから、こんなふうに手に技術を持ち、ひたすら何かを真剣に作っている人たちが愛おしい。布や作る人を大切にしてるからエコロジカルでもある。ファストファッションとは真逆なんである。そしておあつらえは、美しい体を持たない人にとってもやさしいんだな。ビスポークはバカ高くなってしまうから手は出せないが、あつらえ服は自作の服も入れて、みなファストファッションのアンチテーゼなんである。

原著者のパトリック・グラントは「ソーイングビー」の司会をしていた人なので、それこそお裁縫好きさんの間では有名人だ。自分でもテーラーを経営しているし、プライドを持って作られた服の中古を捨てずに着る運動もしている。そっちの活動についても著書がある(訳したい。ホルムズ海峡封鎖であらゆるリサイクルにより関心が高まるんではないか?と思っている)。個人的に共感するところが多い。

この本との出会いは運命的だった。この本を訳せそうな人を編集者さんと当時監訳を予定していた人が、私が訳した『18世紀のドレスメイキング』を読んで、「こいつなら、できるかも?」とウェブサイト経由で連絡をくれたのだ。これが、運命その1。

運命その2は、既製品でない服が常に身近にあったこと。私が小さい頃、祖父と父のスーツは既製品ではなかった。仕立て屋さんが布見本を持って家にやってきて、採寸し、生地を決め、出来上がったら持ってきて、サイズチェックをしていた。子どもの私にはその光景が面白くて、座布団が5枚くらい重ねてあるところに座って、ずっと見ていた。その仕立て屋さんは足がちょっと不自由だった。手先が器用だから、こういう仕事ができるんだなと思って見ていた。母も着物は自分で仕立てていた。我ら三姉妹の着物はすべて母の手作りだし、子どもの頃は洋服も手作りだった。母は自分の着物の色が年齢とともに似合わなくなると、ほどいて呉服屋さんに渡し、染物屋さんで自分の好きな色に染め直してもらい、また着物にしていた。これ、ビスポークだよね?

運命その3は、ウェディングドレスを自分で縫ったこと。難易度低めのパターンを使ったので、あまりえらそうなことは言えないが、自分で作るから裏地にもシルクを使った。キュプラじゃなくて。「ドレスを縫うのははじめてだから、どの布を買えばいい?」と相談できるお店が当時のサンフランシスコベイエリアには何軒かあった。サンフランシスコ、オークランド、ロスガトスを回って材料を買い集めた。

「ビスポーク」という言葉は、ものを作らない人たちの間にどれくらい浸透しているんだろうかと思って、翻訳をしている間、身近にいるカナダ人たちに聞いて回ったが、富裕層に属す人でも「は??」だった。説明すると、「ああ……」と納得はするものの。これは、やはりテック系の会社ではスーツを見かけなくなったのもあるだろうし、コロナで在宅勤務に慣れたせいもあるだろう。私もスーツは着ないのだから。

しかし、銀行にお勤めのとある女性のスーツがばっちり決まっていたので、思わず聞いてしまった。「それはどこのスーツですか?」って。「プラダです」とお返事が返ってきた。あつらえではないけど、お直ししてるって。まったくもってすてきだった。