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アマンダ・ゴーマンのオランダ語訳騒ぎ(その2)

結局、私と似たような温度で世の中を眺める人々(トリビア好き)から面白いヒントを教えてもらい、オランダについてというか、ブラックライブズマターに関してというか、にわかに私なりの興味が湧いてしまった。

件の記事を目にしたときは、まず最初に、「これって、オランダの歴史の問題じゃないの?」と思った。でも、私はオランダの歴史も現在もよく知らない。つい、チューリップやオレンジ色を思い浮かべてしまう。

まず、オランダの歴史。南アフリカやインドネシアなど、結構手広く植民地を持っていた。その辺は検索して調べれば「ほほう、そこも?」なんて思えるほど数多い。結局のところ、旧植民地国がみなそうであるように、昔の植民地から人が流れ込んでいる。モロッコからスペインに入り、EUの中では、移民にとって自由で住みやすいオランダに落ち着く黒人移民が多く、今はオランダの全人口の3%から5%程度を占めているらしい(統計によってばらつきがあるとのこと)。

では、ブラックライブズマターの発祥地、アメリカの黒人人口はどれくらい? 南米からやってきたヒスパニック系の黒人と別々に統計を取るようだけど、13%くらい。じゃ、私の住んでいるカナダは? とカナダ統計局のサイトで調べると、3.5%。つまり、統計的にカナダとオランダは同じくらい。でも、都市部と田舎とでは肌感覚は全然違うはず。

そこで日本。黒人系日本人は人口動態グループとして成立しないくらい少ないので、公式データがないらしい(八村塁のような著名人はいるけれど)。

乱暴だけど、人口3%という数字は、ブラックライブズマターのような抗議運動が「対岸の火事」ではなくなるってことなのかしらん??? 日本語の翻訳者がブラックライブズマターの活動家に仕事から降ろされるなんて、統計的にありえないもんね。

今回のことで私が何より驚いたのは、「訳者」はもともと影の薄い存在で、小説家ですらないのに「降板されられる可能性がリアルに出た」点。訳すべき本も出版社が選ぶのが普通。しかも、出版界という斜陽産業での影の仕事なので、「そんな将来性のない仕事、欲しいですか?」という謎。誰もやらなくなる仕事だから移民がやりやすいとか? オランダでは翻訳者の社会的地位が高いとか? 私は英語と日本語の記事しか読めないからわからないんだけど、このオランダの出版社がこの訳者を擁護するために強い声明を出したのかどうか? だって、訳者の立場から言わせてもらうと、肌の色関係なく、守ってほしいじゃないですか(仕事少ないから)??

……というようなことを私は誰かと話したかった。特に同業者と。でも、SNSだと瞬発力はあってもゆっくりは話せないことを身をもって感じた。SNSよりブログのほうが私には合ってる、やっぱり。そして、この件に関しては十分考えたので、もうおなか一杯です。

ちなみに、私は別にアンチ・ブラックライブズマターじゃないですよ。むしろその根幹部分には同情を寄せてます。ただ、どんな抗議運動でも、ぶわーっと広がると、押し返したくなる要素が出てくる。

『シンタクラース』というサンタクロースにそっくりなお祭りがあることも教えてもらった。にわかにオランダに行きたくなってきた。

アマンダ・ゴーマンのオランダ語訳騒ぎ(その1)

世の中の多くの人は詩には興味ないかもしれない。ここ何年かで爆発的に売れた詩人といえば、カナダのルピカウルだけど、彼女とて、マルチタレントぶりを発揮してるので詩作が専業とは言い難い。今は、詩を書いている人はいても、詩集を買う人はすごく少ないのではないか。わりと詩を読むのが好きで、詩集をいろいろ持っている私でさえ、最近買っていない。そんな世の片隅に追いやられている詩がニュースになり、しかも翻訳がらみとあって、私はエキサイトした。が、いかんせん、「アマンダ・ゴーマン」の名前がリベラル、バイデン政権とつながっているため、私がエキサイトした理由とは無関係に政治化してしまった。面白くもなんともない。実につまらない。人々は自分の政治的信条にのっとり個人的意見を述べる。

私は政治の話などしたくない! アマンダ・ゴーマンについて語りたいのではない!  

事の経緯はこう。

1)オランダの出版社がアマンダ・ゴーマンの詩集を出版するにあたり、白人の若い女の子(マリエケ・ルーカス・ライネベルト)を訳者に選ぶ。ライネベルトは小説家。たとえれば、日本の出版社が川上未映子に翻訳を依頼するみたいなもの。

2)その訳者が活動家たちのバッシングに遭い、仕事を辞退する(黒人の訳者を選べ、という抗議があった)。

3)オランダの出版社は別の訳者を探すと言っている。

4)そうこうするうちに、マリエケ・ルーカス・ライネベルトが「反論の詩」を引っ提げて、世に公開する。

私はいろんなことが気になったが、いかんせんオランダのことなど普段考えもしないので、オランダに関する知識が少なすぎた。私の気になったことは、こんな感じ。

1)オランダって白人ばっかりのイメージがあるけど、活動家に訳者が引きずり降ろされるほどの黒人人口を抱えている?

2)私は白人著者(この間はインド系イギリス人)の翻訳ばっかりしているけど、何も言われない(肌の色が問題視されない領域で働いている)。

3)結局、この訳者が仕事を失うという結末はひどくない?!

4)何の訳書を出すのか、誰に翻訳してもらうのかは出版社が決めることなので、オランダの出版社はこの訳者を擁護する強い声明を出したのか?(オランダ国内ではそういう報道があったのかもしれないけど、私が読める英語や日本語では報道がなかった)

5)出版は文化事業だけど商売なので、「この子なら、訳書が売れる」と思って選んだ訳者だったんでしょう?

そこで、自分のFBに投稿した後に、「そーだ! 翻訳者コミュニティがあるじゃないか、あそこに投稿したらもっと何かインサイダー的な面白いこと聞けるかも?!」と思った。しかし、政治的に受け止められたくない。そこで、ちょこちょこと書き添えて投稿してみた。

結果的に反応は薄かった。質問の仕方が悪かったのかも。想定内ではあったけど、「そもそも詩人としてのアマンダ・ゴーマンを認めない。詩人としてより商売がうまい」的な発言もあった。商売上手のレベルでいえば、ルピカウルのほうが100万倍くらいすごいけど。私の心の中では、真っ赤なサイレンがグルグルと回った。そんなことを話したいんじゃない!!!

ま、これがインターネットの世界というものなのですが。

で、結局私が何を話したかったのか、何人かの人がヒントになるような答えをくれたので、それは後日書くことにする。自分と同じ温度で世の中のことを話せる人々というのは、家人を含め、ごくごく限られているのだと実感した次第…… こういう話をするのに、いいグループないですか? 知ってたら招待してください。

マリエケ・ルーカス・ライネベルトの「反論の詩」はこれ。

https://www.theguardian.com/books/2021/mar/06/everything-inhabitable-a-poem-by-marieke-lucas-rijneveld?fbclid=IwAR2HfpyB2DKe2Hqpd_YS6evmeQVhpNnPRXmYcuHjTTuG6qlHlCTrw-u5hPc

おやつストーリー

「オリーブに載ってた、『おやつストーリー』覚えてる?」と友だちが言うので、うっすらと記憶が蘇ってきた。で、電子書籍を買ってしまった。

ああ、この軽さ。楽しさ。明るさ。

1982年から1991年までの日本で発売された数々のお菓子の紹介と、それを食べながら聴いたらいいんではないかという曲がお菓子ごとに選曲されている。いろんな曲をストリーミングで聞きながら、読んだ。ばか笑いした。

私は小学生のときに、放送部の友だちに「招待されて」給食の時間に全校生徒に向けてお菓子のコマーシャルソングを何曲か歌ったことがある。あの頃は本当にバカ丸出しだった。バカさをごまかそうとするようになってから人生が狂い始めた。

1年前(コロナコロナと騒ぎ始めた頃)、日本に帰り、千疋屋パーラーでフルーツパフェと「パフェに合うビール」を注文してみた(メニューにあったので、どんなものかと思って注文した。一時帰国中は欲張ってしまうこの気持ち、わかってもらえるだろうか)。しかも、パフェと同時にビール(ピルスナ)が出てきて、一体どっちを先に口にすればよいのかと、交互に食べたけど、パフェとビールは合わなかった。あれは、パフェを食べたい人に付き合わされてパーラーに行った酒好きが飲むビールなんだと、後から気づいた。昔、京都に遊びにきたおじいちゃんのために出町ふたばの豆大福を買って用意していたのに、肝心のお茶を用意し忘れ、豆大福にぶどうジュースを添えて出したことがあるけど、それに匹敵するくらい、合う合わない以前の問題だと思った。

今まで行ったスイーツ屋さんで、味も雰囲気も何もかもが最高だと思ったのは、西荻窪のこけし屋。そもそもこけしを買いに西荻窪に行ったら、同行の妹が「お姉ちゃん、あれ! あれ!」と指さしたのがこけし屋だった。感動しすぎて3つくらいケーキを食べた記憶がある。もちろんかわいい絵のコースターも持ち帰った。何より、店との出会い方が出来すぎた偶然でよかった。あとで東京在住の友人にこの話をしたら、「あんたみたいな趣味の人は、(こけし屋を)当然知っているものと思っていた」と言われた。

今だったら、この手のエッセイを書こうものなら、ウェブサイトにアフィリエイトいっぱいつけて掲載されるよね。あーいやだ。

とか言いながら、私もアフィリエイトのリンク付けてるけどね(↓)だって、どっかから画像とってきて貼り付けるのはダメって言われると、アフィリエイトしかないからさ。

帝国の遺産 – 何が世界秩序をつくるのか

コロナ禍のなか、この本を翻訳した。夏を挟んでの仕事で、休暇を楽しむこともほぼなかったけれど、この本のおかげで、アメリカを中心とした北米大陸、ヨーロッパ、ロシア、中国、インド、中東を旅できた。どこのホテルに泊まり、どんな食事をし……なんてことを心配しなくてよい机上の旅では、現代から近代、中世、果ては古代にまで遡って贅沢に歴史にふれることができた。たとえて言うとすれば、「イギリス」という名のおじいさんを訪ね、過去の栄光の自慢話を聞いていると、「イギリスに住んでいるインド」という別のおじいさんがやってきて、「そういう見方もあるだろうがね」と言いながら、別の話を語りだす。2人のおじいさんが昔話をしていると、それぞれの子どもや孫が話に入ってきて、みんなで「現在」を語る――そんな経験だった。

翻訳している間、世界を回りたくなった。もともと世界史や旅行が大好きで、いろんな国へ一緒に行く人がいなくても一人で行く質なのだ。この本を訳しているうちに行きたいところが増えてきた。

もしどこへでも行っていいのなら、ウクライナのリヴィウと、ロシアのサンクトペテルブルク、黒海周辺、トルコ、ロンドン(とイギリスのあちこち)を時間をかけて回りたい。ロンドンは短い間住んだことがあるが回り切れなかったし、EU離脱前のことで、外国人労働者が大勢いた。トルコは1990年代前半に何度か行ったことがあるが、今は様変わりしている。ウクライナとロシアは行ったことがない。一度だけトルコに行く途中にモスクワ空港で乗り換えたけれど、ペレストロイカが吹き荒れた時期で、何にもないどころか、あちこち電気が消えていて驚いた記憶がある。そんなロシアも今は全然違う。

この本を半分ほど翻訳して、休憩がてら、カナダ東部のキングストンという街に旅に出た。トロントからは車で2時間半くらい。英語圏のトロントとフランス語圏のモントリオールの間にキングストンはある。キングストン周辺を旅すると、フランス語があちこちから聞こえてくる。湖畔のビーチなどに行くと特にすごい。フランス語圏がカナダにあるのも、カナダとアメリカで今英語が話されているのも、昔、北アメリカ大陸がフランスとイギリスの植民地だったことの名残りだ(アメリカのルイジアナ州もフランス領だったのだから、フランスの植民地はとても広大だった)。

キングストンにはカナダ軍の基地や軍事大学がある。カナダ(まだイギリスの植民地だった)がアメリカと戦争していたとき、ここはカナダにとって水路の要だった。今は、キングストンの港にアメリカ海軍の軍艦が集結するなどあり得ないと思ってしまうが。今はむしろ、富裕なアメリカ人がヨットでセントローレンス川やオンタリオ湖を旅し、キングストンのヨットハーバーに立ち寄ることのほうが多いだろう。

キングストンの北にあるケベック州にはカナダからの独立を目標に掲げたブロック・ケベコワという政党があり、カナダの政治を左にひっぱっている。1995年、私がアメリカに住んでいたとき、ケベック州の独立住民投票が行なわれ、「なぜ独立する必要があるのだろう?」と不思議に思ったものだ。今は不思議に思わなくなったが、私が直接的に賛成や反対の意見を持つようなことなのかどうかは、今でもわからない。

この本にキングストンの話は出てこない。でもこの本のおかげで、「帝国の遺産」を意識するようになった。それまで私にとって、キングストンは美しいけれど小さな町にすぎず、取り立てて行きたい場所ではなかったが、格段に興味深い場所になった。

この本の著者は、「世の中は、世界を飛び回れる人ばかりではない」と考えて、エリート層を注意深く観察し、「帝国」という軸で彼らと彼らが支配する世界を見ている(著者もエリートだが、既得権益を長年享受してきたエリート層の出身ではない)。かつて世界を支配したことのある「元帝国」には、特権を享受した人、享受し続けたい人、富の再配分を望む人、何の特権も享受しなかったどころか搾取された人がいる。なんらかの事情で没落してしまった帝国には、再び世界舞台へ返り咲こうと帝国の矜持を持った人々がいる。そして現在は、「帝国」と自ら名乗らないが「帝国のような国」が近々世界のトップの座を手放しそうな過渡期にある。世界では常に、何らかの宗教勢力、政治勢力に追い詰められて人々が移動している。移民を親に持つ著者は、「ある1つの視点」を提示するのではなく、横(世界)にも、縦(歴史)にも広げて多くの視点を星座のように散りばめている。

「世の中を複眼的に見たって何の解決にもならないし、そんなの弱っちい! 自分の主張を通したものが一番強い!」と思う人もいるだろう。けれど世界の勢力図は、どこかの国がずば抜けてすばらしいから塗り替えられるわけではない。様々な勢力がけん制し合うなか、世界のどこかで何かが起きて、ある勢力が弱まると、その波及効果でどこかが強くなり、それに応じて人が移動する。かつては、宗教的迫害を受けた白人が難民化し、ボートで世界のあちこちに逃げた時期があったのだ。世界はたらいに入れた水に似ている。

日本では、大河ドラマを通じて特定の歴史を何度も振り返る機会がある。その都度、様々な武将や改革者の視点で歴史を見つめなおすことも可能だ。世界をまたにかけた大河ドラマを執筆するとしたら、きっと脚本家はこの本を手に取ると思う。

グッズ作りました

「一体おまえは何屋なんだ!?」

ああ耳が痛い…… いいじゃないか、翻訳者がオリジナルグッズを作ったってサ。

旅行のキャンセル料で、まず、エコバッグを作った。何個か売れた。だが、エコバッグ先進国の消費者からは「エコバッグばっかり、そんなにいらん」という生の声も聞こえてきた。キャンセル料はまだ余ってる。

「ピンブローチとかステッカーといいんでねえの? パソコン、スケボー、ヘルメットにペタペタ貼れるし!?」と私は考えた。

そこでデザイナーの友人に相談。自分で下手な絵を描いて、インスタのスクショをとって、いっぱい送りつけ、チャットで話し合っているうちに、私は迷走しだした。

「ブランドって大事だからさ」と友だち。

さすが、プロの言葉には重みがある。このウェブサイトを作るときにも、彼女にサイトのオリジナルロゴを作ってもらったのだ。

さらにアイデアを出し合った。ストライクゾーンではあるものの、外角高めのギリギリとか、内角のきわどいところ、くらいの案を絞りだし続けた。「これでいいんじゃない?」と私は満足しはじめていた。ところが、ストップがかかった。

「きょうたんといえば、マトリョーシカだよね」

私はマトリョーシカをいっぱい集めているし、この世で一番好きなお菓子は「こけしアネス」。私は待った。やがて送られてきた画像が、最終的にピンになった「マトリョーシカ」だ。感動のあまり握りしめていたスマホを投げ捨てそうになった。真ん中ドストライクというのは、こういうことを言うんだね。

このピンの頭部は、おかっぱ頭なのか、マトリョーシカのバブーシュカなのか、よくわからない。そこがいい。

製品が出来上がったのでEtsyで売りはじめた。「何か作ろっと」とテンション高めで市場調査をしていたときには目にも入らなかったけれど、ピンブローチも売っている人が多くて、市場は飽和状態。

周囲の人に「あなたの棺桶はマトリョーシカ型にするといいよ」と言われているので、その棺桶に、このピンブローチとステッカーの売れ残りをいっぱいくっつけて出棺する自分の姿がはっきりとイメージできた。悪くはないね。

ちなみに、デザインのキャラクターが持っている本やハート、コーヒーカップに書いてある「I care」にはいろんな意味がある。意見が違うし、言えば喧嘩になるだろうけど、「私なりに世の中のこととか家族のこととか考えてる」って意味だったり、長年一緒にいるパートナーに対して、いろんな葛藤があって、「I love you」とは素直に言えなくなってるけど、「あなたのことも、わたしたちのことも大切に思ってるんだってば」って意味もある。「頭じゃわかってる、でも行動できない」「説教しないで。私に考えさせて、自分なりの最適解を出させて」って思ってる、けっして自暴自棄じゃないって言いたいときの「I care」だったりもする。 

というわけで、身に着けたり、あちこちに貼れば、明るい気分になれるかもしれないし、ひょっとしたら疫病退散に役立たなくもないかもしれないし、よかったらおひとついかがですか?

https://www.etsy.com/shop/pianissimoo

あるいは、直接連絡してください。

何らかの形でこのピンまたはステッカーを手に入れた人は、#icarepin のハッシュタグ付けてSNSに投稿してね。