Y日記64 — お父さん、さよなら

「父の日かぁ」とレストランで遅い昼ごはんを食べていたときに気づきました。最近SNSでは訳書の宣伝しかしていないので、まずは父のことを書いておこうと思います。

1年半ほど施設にいて、長くはないと事前連絡があったし、本当に死んだと聞いたときには涙は出ませんでした。それに、大変ややこしい性格の人だったうえに、父の人生後半は波乱気味だったので、「解放されてよかったじゃないか」とまずは思いました。

筆の立つ娘を持つと、死後とんでもないことを暴露されてしまうのは、吉本バナナの例でも明らかです。私も生活が困窮したら note に有料記事を書くかもしれません、というのは冗談で、私の父と母の間には深い愛情があったと思うので、母が生きている間は、母にとって大事だった人を馬鹿にするようなことは書かないつもりです。

お葬式はすでに私抜きですませてあり、初盆のために酷暑の日本へ8月に帰り、お墓の前で手を合わせようと思います。家族が選んだお葬式では、AIに「お見送りソング」を作詞作曲&自演してもらったそうです。家族がAIに父の人となりを学習させたらしいのですが、けっこう悪口も教えたらしく、身内が聴くと、身悶えして笑う歌になっていました。これ、最高やん!と思いました。本人も喜んだのではないでしょうか。

父は跡取り息子という立場で小さい頃から相当なプレッシャーをかけられてきたのでしょう。子どもたちには「勉強しろ」「頑張れ」とは一切言いませんでした。が、「おれはそういうことを言って子どもにプレッシャーをかける親ではないのだ、ワハハ、わかったか!」と事あるごとに自慢する性格でした。私の大学進学にも就職にも大反対で、それが大きな亀裂になってお互い嫌な思いをしました。それに、早く誰かにバトンタッチしたかったのか、三人もいる自分の子どもの前で(全員女子)、「ああ〜、男の子がいればなぁ……」と、私たちがまるで見えていないかのような発言もする人でした。

ですが、アドバイスもくれました。今でも役に立っています。「お金には2種類ある。労働と引き換えにして得るお金、カネがカネを産むカネだ。自分の大事な時間を切り売りしてはいけない。そのことをよーく覚えとけ!」です。

その意味はわかっていたのですが、20歳にもならない当時の私には聞き捨てならないほど嫌な言い方を父はしたし、「こんなことを娘に言ってくる親って他にいるんだろうか?」と思い悩みました。でも、この助言のおかげで父の失敗の尻ぬぐいはできました。

最近講談社から出た本を父に捧げたいと思います。娘のしていることをまるで自分の手柄のように人に話すのが好きな人でした。

お葬式の準備の中で家族が古い写真をたくさん共有してくれました。まだプレッシャーを感じていなかったボンの頃の写真を見て、これで父が親の望むような跡取りになっていたら、私の人生はこれほど自由でなかったかもしれないし、家にもっと縛れていたかもしれないと思うと、「お父さん、ぶっこわしてくれてありがとう!」と感謝の気持ちが少しだけ湧きました。

今はきっと向こうで早くに死に別れた自分の母親といっしょにお茶でも飲んでいることでしょう。

これは私じゃないけど、三人が幸せそうにしているから気に入ってます。

Y日記63—あたらしい紳士服の教科書

去年、ひーこらいいながら訳したビスポーク・スーツの本であるが、アマゾンで予約注文を受け付けている。おお、やっとここまできた!としみじみ思う。購入される方は是非、予約をしていただけるとありがたいです(日記のくせに宣伝)。

値段は高いが、他にない本だと思う。英語の本でもなかなかない。なんなら原著のほうが値段が高い。だから日本語版はお得だ。ビスポーク・スーツのいわゆる「三つ揃え」とシャツの作り方と、スーツやテーラーの歴史が描かれていて、裁縫をしない人にも服飾の歴史が楽しめる作りになっている。

これは日記であるからして、ちょっと個人的なことを書いておこう。

服飾史の本を訳すようになったのは、私が単に手芸好きだからなのだが、いろいろ調べるうちに、服飾の面白さを知った。昔の服は、生地がそもそも高級だったために、リサイクルされることを織り込んで作られている。日本の着物もそうだけど、西洋のドレスや紳士服もそうだった。イギリスにはやスコットランドには、プライドを持って生地を作る人もまだいる。王室があるから一定の需要があるのだと思う。日本の着物もそうだろうけど。

エーアイ、エーアイって世の中がうるさいから、こんなふうに手に技術を持ち、ひたすら何かを真剣に作っている人たちが愛おしい。布や作る人を大切にしてるからエコロジカルでもある。ファストファッションとは真逆なんである。そしておあつらえは、美しい体を持たない人にとってもやさしいんだな。ビスポークはバカ高くなってしまうから手は出せないが、あつらえ服は自作の服も入れて、みなファストファッションのアンチテーゼなんである。

原著者のパトリック・グラントは「ソーイングビー」の司会をしていた人なので、それこそお裁縫好きさんの間では有名人だったりする。自分でもテーラーを経営しているし、プライドを持って作られた服の中古を捨てずに着る運動もしている。そっちの活動についても著書がある(訳したい。ホルムズ海峡封鎖であらゆるリサイクルにより関心が高まるんではないか?と思っている)。個人的に共感するところが多い。

この本との出会いは運命的だった。この本を訳せそうな人を編集者さんと当時監訳を予定していた人が、私が訳した『18世紀のドレスメイキング』を読んで、「こいつなら、できるかも?」とウェブサイト経由で連絡をくれたのだ。これが、運命その1。

運命その2は、既製品でない服が常に身近にあったこと。私が小さい頃、祖父と父のスーツは既製品ではなかった。仕立て屋さんが布見本を持って家にやってきて、採寸し、生地を決め、出来上がったら持ってきて、サイズチェックをしていた。子どもの私にはその光景が面白くて、座布団が5枚くらい重ねてあるところに座って、ずっと見ていた。その仕立て屋さんは足がちょっと不自由だった。手先が器用だから、こういう仕事ができるんだなと思って見ていた。母も着物は自分で仕立てていた。我ら三姉妹の着物はすべて母の手作りだし、子どもの頃は洋服も手作りだった。母は自分の着物の色が年齢とともに似合わなくなると、着物をほどいて呉服屋さんに渡し、染物屋さんで自分の好きな色に染め直してもらい、また着物にしていた。これ、ビスポークだよね?

運命その3は、ウェディングドレスを自分で縫ったこと。難易度低めのパターンを使ったので、あまりえらそうなことは言えないが、自分で作るから裏地にもシルクを使った。キュプラじゃなくて。「ドレスを縫うのははじめてだから、どの布を買えばいい?」と相談できるお店が当時のサンフランシスコベイエリアには何軒かあった。サンフランシスコ、オークランド、ロスガトスを回って材料を買い集めた。

「ビスポーク」という言葉は、ものを作らない人たちの間にどれくらい浸透しているんだろうかと思って、翻訳をしている間、身近にいるカナダ人たちに聞いて回ったが、富裕層に属す人でも「は??」だった。説明すると、「ああ……」と納得はするものの。これは、やはりテック系の会社ではスーツを見かけなくなったのもあるだろうし、コロナで在宅勤務に慣れたせいもあるだろう。私もスーツは着ないのだから。

しかし、銀行にお勤めのとある女性のスーツがばっちり決まっていたので、思わず聞いてしまった。「それはどこのスーツですか?」って。「プラダです」とお返事が返ってきた。あつらえではないけど、お直ししてるって。まったくもってすてきだった。

Y日記62—トーナメント戦

ピックルボールのトーナメント戦に初挑戦。いや〜、ピックルボールが流行っているのを改めて認識したね。人でいっぱいだった。知ってる人もいっぱいだった。

私がエントリーした下層レベルには、あの手この手を使ってうまい人たちがやってきた。一応主催者がチェックしているらしいけど。たとえば、より上級者とペアを組んで、下のレベルで戦おうとする。しかも、私たちがいるスキルレベルは幅が広い。

私たちがエントリーしたのは、18歳以上、レベル3.0-3.5のミックスダブルスで、16組が2グループに分かれて15点までのゲームを4回戦って、各グループの勝者で決勝戦をする仕組み。4試合1勝。相手ペアがうますぎるので、とにかく守ることしかできなかった。簡単には負けたくないから必死になる。結果、ディフェンスが上手くなった(と自分では思う)。応援に来ていた家人いわく、ペアで並んでいると、どっから見ても弱っちく見えるのは私なので、試合中7割くらいは私のところへボールが打ち込まれていたらしい。6割くらいの気がしたけど。

私たちペアは年齢差がある。そういうペアのために「Split age」枠がある。しかし私は自分は40歳くらいの自認だし、ペアの相手も私をそう認識しているので、「Split age」枠の存在に頭がいかない。別に若ぶっているわけじゃないけど(実際、自分のプレイしている姿を撮影した動画を見るとヨタヨタしている)、いつも若い人と接していると鏡を見ない限り、自認がずれる。

さすがはトーナメント。競争心が高かった。口論を始めるペアもいて、緊迫感高めだった。ああいう人の本性が出がちな場所が大好きだ。試合をしなくていいなら、ずっと観察していたかった。家人を含め、ピックルボールの仲間が何人か応援に来てくれて、見守り隊のようにフェンスの向こう側にいたので、試合の最中に見逃したゴシップを教えてくれた。持つべきものは類友じゃ。アマチュアスポーツのいちばん面白いところは、人の本心(競争心)の観察だと思う。

トーナメントの味をしめたので、7月にまた参戦する。仲間はほぼ月一でトーナメント荒らしをしている。楽しそうだ。私も時間があったら、もっとやりたい。

先週、一つ翻訳の仕事が終わった。表紙デザインを見てうれしくなったね。私のSOSに応えてくれて、不安をなるべく取り払ってくれたし、ほめてくれたし、とても気持ちよく仕事ができたから、またこの編集者さんと仕事したい。5月後半に発売だって。早く完成本が見たい。勝手に自分で宣伝もしようと思う。アイデアが湧いてきた。

あとまだ3冊ある。これも売るためのアイデアが湧いてきて、その都度編集者さんにメールを送っていたところ、「入稿してからですね」とやんわりと「早く翻訳しろ」と言われた(気がする)。

ピックルボールと仕事だけの毎日で、時間があっというまに過ぎていく。

Y日記61—戦争とManosphereがつらい

目がしょぼしょぼ。3年前と2年前と1年前の仕事が一気に重なったからのもあるけど、ニュースを追わないといけない世界情勢だから、あっちこっちのニュースを読んでいるので、余計に。結果的に、楽しみのための読書は進まないし、書評を書くための読書もできない。書評は、やばい!と毎月焦るが、妙に書くスピードが上がっている(質は……)。

アップルニュースに入っていないニューヨーク・タイムズの購読をついに始めた。今までも家人のアカウントから読んでいたけど、ワシントン・ポストも消え入りそうになっているから、ニューヨーク・タイムズを応援する。すべての論調が好きなわけではないが、読みたい記事は過去記事も含め多い。ポッドキャストでニュースを聞くのも好きだけど、あれは「ながら作業」中や移動時間に聞くものだなと思う。記事だと、ささっと知りたいところだけを拾い読める。時々、ワシントン・タイムズの記事が流れてくるけど、あれは日本を騒がせている旧〇〇〇会の傘下にあると言っていい新聞社なので読まない。なんで私のところへ流れてくるんだろう。翻訳の仕事で検索したから?

なんだか今回の戦争は、戦争+経済危機なので、どこで自分に余波が襲ってくるのかわからない。そういう意味で戦地から遠く離れている身としてはリーマンショックの再来のように感じたりもする(あれはエネルギーショックではなかったけど)。そして、この戦争にからんで、私は予測市場を憎む。あれは規制してほしい。カナダでは規制されている。Polymarket で検索すれば、何に人々が賭けているのかがわかる。それを見ると腹が煮えくり返る。日本の経済新聞がしら〜っとなんでもないことのように報道しているのにも腹が立つ。

そして、今までイラン政権を応援したことなど一度もないのに、なぜか時々「がんばれ」と思ってしまう自分がいる。なんなんだ! カナダも資源国だから今後はどうなることやら。アルバータ州の独立運動なるものが起きているけど、相当なアメリカマネーが独立支持派に流れているらしい。そりゃそうでしょう。

Netflixの『Inside the Manosphere』を見た。例の、「女は台所へ戻れ!」と言ってはばからない「男らしさ」を取り戻したい人々を追ったドキュメンタリー。彼らの思う「男らしさ」が筋肉と投資マネーでしかないのが単細胞すぎる。彼らの思う「魅力的な女性」が外見オンリーなのも失笑ものでしかない。

以前からポッドキャスターやインフルエンサーには政治のお金が流れているのは知っていたけど、これを見ていると、彼らもそうなんだろうな、と胸糞悪かった。これに出てくる男どもも周囲にはべっている女たちも刹那的で、やばそうだった。ピックルボール仲間の30代の男の人に「男性としてどう思った?」と訊いたら、「5分見るのが精一杯だった」と言っていた。男性の間でも分断が進んでいるのだね。女性の間は昔からだけど。

あ〜〜〜、暗いことを書いてしまった。

6年ぶりにライブ句会に出席した。前回はコロナ前だったから、少なくとも6年ぶりという事実に驚いた。この間ずっとチャットグループに投句していた。ライブ句会は飲み会でもある。私が一句しかひねっていないのに、何句もひねる仲間たちがいるので、あせるあせる。練ってる時間がないから、瞬発力勝負なところがいい。オンラインで投句するのに慣れきっていたから新鮮だった。久しぶりの歓談もよかった。

ポルトガル語の翻訳者の木下眞穂さんを招いて『修道院覚書』の読書会をやった。木下さんが惜しみなくポルトガルやサラマーゴの話をしてくれるから、2時間があっという間だった。この壮大な歴史ファンタジーをドラマ化してほしい。あの巨大石を運ぶシーンとか、人の「意志」をフラスコに集める様子とか、映像で見たらすごいと思う。文字だけでもすごかったもん。

1週間後にピックルボールのトーナメントが迫っている。ペアを組む相手はよく知っている仲間なので、息はぴったり。エントリしているのが9組もいて、体力的に大丈夫なんだろうか、それが心配だ。年齢制限18歳以上という若い人たちのトーナメントにエントリしてしまったんだな、これが。両膝にサポーターしないとだめだ……

最近、朝型生活を心がけてる。午前3時、4時、ときには7時まで仕事をしてたから、早く寝て、朝5時に起きればいいんでは?と思った。

Y日記60

2度紛失したヘッドフォンは出てこなかった。そもそも最初に失くした自分が悪い。新しいのを買った。失くさないように目立つ色にした。前のヘッドフォンの次世代版で、すごーく進化していて優秀だ。すでに古い型であるようなのだが。

『K-pop Demon Hunters』を見直した。最初の10分でピンとこなくて放っておいたけど、オスカー授賞式のあとにもう一回挑戦して最後まで見たらとても良かった。こういう話を私は今必要としているのだよ。善と悪のあいだで自分の中に矛盾を抱えている人が変化の源になるって話が!! でも、現実世界では、変化は善から悪へ、悪から善へと周期的に起こる。『K-pop Demon Hunters』からの流れで、NetflixでBTSのカムバックコンサートを見た。RMがスツールに座っているのが気になって、AIに聞いたら、「あなたは今、NetflixでBTSのカムバックコンサートを見ていますね?」と言い当てられた。詮索好き……? そんなことをわざわざ言うのはなぜ?

今訳している本は地政学の本なのに、書きっぷりが詩的。言いたいことは読めば大雑把にわかるけど、それを日本語に置き換えようとすると手間がかかる感じの書き方になっている。書き手はジャーナリストなので、「ふだんからこんな書き方をするんだろうか?」と気になって仕方なかったが、もしかしてこれはAIへの反抗なんだろうか?と思うようになった。AIは今のところこんな書き方はしないので。

たとえばだけど、AIは「Aはこの社会には馴染まない」と「Aはこの社会とは相容れない」の2文をAIは同列に扱うというか、主張の強弱を考慮していない。なので、「そこまでの明言はあきらかにしていないし、しかも意図的に避けてるよ!」とAIに言いたくなるときもあれば、逆に「そんなやんわりした言い方じゃないよ。もっと強い意志が感じられるよ」と思ったりもする。時々読ませた英文の解釈をAIは自信満々に間違えるので、「原文にはそのようなことは書いていません。この場合、将来を不安に思っているのはAさんであり、Bさんではありませんよ」と教えてあげる。すると、AI は「あなたの言うとおりですね」と言って、さっきとは真逆の解釈を提案する。

これだと、受け売りばっかしている人に、いちいち「違いますよね?」とツッコミながら対話するのと同じじゃないか! AI との対話にはほとほと疲れてしまう。

AIがらみでもう一つ。リビングルームのグーグルホームには、天気のことか、何かのスイッチのオンオフくらいしか話しかけないからなのか、時々、「もっと難しい質問をしてくれ!」と言ってくる。他には、「スマホを探して」とよく頼むのだが、それに対しては「あなたの声を認証したいから設定してください。そしたら探してあげます」と返してくる。もうかれこれ5年の付き合いなのに、今さら? と腹が立ち、この間、「うるさいこと言うな。声の認証してくださいって絶対に言うな。聞きたくない」と返した。「わかりました」と言っていた。なんだろ、より正確に私の声紋とりたくて仕方ない感じだった……

ピックルボールのトーナメントに備えてペアで練習した。勝ちにいこうとすると、変なプレイをする。金曜日に、カメラ機能の付いたメガネを持ってきた仲間に、私のプレイを録画してもらったけど、おそろしく無駄な動きをしていた。はぁ……