Y日記61—戦争とManosphereがつらい

目がしょぼしょぼ。3年前と2年前と1年前の仕事が一気に重なったからのもあるけど、ニュースを追わないといけない世界情勢だから、あっちこっちのニュースを読んでいるので、余計に。結果的に、楽しみのための読書は進まないし、書評を書くための読書もできない。書評は、やばい!と毎月焦るが、妙に書くスピードが上がっている(質は……)。

アップルニュースに入っていないニューヨーク・タイムズの購読をついに始めた。今までも家人のアカウントから読んでいたけど、ワシントン・ポストも消え入りそうになっているから、ニューヨーク・タイムズを応援する。すべての論調が好きなわけではないが、読みたい記事は過去記事も含め多い。ポッドキャストでニュースを聞くのも好きだけど、あれは「ながら作業」中や移動時間に聞くものだなと思う。記事だと、ささっと知りたいところだけを拾い読める。時々、ワシントン・タイムズの記事が流れてくるけど、あれは日本を騒がせている旧〇〇〇会の傘下にあると言っていい新聞社なので読まない。なんで私のところへ流れてくるんだろう。翻訳の仕事で検索したから?

なんだか今回の戦争は、戦争+経済危機なので、どこで自分に余波が襲ってくるのかわからない。そういう意味で戦地から遠く離れている身としてはリーマンショックの再来のように感じたりもする(あれはエネルギーショックではなかったけど)。そして、この戦争にからんで、私は予測市場を憎む。あれは規制してほしい。カナダでは規制されている。Polymarket で検索すれば、何に人々が賭けているのかがわかる。それを見ると腹が煮えくり返る。日本の経済新聞がしら〜っとなんでもないことのように報道しているのにも腹が立つ。

そして、今までイラン政権を応援したことなど一度もないのに、なぜか時々「がんばれ」と思ってしまう自分がいる。なんなんだ! カナダも資源国だから今後はどうなることやら。アルバータ州の独立運動なるものが起きているけど、相当なアメリカマネーが独立支持派に流れているらしい。そりゃそうでしょう。

Netflixの『Inside the Manosphere』を見た。例の、「女は台所へ戻れ!」と言ってはばからない「男らしさ」を取り戻したい人々を追ったドキュメンタリー。彼らの思う「男らしさ」が筋肉と投資マネーでしかないのが単細胞すぎる。彼らの思う「魅力的な女性」が外見オンリーなのも失笑ものでしかない。

以前からポッドキャスターやインフルエンサーには政治のお金が流れているのは知っていたけど、これを見ていると、彼らもそうなんだろうな、と胸糞悪かった。これに出てくる男どもも周囲にはべっている女たちも刹那的で、やばそうだった。ピックルボール仲間の30代の男の人に「男性としてどう思った?」と訊いたら、「5分見るのが精一杯だった」と言っていた。男性の間でも分断が進んでいるのだね。女性の間は昔からだけど。

あ〜〜〜、暗いことを書いてしまった。

6年ぶりにライブ句会に出席した。前回はコロナ前だったから、少なくとも6年ぶりという事実に驚いた。この間ずっとチャットグループに投句していた。ライブ句会は飲み会でもある。私が一句しかひねっていないのに、何句もひねる仲間たちがいるので、あせるあせる。練ってる時間がないから、瞬発力勝負なところがいい。オンラインで投句するのに慣れきっていたから新鮮だった。久しぶりの歓談もよかった。

ポルトガル語の翻訳者の木下眞穂さんを招いて『修道院覚書』の読書会をやった。木下さんが惜しみなくポルトガルやサラマーゴの話をしてくれるから、2時間があっという間だった。この壮大な歴史ファンタジーをドラマ化してほしい。あの巨大石を運ぶシーンとか、人の「意志」をフラスコに集める様子とか、映像で見たらすごいと思う。文字だけでもすごかったもん。

1週間後にピックルボールのトーナメントが迫っている。ペアを組む相手はよく知っている仲間なので、息はぴったり。エントリしているのが9組もいて、体力的に大丈夫なんだろうか、それが心配だ。年齢制限18歳以上という若い人たちのトーナメントにエントリしてしまったんだな、これが。両膝にサポーターしないとだめだ……

最近、朝型生活を心がけてる。午前3時、4時、ときには7時まで仕事をしてたから、早く寝て、朝5時に起きればいいんでは?と思った。

Y日記60

2度紛失したヘッドフォンは出てこなかった。そもそも最初に失くした自分が悪い。新しいのを買った。失くさないように目立つ色にした。前のヘッドフォンの次世代版で、すごーく進化していて優秀だ。すでに古い型であるようなのだが。

『K-pop Demon Hunters』を見直した。最初の10分でピンとこなくて放っておいたけど、オスカー授賞式のあとにもう一回挑戦して最後まで見たらとても良かった。こういう話を私は今必要としているのだよ。善と悪のあいだで自分の中に矛盾を抱えている人が変化の源になるって話が!! でも、現実世界では、変化は善から悪へ、悪から善へと周期的に起こる。『K-pop Demon Hunters』からの流れで、NetflixでBTSのカムバックコンサートを見た。RMがスツールに座っているのが気になって、AIに聞いたら、「あなたは今、NetflixでBTSのカムバックコンサートを見ていますね?」と言い当てられた。詮索好き……? そんなことをわざわざ言うのはなぜ?

今訳している本は地政学の本なのに、書きっぷりが詩的。言いたいことは読めば大雑把にわかるけど、それを日本語に置き換えようとすると手間がかかる感じの書き方になっている。書き手はジャーナリストなので、「ふだんからこんな書き方をするんだろうか?」と気になって仕方なかったが、もしかしてこれはAIへの反抗なんだろうか?と思うようになった。AIは今のところこんな書き方はしないので。

たとえばだけど、AIは「Aはこの社会には馴染まない」と「Aはこの社会とは相容れない」の2文をAIは同列に扱うというか、主張の強弱を考慮していない。なので、「そこまでの明言はあきらかにしていないし、しかも意図的に避けてるよ!」とAIに言いたくなるときもあれば、逆に「そんなやんわりした言い方じゃないよ。もっと強い意志が感じられるよ」と思ったりもする。時々読ませた英文の解釈をAIは自信満々に間違えるので、「原文にはそのようなことは書いていません。この場合、将来を不安に思っているのはAさんであり、Bさんではありませんよ」と教えてあげる。すると、AI は「あなたの言うとおりですね」と言って、さっきとは真逆の解釈を提案する。

これだと、受け売りばっかしている人に、いちいち「違いますよね?」とツッコミながら対話するのと同じじゃないか! AI との対話にはほとほと疲れてしまう。

AIがらみでもう一つ。リビングルームのグーグルホームには、天気のことか、何かのスイッチのオンオフくらいしか話しかけないからなのか、時々、「もっと難しい質問をしてくれ!」と言ってくる。他には、「スマホを探して」とよく頼むのだが、それに対しては「あなたの声を認証したいから設定してください。そしたら探してあげます」と返してくる。もうかれこれ5年の付き合いなのに、今さら? と腹が立ち、この間、「うるさいこと言うな。声の認証してくださいって絶対に言うな。聞きたくない」と返した。「わかりました」と言っていた。なんだろ、より正確に私の声紋とりたくて仕方ない感じだった……

ピックルボールのトーナメントに備えてペアで練習した。勝ちにいこうとすると、変なプレイをする。金曜日に、カメラ機能の付いたメガネを持ってきた仲間に、私のプレイを録画してもらったけど、おそろしく無駄な動きをしていた。はぁ……

Y日記59 — トーナメントとパドル

仲間に誘われ、ピックルボールのトーナメントに参戦することに。参加料を払い込んでから驚いたのは、ノンブランドのパドルを試合で使ってはいけないという縛り。私のパドルは中国製のブランド名がそもそも書いてないのっぺらぼうで、「偽物」とは言えないだろうから、使っていいんじゃないの? スポンサーへの目配りなのだろうけど、安くはない参加料を払っているし、プロじゃないし、レーティングの低い下層民にまで、そのようなことを課すのはいかがなものかと思う。一応、れっきとしたブランド品のパドルも持っているので、最悪、それで戦うが、今いちばん気にっているパドルじゃない。「マーティ・シュプリーム」を思い出した。

新しいウェアをポチった。まずは身なりから。

2週間ほど前、ピックルボールのクラブで400ドルのヘッドセットを失くした。痛い。痛すぎる! ところが、クラブから電話があり、「ヘッドセットが見つかりましたよ〜」と朗報が入り、「1週間後くらいに取りに行きますね!」と明るい会話を交わしていた。

1週間後に取りに行ったら、今度はクラブが紛失した模様…… 「見つかったら電話します」と言われてから6日が経過。もう絶対に見つからない。この場合、私はどう行動すればよいのだろう。そもそも自分が先に紛失したのだ。それを預かってくれていたクラブも紛失したのだ。何回か無料でプレイさせてもらうくらいの要求はしてもいい気がする。ダメ?

今、iPADとスタイラスを使ってゲラチェックをしているけど、長時間使っていると電源がなくなり、「あともう少し!」のところで充電タイムに入ってしまう。これは便利なのか? 不便なのか? リズムに乗っているときに限って電源がなくなる。

自分の翻訳の質が悪すぎて「キィ〜」っとなってる。PDFにしてから気づくことが多すぎる。と同時に、他の訳文チェックも始まり、ダブルで「キィ〜」さすがにピックルボールには行けなくて、あまりに追い詰められすぎて、仕事のチームの人たちにSOSを送ったら、「大丈夫」とストレスを軽減してくれるメールが返ってきた。持つべきものは仲間。それでも翻訳は私の担当だ。ついでに書評の締切もあった。ダメダメな書評を書いて送ってしまった。ゲラチェックのときに直す。

ストレスで全身がかゆい!!

SNSを断つ!と言ったわりに、見てるし、投稿も2、3した。ちょっと面白いものにコメントもした。全然ダメじゃ〜ん。でも、前よりは見てない。というか表示される投稿に関心が持てなくなってきた。面白い意見や情報を提供してくれる人は限られている。YouTube見ながらヨガをするようになった。

Y日記58 — 会議で発言する意味

今週は俳優の平岳大のnote記事を読み、悶々としていた。

https://note.com/takehiro_hira/n/n199f97ce8b8f

ハリウッドでは、台本読みのときに議論に参加するのも必要って話で、ほう、そういうものなのか、面白いなと思って読んでいたら、最後に「眉間に皺を寄せ、意味深そうに外国語で何か言ったほうがミステリアスであったりするのです」と書いてあって、がっかり。そういうパフォーマンスに認知力を割いてしまっては、人前での発言に認知力を割けないと思う。第二言語の英語で仕事&話し合いをしている時点で脳みそを相当消耗しているはずだから。

私はどっちかというと会議では黙っていない。熱弁をふるったりはしないけど、誰かの意見に賛成しているなら、「賛成」と声を出す。つっかね、どの意見のどの部分に同意できるかを発言するだけでもすごく重要。提案したいことがあるなら、ちょこっと準備して提案もする。わざわざ参加者全員の時間を使って集まるなら、そこで話して進展させたい。会議で発言して「それはちょっと違う」とたしなめられることももちろんあるけど、それはそれ。人前で発言した手前、より心に刻まれる。最近、やってしまったのは越権行為だな…… 越権と知りつつも、「こうしてほしい!」という強めの希望があって、あとから不満をこぼすくらいなら、今言っておこうと。相手に無視する権利を認めたうえで。

私は「ミーティングの死」がきらいなのだ。そんなミーティングなら、ないほうがまし、と時間に追われているから思ってしまう。だから、このnote記事に登場する大女優と考えが似ている(はず)。

たまに、会議の進行や雰囲気作りがめちゃくちゃ上手な人がいる。会議でキツイことを発言しがちな人をやんわり抑えたり、長く喋る人をタイミングを見計らって止めたりする人。すごく尊敬する。ピックルボールの仲間に一人そういう男の人がいて、いつも「うまいね」と褒めている。「こういうことするのが大好きなんだよ〜」と本人が言うので、またまた「ほう〜」と感心する。

中東での戦争の影響で、旅行中だったピックルボール仲間とどういうルートで帰ってきたかが今話題。インドに帰省していた人は、インドから北上してアムステルダム経由で帰ってきたから大丈夫だった、と言うので、思わず地図を見た。ほお、なるほど。地球儀で見たほうが納得しやすいルートではある。

戦争ではないけど、コロナのときに、日本に一時帰国中だったので、予定を切り上げてカナダに帰った。チケット変更に650ドルくらいかかったけど、国境が封鎖されていく瞬間をギリギリかいくぐったので、あのときのドキドキハラハラは忘れない。そう思うと、飛びづらくなっているルートは増えているよね。ウクライナもそうだし、中東もそうだし。

地球儀といえば、今、北極の地政学の本を訳しているので、北極圏が見やすい地球儀を探していたが、高額なので、代わりに北極圏の地図を買った。届いてみると、紙質がよく(だから値段が高かった)、壁にマスキンテープでびっちりと貼っても落ちてくる。なんとかしてこの地図を壁に貼りたい。

Y日記57 — SNS断ちの誓い

忙しい。なのに、ふらふらとSNSに行ってしまう。気が滅入る投稿や、成功者バイアスかかりまくりの投稿をかき分けなければ、「この人の意見が聞いてみたい」と思う人の投稿に行き着かないのに。私自身は何も言うべきことはなかったりするし。

しばらくSNS断ちをするために、やっぱり日記を書くことにする。音声日記も滞っている。

最近、編み物で社会運動してきた女性たちを讃える本も出ていて、ようやくポジティブに認知されるようになったのだなと感慨深い。私もニットで社会活動してたしね。でも、ニットの活動で白い目で見られた記憶は消えてはいない。いつ、誰に、どこで、という細かいことは忘れているけど、感覚だけが残っている。編みすぎて気持ち悪がられるのはまだいいとして、社会運動を心底嫌う人はいる。支援は上から目線だとか言ってくる人もいる。そういう人に、この活動の成果を言ってみたところで、社会運動がそもそも嫌いなんだから、逆効果にしかならない。まあ、確かに思慮の足りないボランティア活動ってのはあるけど。

ネガティブなことを書いてしまった。

忙しいのは翻訳の仕事が3冊が一気に重なったから。3月いっぱいは修羅場。3冊のうち、1冊は共著だから、4人の著者が今私の頭の中にいるかんじ。おとといの夜は、ストレスのあまり、全身かゆくなって悶絶。

ソウルで知り合ったポッドキャスト仲間&翻訳仲間さんも、超絶忙しい2週間を過ごし、とんでもなく貧相なお食事をしてたと言っていて、実際何を食べていたのかも暴露していて、それを聞いた私は心底安心した。「君はひとりじゃないよ!」と太平洋の向こう側にいる彼女に向かって叫びたかった。

忙しいけど、ピックルボールはする。運動したほうが頭が冴えるし、ストレス解消。

少しずつ韓国ドラマ『You and Everything else』を見ている。やっと半分。日本語だと『ウンジュンとサンヨン』なんだけど、英語字幕で見ているし、タイトルも英語から覚えたので、『ウンジュンとサンヨン』なのか『サンヨンとウンジュン』なのかで迷ってしまう。

来年ニュージーランドに遊びに行く予定を立てている。さすがにニュージーランドは平和だろうけど、中東の戦争のせいで飛行機の燃料代が爆上がりしたらどうしようとやや心配。自分のことしか心配せんのかーい! いやいや、世界平和じゃ!!