Y日記53—2026年のはじまり

初夢を見なかった。子どもの頃はちゃんと初夢を覚えていて、人に話していた。日本を出て暮らしていると、そういう習慣がまったくなくなった。

今日、6日に明確に夢を見た。洗濯機に溢れかえるように衣服が積み上げられ(しかも私の服ではない)、それをなんとかしようと、洗濯物をひっぺがしていくと、洗濯機が壊れていた、という夢。あまり縁起がいい感じがしない。

SNSで誰かが「人の目に触れることが前提になっている日記が苦手」と言っていた。私は人目に触れない自分だけの日記も書いたことはあるけど、交換日記やブログ日記のほうが断然好き。こういうのを「日記」と呼ぶから誤解を生むのだと思うけど、人目にさらしておくと、リアルにあったときに、つまらない近況報告や噂話をしなくてすむ。

日記じゃなかったら何と呼べばいい? 自分がやっているポッドキャストもそう。すごく狭い範囲の人だけが読んだり聴いたりするだけ。実際に一度だけ会ったことがある人、これから会う予定がある人も、私の日記やポッドキャストをまずチェックするので、会った瞬間から、前から知っている人みたいな気がする。去年ソウルで出会った人と互いのポッドキャストを聴いているけど、それだけで楽しい。黎明期のポッドキャスターはそういう感じだった。今みたいに自己宣伝と金稼ぎの匂いが充満した世界ではなかった。ま、私は黎明期にポッドキャスターではなくて、聴いているだけの人だったけどね。

今年も翻訳の企画を頑張ろうと思って1つ作って送ったけど、アメリカがベネズエラを急襲したことで、その企画の魅力が変わった。私は魅力が増したと思うんだけど、それは企画が通ってほしいというバイアスのせいかもね。

今年もいろいろ訳したい、書きたい。1つだけ大手メディアで書く仕事がある(はず)。でも単発で終わったらどうしよう。もうちょっと種まきしよう。

新年早々、書評を書きながら、複雑なことを言語化するのって本当に難しいとウンウン苦しんだ。短い書評だから多くを書けない。字数がたくさん与えられていたとしても、自分の感じていることをうまくは書けない。いい作品なのに、「いいよ、とりあえず読んでみて」とは書けない苦しみ。

あと、今年はピックルボールでZINEを出したい。人にこの話をしたら、伝言ゲームで巡りめぐって、いつの間にか、「ピックルボールの日本選手権に出場するらしいね」になっていた。そんなわけない。正しくは、「ピックルボールネタで日本の文フリに出る」だ。

のんびり楽しくやっていたピックルボール界隈でも、競争心の激しい人たちはいて、「下手なのに、どうしてここに来るの!」と怒る人がいて怖い。私から見るとどんぐりの背くらべにしか見えない。排他的になるのなら、自分でもっと高いお金を払って、しっかりランキング分けされているクラブへ行けばいいのに。でもこうした他人の攻撃性すらも、ZINEに書いちゃおう!と思っているので、ひたすらスマホに書き溜めている私であった。

ティモシー・シャラメの新しい映画『Marty Supreme』がすごくよかった。卓球の話ではあるが、最高のプレイをするためならあの手この手を尽くすところに共感を覚えた。歌が歌えて、卓球も出来て、ティモシー・シャラメってすごいね。

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