Y日記12

夏の旅行用に DJI の Pocket 2 を買ったが、すでに設定で翻弄され疲れた。そろそろこれを使って練習したい。すでに Pocket 3 が出ているけど、そんなに使うわけでもないしと、型落ちで安くした。

とか、のんきなことを言っている場合じゃない事態が発生! 人生に数回来る級のピンチかもしれない。あせりにあせっているところへ、何も知らない猫がニャーニャー(かまってほしい!)としつこかったので、怒鳴り散らしてしまったところ、猫は動揺したのか、リビングで大粗相。ピンチにうんち。

韻を踏んでいる場合ではない。

私は意外と逆境に強いと人によく言われる。昔々、元カレが新カレに「あの子のいいところを1つ挙げるなら、逆境に強いところだ」と言ったくらいだ。他人がそう言うなら、そうかもしれない。このピンチも乗り切れる気がしてきた。なんの根拠もないが。

ピンチ到来以前に収録しておいた「きょうこりんと姉御の『そんなんいえやん』」のS4E3を公開しました。映画『PAST LIVES』について話してます。

『Becoming Karl Lagerfeld』の終わり方がすごくよかった。ラガーフェルドがシャネルのデザイナーになるまでの話なのだけど、デザイナーとして古びたものを刷新しながら、恋人ジャック・ドゥ・バッシェールとの愛に葛藤しているのがこのドラマの肝。ラガーフェルドが独語、仏語、伊語、英語を切り替えて話しているので、演じている役者さんもこの4カ国語がペラペラ。私は英語しかわからないので、字幕付きで見たけど、しょっちゅう Disney+ がこの字幕言語切り替えに失敗していた。少しだけ巻き戻すと解決する。

Bookpotters で読書会するから、本を決めた。ポルトガル文学の『死んでから俺にはいろいろなことがあった』。相変わらず、本についての雑談は楽しい。

ピックルボールを開始して、定年退職した超活発なカナダ人女性に接する機会が増えた。パワフルで参考になる人々だと思うし、「定年退職」なんてことができる非常にラッキーな世代な人々でもあるとも思う。ちょっとお友だちになりたいぞ。そういうわけで、おばさんたちが集まっていそうなコートに足繁く通うことにした。

Y日記11

どうしても説明のつかないことってある。説明を求められても答えられない。そしてそれがいつまでも心に引っ掛かっている。子供の頃、自転車に乗っていたら、急に用水路に自転車ごと落ちたことがある。それ自体、「なんで?」と聞かれても説明はできなかった。私がまず落ちて、自転車が上に乗っかる格好になったので、一人では起き上がれず、一緒にいた友だちに引き上げてもらった。どろどろのまま、最寄りの友だちの家に連れていってもらい、友だちのお母さんにお風呂で洗ってもらった。まず、服を着たまま、シャワーで泥を流し、次に服を脱いで……と、順番に汚れを落としてもらったのだが、

「どうしてパンツを2枚も履いているの?」

と聞かれた。指摘されるまで自分でも気づかなかった。こっちが理由を知りたいくらいだった。大人になっていれば、「どうしてなんでしょうね?」とテヘペロできるけど、当時は幼すぎて、聞かれたことには絶対答えなければならないと思っていた。

「どうして私はパンツを2枚、重ねばきしてるんだろう?」

朝起きてからの自分の行動を思い出そうとしても思い出せなくて、涙が出そうになった。この頃の私の口癖は「わから〜ん」だった。本当にいつも大体いろんなことがわからなかった。しばらくの間、私は用水路に自転車ごと落ちた女としてバカにされ、落ちた場所も「現場」と呼ばれていたが、パンツ2枚履きの事実は知れ渡らなかった。

大人になった今は、ゲラチェックのときなどに、「どうしてこんな訳仕方をしたんだろう」と自分の訳を説明できないことがある。間違ってはないけど、どうしてそんなまわりくどい言い方するの? みたいな。パンツと一緒。一枚履けば十分なのに。

この1週間のできごと:

トロントにいながら、日本から空輸された「やがら」を食べた。あっさりしておいしかった。英語だと、Trumpetfish と言う。全体的に普段食べない高級な日本食だったので、おつゆも飲み干して食べた。

今シーズン初のピックルボールをした。プレイしてる間に、ラケットのラバーがもげた。冬の間にラバーが劣化していたらしい。仕方なく安いラケット買った。

あるところからカール・ラガーフェルドに俄然興味がわき、『The Mysterious Lagerfeld』を見てから、『Becoming Karl Lagerfeld』を見ている。『The Mysteriou…』は遺産相続が軸になっているせいでいまいちなドキュメンタリーだったけど、『Becoming…』は、あの髪型になる前のラガーフェルドの話。イブ・サンローランとの関係が破綻したあとから始まっていて、類稀なる才能の持ち主で24時間仕事ばかりしている男2人と、それを支える男2人のごたごたがとても面白い。出ている人たちは大真面目なのに、全体的にみんなの髪型がズラっぽくて、笑いながら見ている。

今まで内輪でやっていた読書会を Bookpotters でやればいいんだ!と思いついた。だからどうした?みたいな話だが。

WordPressにAIアシスタント機能がついているので、今週の日記をAIに校正してもらったけど、とてもつまらない女の書いた日記みたいな修正案を出してきたから、却下してやった。

Y日記10

週末、人生の大先輩である方の誕生日会に行った。101歳。相変わらずお元気そうで、おしゃれで、誕生日の挨拶も本当に立派だった。私は一緒の部屋にいられるだけでうれしかった。この日も、先に亡くなられたご主人に、「来世も一緒になろうって言われたんですけれどもね、こちらとしては、『まあ、ちょっと考えさせていただきます』としか言えませんでしたよ」と人を笑わせていた。これはネタなのか、本当にそう言ったかどうかは本人にしかわからないことだけど、一生懸命尽くしたんだから、来世は勘弁して!ってのも本心だと思う。さすが、大先輩! どこまでもついていきたい。

このお誕生日会には、以前にもお会いして話を伺ったことのある老夫婦が来ていて、ふたりで保育園をやっていたことも聞いて知っていた。この日は、それについて前よりも詳しく話していらして、ふたりは大阪水上隣保館という児童養護施設で、中村遥という創設者の指導のもと、経験を積んだのだと話していた。水上隣保館も中村遥さんというお名前も初めて聞いたので、ぼうっとしながら聞いていたら、他の人が「宮本輝の『泥の河』に出てくる、大阪の貧しい水上生活者の子どもたちを集めて、温かいご飯を食べさせたり、学校に行かせたりしていた施設だ」と教えてくれた。私はこういう話にめっぽう弱くて、関心がある。めりめりと膨らむ好奇心から、「あの〜、ポッドキャストでお話しいただけないでしょうか?」と声をかけたら、「いやです」と無碍に断られた。でも、もっと知りたいので、これから会うたびに話を聞き出したい。

以上の出来事は、大学つながりの集まりの話。以前の私はこういうところへ顔を出すのが苦手だった。酷い目に遭わされたこともあるし。でも今は平和なかんじ。いわゆる「ネットワーキング」的な集まりではなくて、私なんかよりも移民としてずーっと大先輩の人の話を聞くのが好き。参考になるかっていうと、ならないんだな、これが。人それぞれに事情が違いすぎて。

オースター絡みで、『SMOKE』を見た。思った以上にとてもよかった。他に見たことのない映画を見る気になれず、好きな映画を繰り返しみている1週間だった。

Y日記9

もはや翻訳と気晴らしに映画を見ること以外、何もできていない。最近の映画はどれも上映時間が長いので、3日に分けて見ないといけない。配信だからできること。最近は映画鑑賞に加え、ミニバラ鑑賞も気晴らしリストに入ってきた。妹がミニバラ先生なので、育て方を伝授してもらったけど、育てるというよりは、ぼんやり花を見ている。全然うまく育たず、毎日少しずつ死にゆく様子を見つめてる。

姉の家には、ミニバラ先生から送られたミニバラが咲き誇っていて、ちょっとしたバラ園になっている。はぁ〜、何が違うの? 気候? 種類?

忙しいとかいいながら、今週末はトロントで翻訳関係の会議があり、私は参加しなかったものの、そこへ来ていた同業者さんたちとお食事や散歩、おしゃべりを楽しみ、旧交をあたためた。ズームでしか会ったことがない人に会うのは、やはり感動。

このメンバーでおしゃべりをしているうち、「今日は柴田元幸さんの『いま、これ訳してます』の日だ! しかも、オースターの追悼回になるらしい!」と一瞬騒然とした。時差のせいで、時間を間違えて慌てふためいただけなのだが、その夜、無事視聴。最後の「I want to tell you a story」の朗読中に、柴田さんが涙ぐまれたような場面があり、画面越しにもそれが伝わってきて、私もうるっとした。

家にこもっているせいか、やばいほど密室で笑いをこらえきれなくなった過去を思い出す。1つは神社で厄除けの祈祷を受けている途中(母と私と禰宜さんの3人だけ)、もう1つは狭い茶室の中で。

第一次世界大戦について調べ物をずっとしていたので、避けていた『1917』を遂に見た。いやぁ〜、きつい映画だった。どうしてあのような塹壕戦を展開し、人が無駄死にしていったのかを散々調べたあとだったから。あと、あの伝兵がしきりと腕時計をチェックするんだけど、腕時計も第一次世界大戦の産物……

今週はだな、マンスプレイニングにもほどがある!とあるところで腹を立てていた。あれは「話がとまらない」性格の一部であって、ある程度は受容しないといけないが、「自分があまり知らないことについて偉そうなことは言わない」という品性をもっと身につけてほしいと思う。「品性」などと言うと、余計に反抗されて終わるだけだが。

たとえば、わが父はその典型で、自分が行ったこともない外国のことを、あたかも見聞してよく知っているかの口調で話しがちだった。それを聞いて私は「まるで行ったことがあるかのような口ぶり!」と意地悪に言うのだけど、「俺はわざわざ行かなくても何でも知っている」とシャーシャーと返してくるので、本当に悪質なマンスプレイニングだと思った。自分が物知りだとマウントしたくて仕方がないんだと思う。

10年以上も前の話だけど、トロントのある地ビール専門のバーで、ビールのうんちくを垂れているおっさんがいて、私はその後方に座っていた。おっさんはビールのうんちくを垂れながら、大きな音で屁をこいた。なんなら匂いも風向きの都合で漂った。そのとき、私は心の底から強く思った。「そんなことより、もっと大切せねばならない何かがあるだろう!!!」と。

Y日記8

忙しい。でも日記は書くことに決めた!

「故人を偲ぶ会」に行ってきた。生前、陽気な人だったので、明るいスピーチが多かった。ある人は、オリジナルソングを歌ってくれと生前から頼まれていたらしく、ギターを弾きながら、これまた陽気な歌を歌っていた。そして、エンジニアの人は技術の話で盛り上がっていて(景気よさげでうらやましい)、エンジニアでない人(私)はぼーっとしながら話を聞いているという、いつものかんじだった。

天国に召された人は90歳まで生きたし、傍目には何も心残りはなさそうな充実した人生を送っていた。街から緑地がどんどんと消えていくのに対抗して、公園にこっそり苗木を植えるなどのゲリラ活動をしていると本人から聞いたことがあって、偲ぶ会でもその逸話が披露されていた。ある日警察に咎められたのを機に、土地を買って、そこへ好きなだけ植樹をしていたらしい。そんなお金はないけど、気構えは見習いたいと思った。最近、特にそう思う。

久々にトロント大のキャンパスに行ったので、例のパレスチナの抗議運動もちらっと見てきた。テント村の周りにはフェンスが張りめぐらされ、中へは勝手に入れない。フェンスには様々な主張が掲げられていた。学生も参加しているのだろうけど、やっぱりプロのアジテーターが中心なんだなと感じられるだけの雰囲気はあったし(当たり前か)、思っていたより平和的だった。これに対抗する抗議も静かに行われているらしい。

帰り道、家人が通りすがりの若い黒人の男の子に「フランスへ帰れ!」と怒鳴られる事件が起きた。生まれながらの白人カナディアンだし、とんだとばっちり、ではあったけど、何か世の中の転換点を目撃したような気がして、悪いけど、少しおもしろかった。「ウェルカム・トゥ・マイ・ワールド」となぐさめの言葉をかけておいた。「お前の国へ帰れ」と言われることが、どんなに筋違いで、腹の立つことなのかを身をもって体験してもらった。

Bookpottersではじめて読書会してみた。『ピュウ』の翻訳者、井上里さんに来てもらって、閉ざされた社会ってなんで閉じてるのかなどなど、人数少なめだと自由に話せてよいなと。訳者さんさえよければ、数人相手に読書会に参加していただきたいな〜。謝礼もあり(謝礼はいらないの選択肢もあり)。

翻訳で忙しくて、いろんなことを後回しにしていて、「やばいやばい」と思っていたことを全部さばいて、すっきり。

最近、短歌や和歌をやってみたいと思うけど、どこから始めればいいのかわからない。俳句も全然うまくならないのに、短歌、和歌?という気がしなくもないし。