翻訳教室

先日ひさかたぶりに地下鉄に乗って、友だちと落ち合い、散歩して、公園のベンチで本や翻訳の話をした。互いに、「ところで翻訳の勉強といえばサ」と言いながら、ほぼ同時に出したのが『翻訳教室』

まさかのかぶりに大笑い。日本にいるならまだしも、トロントで……

翻訳のテクニックを学ぶ実用書ではないけれど、シルバースタインの『ぼくを探しに(The Missing Piece)』の原文を読み解く作業を小学生たちと一緒にやる仕立てになっている。ささっと読めるし、心に残る。あとで気になるところを何度でも読める。

友だちとはいろんな本を貸し借りして、また地下鉄に乗って帰った。

今の地下鉄では悲しい光景を目にするね。ホームレスの人が安眠できる場所として使っているようで、ぐたーっとなって爆睡している人、せわしなく歩き回る人、ぶつぶつ独り言をつぶやく人などが何人か乗っていて、気の毒なことだとは思いながらも、警戒しながら目の端で彼らの動きを追う。ここはニューヨークじゃないから、とは思うけど、一応。

この間、カナダ人たちの集まるクラブハウスに誘われ、みんながアジア人への人種差別について正直な気持ちをぶちまけた。私もぶつけた。ただ私の場合、カナダで生まれ育ったわけではないので、他の人の怒りとは質的に違う。ぶつけ方がどこまでも自分の域を超えない。他の人はコミュニティの問題、移民の問題として、どことなく「共通項」があるような話し方をしていた。私が話したのは、彼らとは違ってこんな内容……

コロナが始まる2年前、私はとある酒場であからさまな人種差別を受けた(マイクを持った人に)。その場で言い返せなかったから、そのときの様子や気持ちを、笑いも交えて短いエッセイにしたためた。それをとあるところに送りつけたら、気にいってくれて、掲載したいと言ってきた。数回メールをやりとりしたものの、私は最後の土壇場で、見知らぬ人から嫌な反応が返ってきたりしたら、それを見る心の準備ができていないと思って断った。ここまでは、クラブハウスで話せた。

でも、掲載を断った理由はもう1つあった。私を公衆の面前で差別した人は、女装した男だった。だからその人が She なのか He なのか、はたまた三人称単数の They なのかがわからなかった。私のエッセイでは、あえて「He」にしてあった。向こうがあからさまな人種差別をしたのだから、私が相手の人称代名詞に気を遣う必要はない!と密かな報復を込めて書いた渾身のエッセイだった。それを編集者は「They」に修正した。だから私は掲載を断った。「They」に修正しないでほしいと理由も説明した。これはクラブハウスでは話せなかった。

で、この一連の出来事をすべて知っている私のライティングコーチが、「あなたは戦うべきよ! あなたが戦わないなら、わたしが代わりに、その酒場に電話をする!」と騒いだのだけれど、これも私は「お願いだから、やめて」と丁重に断った。あの酒場で、差別的な言葉をマイク越しに言われても戦わなかったのも私なら、エッセイの掲載を取り下げたのも私。「これは私の戦いで、あなたの戦いではないから」と言って引き下がってもらった。

私は私のやり方でしか戦えない。それはクラブハウスで言えた。そしたら、その点はみんなに共感してもらえた。

The Crown、再び

先週、メーガン妃とハリー王子のインタビューがあった。見る気満々だったのに逃した。

1週間後、アメリカのメディアでよくインタビューをする人々がクラブハウスで集まり(ケイティ・クーリックもいた)、オプラのインタビュアー能力をどう評価するか、話し合っているのを聴いた。概ね高評価だった。特に、オプラはあのカップルを個人的によく知っていて聞きにくいことも結構あったのに忖度しなかった点や、現代のアメリカ人視聴者が気になるところ(人種問題とメンタルヘルス)をよく引き出していた点が評価されていた。ダメ出しもされていたが、それは「イギリス王室や歴史」に対する知識が足りない、というもの。私はインタビューを見てないから、なんとも言えないけれど、結構突っ込んだインタビューのテクニックにまで話はおよび、ほう…と関心を持って聞いていた。

ここのところ、メーガン妃とハリー王子の王室離脱、フィリップ殿下の入院などが重なり、私の周辺ではイギリス王室が熱い。そこで『ザ・クラウン』をもう一度、最初から全部見た。『ザ・クラウン』のシーズン1の肝は、25歳の若きエリザベス女王とともに、そもそも「君主とは何なのか」を視聴者が知ることにある、と私は思う。現代人の目には君主といえども「等身大」にしか見えないもんね。

私がいちばん好きなのは、時代と君主制がそぐわなくなり、エリザベス女王と平民出身のサッチャー首相の確執という形で膿が一気に噴き出すシーズン4(前回見たときは、ひたすらダイアナとチャールズの行方ばかりに注目していたけれど)。サッチャーが貴族的保守派をバッサリと切り、帝国的なイギリス連邦を軽視するのも見どころだった。今はイギリス連邦のつながりを新たな経済ブロックとして捉える人もいるので、時代はどんどんと変わっていく……

シーズン4では、エリザベス女王やチャールズ皇太子以外の「王族」の処し方にもかなりつっこんでいる。見直してみると、いろんな細かいところに気が付いてしまい、「よくできたドラマだわ~」と感心。この部分が、メーガン妃とハリー王子の王室離脱につながっている。

メーガン妃とハリー王子のインタビューが放映されることになっていた日の午後、カナダではラジオ番組で「カナダ総督って必要ですか?」とリスナーからの意見を募っていた。伝統を重んじる派と、イギリスの持つ帝国的なイメージを嫌悪する派で意見は真っ二つに分かれていた。カナダで市民権を取得する場合、忠誠を誓う相手は「カナダ」ではなく「エリザベス女王」なので、移民・難民としてカナダに流れ着いた人の中には、「え? 多様性の国カナダに忠誠を誓うんではないの?」と戸惑いを感じる人もいるらしい。伝統派や現実派は、首相などとは違い、選挙で選ばれないカナダ総督の存在は重要と考える。

ドライブしながら、リスナーたちの意見を聞いていて、「みんな普段からそんなにカナダ総督のこと真剣に考えてるの?」と驚いた。時々現実派のリスナーが出てきて、「別に今はそのままでいいんじゃない? 今のクィーンが崩御したときにまた考えればいいんじゃない?」と言っていた。なるほど、決定打を待つか。そのとき、チャールズ皇太子はどう感じるのだろう? と私は心配してしまう。

個人的に私は、、、イギリス王室で慶事があるたびにカナダでも発行される記念切手をせっせと買っては、手紙好きの友人たちに送っていたので、そういうことができなくなる日が来るかもしれないのは残念。

アマンダ・ゴーマンのオランダ語訳騒ぎ(その2)

結局、私と似たような温度で世の中を眺める人々(トリビア好き)から面白いヒントを教えてもらい、オランダについてというか、ブラックライブズマターに関してというか、にわかに私なりの興味が湧いてしまった。

件の記事を目にしたときは、まず最初に、「これって、オランダの歴史の問題じゃないの?」と思った。でも、私はオランダの歴史も現在もよく知らない。つい、チューリップやオレンジ色を思い浮かべてしまう。

まず、オランダの歴史。南アフリカやインドネシアなど、結構手広く植民地を持っていた。その辺は検索して調べれば「ほほう、そこも?」なんて思えるほど数多い。結局のところ、旧植民地帝国がみなそうであるように、昔の植民地から人が流れ込んでいる。モロッコからスペインに入り、EUの中では、移民にとって自由で住みやすいオランダに落ち着く黒人移民が多く、今はオランダの全人口の3%から5%程度を占めているらしい(統計によってばらつきがあるとのこと)。

では、ブラックライブズマターの発祥地、アメリカの黒人人口はどれくらい? 南米からやってきたヒスパニック系の黒人と別々に統計を取るようだけど、13%くらい。じゃ、私の住んでいるカナダは? とカナダ統計局のサイトで調べると、3.5%。つまり、統計的にカナダとオランダは同じくらい。でも、都市部と田舎とでは肌感覚が全然違うはず。

そこで日本。黒人系日本人は人口動態グループとして成立しないくらい少ないので、公式データがないらしい(八村塁のような著名人はいるけれど)。(追記:日本は「人種統計」をとっていないと指摘を受けた。)

乱暴だけど、人口3%という数字は、ブラックライブズマターのような抗議運動が「対岸の火事」ではなくなるってことなのかしらん??? 日本語の翻訳者がブラックライブズマターの活動家に仕事から降ろされるなんて、統計的にありえないもんね。

今回のことで私が何より驚いたのは、「訳者」はもともと影の薄い存在で、小説家ですらないのに「降板させられる可能性がリアルに出た」点。訳すべき本も出版社が選ぶのが普通。しかも、出版界という斜陽産業での影の仕事なので、「そんな将来性のない仕事、欲しいですか?」という謎。誰もやらなくなる仕事だから移民がやりやすいとか? オランダでは翻訳者の社会的地位が高いとか? 私は英語と日本語の記事しか読めないからわからないんだけど、このオランダの出版社がこの訳者を擁護するために強い声明を出したのかどうか? だって、訳者の立場から言わせてもらうと、肌の色関係なく、守ってほしいじゃないですか(仕事少ないから)??

……というようなことを私は誰かと話したかった。特に同業者と。でも、SNSだと瞬発力はあってもゆっくりは話せないことを身をもって感じた。SNSよりブログのほうが私には合ってる、やっぱり。そして、この件に関しては十分考えたので、もうおなか一杯です。

ちなみに、私は別にアンチ・ブラックライブズマターじゃないですよ。むしろその根幹部分には同情を寄せてます。ただ、どんな抗議運動でも、ぶわーっと広がると、押し返したくなる要素が出てくる。

『シンタクラース』というサンタクロースにそっくりなお祭りがあることも教えてもらった。にわかにオランダに行きたくなってきた。

アマンダ・ゴーマンのオランダ語訳騒ぎ(その1)

世の中の多くの人は詩には興味ないかもしれない。ここ何年かで爆発的に売れた詩人といえば、カナダのルピカウルだけど、彼女とて、マルチタレントぶりを発揮してるので詩作が専業とは言い難い。今は、詩を書いている人はいても、詩集を買う人はすごく少ないのではないか。わりと詩を読むのが好きで、詩集をいろいろ持っている私でさえ、最近買っていない。そんな世の片隅に追いやられている詩がニュースになり、しかも翻訳がらみとあって、私はエキサイトした。が、いかんせん、「アマンダ・ゴーマン」の名前がリベラル、バイデン政権とつながっているため、私がエキサイトした理由とは無関係に政治化してしまった。面白くもなんともない。実につまらない。人々は自分の政治的信条にのっとり個人的意見を述べる。

私は政治の話などしたくない! アマンダ・ゴーマンについて語りたいのではない!  

事の経緯はこう。

1)オランダの出版社がアマンダ・ゴーマンの詩集を出版するにあたり、白人の若い女の子(マリエケ・ルーカス・ライネベルト)を訳者に選ぶ。ライネベルトは小説家。たとえれば、日本の出版社が川上未映子に翻訳を依頼するみたいなもの。

2)その訳者が活動家たちのバッシングに遭い、仕事を辞退する(黒人の訳者を選べ、という抗議があった)。

3)オランダの出版社は別の訳者を探すと言っている。

4)そうこうするうちに、マリエケ・ルーカス・ライネベルトが「反論の詩」を引っ提げて、世に公開する。

私はいろんなことが気になったが、いかんせんオランダのことなど普段考えもしないので、オランダに関する知識が少なすぎた。私の気になったことは、こんな感じ。

1)オランダって白人ばっかりのイメージがあるけど、活動家に訳者が引きずり降ろされるほどの黒人人口を抱えている?

2)私は白人著者(この間はインド系イギリス人)の翻訳ばっかりしているけど、何も言われない(肌の色が問題視されない領域で働いている)。

3)結局、この訳者が仕事を失うという結末はひどくない?!

4)何の訳書を出すのか、誰に翻訳してもらうのかは出版社が決めることなので、オランダの出版社はこの訳者を擁護する強い声明を出したのか?(オランダ国内ではそういう報道があったのかもしれないけど、私が読める英語や日本語では報道がなかった)

5)出版は文化事業だけど商売なので、「この子なら、訳書が売れる」と思って選んだ訳者だったんでしょう?

そこで、自分のFBに投稿した後に、「そーだ! 翻訳者コミュニティがあるじゃないか、あそこに投稿したらもっと何かインサイダー的な面白いこと聞けるかも?!」と思った。しかし、政治的に受け止められたくない。そこで、ちょこちょこと書き添えて投稿してみた。

結果的に反応は薄かった。質問の仕方が悪かったのかも。想定内ではあったけど、「そもそも詩人としてのアマンダ・ゴーマンを認めない。詩人としてより商売がうまい」的な発言もあった。商売上手のレベルでいえば、ルピカウルのほうが100万倍くらいすごいけど。私の心の中では、真っ赤なサイレンがグルグルと回った。そんなことを話したいんじゃない!!!

ま、これがインターネットの世界というものなのですが。

で、結局私が何を話したかったのか、何人かの人がヒントになるような答えをくれたので、それは後日書くことにする。自分と同じ温度で世の中のことを話せる人々というのは、家人を含め、ごくごく限られているのだと実感した次第…… こういう話をするのに、いいグループないですか? 知ってたら招待してください。

マリエケ・ルーカス・ライネベルトの「反論の詩」はこれ。

https://www.theguardian.com/books/2021/mar/06/everything-inhabitable-a-poem-by-marieke-lucas-rijneveld?fbclid=IwAR2HfpyB2DKe2Hqpd_YS6evmeQVhpNnPRXmYcuHjTTuG6qlHlCTrw-u5hPc

おやつストーリー

「オリーブに載ってた、『おやつストーリー』覚えてる?」と友だちが言うので、うっすらと記憶が蘇ってきた。で、電子書籍を買ってしまった。

ああ、この軽さ。楽しさ。明るさ。

1982年から1991年までの日本で発売された数々のお菓子の紹介と、それを食べながら聴いたらいいんではないかという曲がお菓子ごとに選曲されている。いろんな曲をストリーミングで聞きながら、読んだ。ばか笑いした。

私は小学生のときに、放送部の友だちに「招待されて」給食の時間に全校生徒に向けてお菓子のコマーシャルソングを何曲か歌ったことがある。あの頃は本当にバカ丸出しだった。バカさをごまかそうとするようになってから人生が狂い始めた。

1年前(コロナコロナと騒ぎ始めた頃)、日本に帰り、千疋屋パーラーでフルーツパフェと「パフェに合うビール」を注文してみた(メニューにあったので、どんなものかと思って注文した。一時帰国中は欲張ってしまうこの気持ち、わかってもらえるだろうか)。しかも、パフェと同時にビール(ピルスナ)が出てきて、一体どっちを先に口にすればよいのかと、交互に食べたけど、パフェとビールは合わなかった。あれは、パフェを食べたい人に付き合わされてパーラーに行った酒好きが飲むビールなんだと、後から気づいた。昔、京都に遊びにきたおじいちゃんのために出町ふたばの豆大福を買って用意していたのに、肝心のお茶を用意し忘れ、豆大福にぶどうジュースを添えて出したことがあるけど、それに匹敵するくらい、合う合わない以前の問題だと思った。

今まで行ったスイーツ屋さんで、味も雰囲気も何もかもが最高だと思ったのは、西荻窪のこけし屋。そもそもこけしを買いに西荻窪に行ったら、同行の妹が「お姉ちゃん、あれ! あれ!」と指さしたのがこけし屋だった。感動しすぎて3つくらいケーキを食べた記憶がある。もちろんかわいい絵のコースターも持ち帰った。何より、店との出会い方が出来すぎた偶然でよかった。あとで東京在住の友人にこの話をしたら、「あんたみたいな趣味の人は、(こけし屋を)当然知っているものと思っていた」と言われた。

今だったら、この手のエッセイを書こうものなら、ウェブサイトにアフィリエイトいっぱいつけて掲載されるよね。あーいやだ。

とか言いながら、私もアフィリエイトのリンク付けてるけどね(↓)だって、どっかから画像とってきて貼り付けるのはダメって言われると、アフィリエイトしかないからさ。