Y日記37

親戚の小一男子は今、ランボルギーニの中でも1億円近い車種を手に入れたい。そして、その車種に関していろいろ知りたいがために、音声検索で情報を集め、他車種との比較表も作っている。聞いても的外れな答えしか返ってこないときは、深い溜息をつき、いらつきを隠さない。音声入力というのは、まだ文字入力検索が難しい年齢に役立っているのだと知った。

叔母であるわたしは小一男子の夢を叶えるお手伝いをしたい。そのつもりで千円のお小遣いをあげたら、うれしそうな顔をしなかった。桁が足りない、ということらしい。どうやら、小一ながら100000000分の1000という絶望感に圧倒されるくらいに分数が理解できている。毎年1000円のお年玉を貯めると100000年かかる。10000円もらっても10000年かかる。

しかし、当然のことながら、礼を言うより先に不満を口にしたことを親に咎められていた。

この気の遠くなるような道のりを、大人になっても突っ走ってほしい。叔母さんはたぶん、東京にあるランボルギーニのショールームに連れていくくらいなら協力できる。がんばれば、イタリアにあるランボルギーニの工場見学に連れっていってあげられるかもしれない(私も行きたいから)。

この途方もない感じのこと(しかも他人にとってはどうでもいいようなこと)を目指して闘志を燃やすアニマルスピリッツは血なのだろうか。

わたしも今、スイカゲームに燃えている。

Y日記36

日本から戻り、ピックルボールのミニリーグ戦に参加。主催者が「リーグ戦」のコンセプトを理解できず、ブチ切れる人数名。ブチ切れたのが全員知り合いだったので驚いたが、「リーグ戦」であることに余分のお金を払っているのだから、抗議は当然だ。

競争心むき出しで相手の弱点をグイグイ狙うタイプの人(60代後半とおもわしき女性)と何度か対戦し、洗礼を受けた。心の中で<卑怯者!>と叫んでいたが、「エースを狙え」の岡ひろみになったつもりで耐えた。が、次第に私の中の悪が引き出され、遠慮なく攻撃に出た。競争心といえば、ゼンデイヤの『チャレンジャーズ』。あの映画は私の中では2024年のトップ3に入る。

映画といえば、ニコール・キッドマンとハリス・ディキンソンの『BabyGirl』を観てきた。クソ寒い平日の夜だったので、映画館には10人くらいしかいなかったけど、それもよし。完璧主義の傾向がある頑張り屋の性癖・性欲を深掘りしてるところがよかった。ハリス・ディキンソンは『逆転のトライアングル』以来好き。

『パチンコ』のシーズン2を見終わった。いよいよ日本のバブルが崩壊するってところで終わったけど、あれもこれも紐はほどけたままなので、シーズン3に期待したい。ベク・ソロモン役のジン・ハの日本語がシーズン1と比べると格段にうまくなっていた。圧倒的な演技力といい脚本があれば、話す言語がネイティブレベルでなくとも私は気にならないのだと、このドラマを見て思った。ちなみに、『地面師たち』では、ピエール瀧のエセ関西弁になじめず話になかなか入っていけなかった。関西弁が話せる役者を選べばいいのに。ドラマは面白かったけど。

昨日久しぶりにNetflixでドラマを見ようとしたら、「サブスク料金が値上がりしますが、続けますか?」というような告知がいきなり画面に表示された。値上げとともにすばらしいサービスを提供してくれるかのような文言だったので、ムカついた。最近、アメリカのサービスが値上げになると、「貿易戦争のせい?」と勘繰ってしまうが、どうやらアメリカでも値上げらしい。

Netflixで『阿修羅のごとく』のリメイクを見ようとしたけど、1話の途中で何だかなと思って脱落。小説は大好きだけど、なんだろうか、あの四姉妹のあてこすり的な言葉の応酬に疲れてしまった。

仕事で、ある作品のリーディングをした。興味深い話だったけど、私向きではなかった。リーディングをしながら関連書籍を検索していたら、面白そうな本がごろごろ出てきた。とりあえず図書館でお取り置き。図書館カードがオンラインで更新できるようになっていた。

Y日記35 – 2025年1月日本一時帰国

今年もY日記は続ける所存だけど、もっと日記らしく書こうと思う。

今回の一時帰国はリベンジだった。去年夏は東海道新幹線が数日間不通となったせいで東京どまりだったから。実家に無事行けたが、庭にある灯籠がピサの斜塔のように傾いていることに気づいた。地震でそうなったらしい。母親にこのことを伝えると、「あの灯籠の下に生える草を毎回決死の覚悟でむしっている」とのん気だった。自分では手入れができない木を短く切ってもらったせいなのか、木の数が減ったからなのか、灯籠だけでなく庭石もやたらと目立つ。友人が何億年もすれば全部土に還ると言うので、安心して放置することにした。

家族で京丹後をはじめて旅した。京都市内に10年近く暮らしたというのに丹後鉄道を利用したことがなかったから、すべてが物珍しかった。「丹後の海」というレトロ列車に揺られ、天橋立を横目に日本海側へ行き、カニづくし料理を堪能した。カニをがつがつ食べる姿は人に見られたくない。温泉宿であるからして温泉に入ったけれども、メガネを外すと何も見えない。温泉はそれほど好きではないのだ。

関西を後にして、東京へ戻った。定宿が遂にチェックイン用の機械を3台導入し、そこで日本のサラリーマンのおじさんが3人、揃いも揃って機械と悪戦苦闘し、ホテルの人が3人がかりで対応に追われていた。この光景を目の前にして恐怖と笑いがこみ上げてきた。隠居生活を楽しまれている人なら、私だって笑わない。企業で意思決定者の地位に就いていそうな方々だったからだ。

大阪と東京でBookpottersの仲間と集まった。今、本や翻訳の話をするのが楽しくて仕方ないのだ。同業以外の人と本の話をしようものなら、「最近、本を読んでいないから」と牽制されて終わりになるが、Bookpottersとなら、延々と本にまつわる話ができる。東京での集まりには豊﨑さんも来てくれて、面白く、ためになる話をいっぱい聞いた。そして、豊﨑さんのエッセイ『どうかしてました』にサインしてもらった。実はこの本を買うのは2冊目。実家でこれを読んでいたら、小4女子に奪われてしまった。小4女子はものすごい勢いでそれを読みだすと、「この人、すっごく変よね。これ、ちょうだい」と言った。犬ん子さんのファンなので表紙も気に入ったに違いないが、一体何がフックになったのだろう。最近の小学生は辛辣なので、豊﨑さんとの親和性が高いのかもしれない。

東京ではひたすら自分のしたいことをした。その1つが、ポッドキャストのシーズン4のフィナーレにゲスト出演してくれたジョルジョ・カンチェーミさんの実家がやっている青山のイタリアンレストランへ行くことだった。姉御にあらかじめ予約をしてもらい、引き合わせたいと思っていた人たちを引き合わせて食事をしていたら、ジョルジョも、そのお兄さんもお父さんも来てくれた。ポッドキャストでも話したけど、お兄さんはイタリアでプロ野球選手だったので、そっちのほうの楽しい話も聞かせてもらった。一緒に行った友だちとカンチェーミ家が実は割とつながっていることが発覚し、「世界は狭い」との思いを新たにした。

姪を出版デビューさせるべく、ふたりで営業活動をしてきた。姪は作りたいもののイメージを伝えるスクラップブックをちゃんと作ってきていたし、受け答えも上手で立派だった。私が思う「上手」は不必要に自分を盛らないでも、聞かれたことに対して端的に答えられる話術のことなんだけど、姪には、まわりくどいことを言って時間を無駄にしたりしない潔さと賢さがあると思った。完全なる「おばバカ」だな。さてどうなることか今後が楽しみ。

単独の営業活動もした。よく人に「行動力がある」と言われるけど、私の場合、佇んでいても、いつか誰かが気づいてくれる才能があるわけではないので、自分から動くしかない。

以前から一度会ってみたいと思っていた同業の方とも会うことができた。私なんかよりずっと経験があって売れているので私が言うのもなんだけど、会って話してみると、いろいろと考えや感性が似ていた。物静かで控えめだけど、殻を破りたいという意志があって気が合うと思った。将来的に一緒に何かをしたい。さすがに、初対面でそこまでは言えなかったけど。

歌舞伎町では、とても美味しい台湾料理を食べた。台湾に詳しい友人によれば、昔、歌舞伎町には台湾人コミュニティがあって、昔ながらの店をやっているところは今は減っているとのこと。そんな貴重なお店に連れて行ってもらえて感謝!

ようやく村上春樹ライブラリーに行けた! 思ったよりこじんまりしていたけど、山本容子版画展をやっていて、それがすごくよかった。文化服装学院の博物館での「動物柄の服」の展示もよかった。あと初詣してなかったから、小網神社と蛇窪神社にお参りしてきたけど、どっちもものすごい行列だった。おみくじは小吉で、後半にかけて運勢良さげ。

帰りの機内で、日本滞在中に思いついたことを書き留めて、あれこれ策を練ろうと思ったのに、となりに座っていたおじさんがパーソナルスペースという概念をあまり持ち合わせていない人だった。私のスマホやタブレットを覗き込み、挙げ句の果てには私の顔まで遠慮なく覗き込むので、ほとんど何もできなかった。客室乗務員さんに席を変えてほしいと何度言おうと思ったことか。別にセクハラをするわけでもないから微妙だなと11時間も悩み続けてしまった。ばかみたい。

謹賀新年2025

あけましておめでとうございます。

大晦日にロールキャベツを作りましたが、きれいに巻けなかったので、キャベツとハンバーグを煮込んだ料理と大差ないのではないかという出来でした。ロールキャベツを作ったのは、お正月も忙しいから作り置き……と思ったからなのですが、そのまま室温で放置してしまったため、元旦の今日、食べても大丈夫なのかどうか不安です。ネットで調べても意見は分かれている。忙しいのに食中毒にかかっては元も子もない。というわけで、結局半分を無駄にすることになりそう。まだこの時点で捨ててはいないですが、冷蔵庫にも入れていないので。

去年の振り返りと今年の抱負をば。

去年、刊行された訳書は、『対立・葛藤類語辞典 下巻』と『リベラリズムという妄想』の2冊。訳了したのは3冊で、今年出版されるはずです。そのうち1冊はもっと長く塩漬けになるかもしれませんが。

いちばんうれしかったことは同人誌の刊行です。完売したし、話題にもなったので大満足。今年は第2号を出す予定で、今回も執筆で参加する予定です。一日中、読むか書くかのどちらかなので、ピックルボールのパドルをぶんぶん振り回すことも忘れずにいきたいと思います。

書評講座と読書会も続けます。私が仕事として書評を書くことはないので、去年から、インスタで500字程度のプチ書評を書くことを自分に課しています。想定読者は友人と家族親戚。要約作業も執筆も一種の筋トレです。面倒なので別アカウントを作らず、そのまま他とごちゃ混ぜで投稿してます。これも続ける。

今年最大の目標は、フランクフルトとソウルの国際ブックフェアに行くこと。言語が英語なんだからロンドンのブックフェアに行きなよってかんじなのですがね。ロンドンも考えよう、3月に(遊びに)行こうと思っていたし。1年の間に3つ見るってのも面白いかも! それとも、ソウル→フランクフルト→ロンドンの順番で行くか。

去年、このウェブサイト経由で、ある版元から「こういうのを訳しませんか?」と打診がありました。まったく初めてのことです。その編集者さんは、私の訳書に目を通してくださって「この人ならこれを訳せる」と思って連絡をくれました。もっとこんなかんじで仕事が降ってこないだろうか。私の起用を考えている編集者さん、お気軽にご連絡ください。お待ちしてます。このウェブサイトを用意しておいてよかった。

目下翻訳中のこの本は、機械化とファストファッションに駆逐され、消えゆく洋裁技術を記録したもの。ものすごく複雑な作業工程を記してあるので訳すのは大変ですが、私にはとても興味深い内容。調べ物をしているだけでいつの間にか何時間も過ぎていく、という日々を過ごしています。版権の購入も紙代も高くなり、AI翻訳も精度を高めるなか、いろいろと厳しいことが言われる翻訳業界に身を置いているので、明日は我が身と思わなくもないですが、世の流れと逆行する「蛮族」として生きる道を模索していきたいものです。

……とここまで書いて、舞台芸術の分野で仏語と伊語の翻訳・通訳をされている平野暁人さんが note に書いた記事を読みました。分野と言語が違うので私の現状には当てはまらない点もあるものの、今のAIには決して持ち得ない筆力で書かれているところに心を揺さぶられました。多くの人に読まれているようで、さまざまな反応を読みつつ、考えさせられています。

今年も自分にやれることをやっていく所存です。

2025年もどうぞよろしくお願いいたします。

Y日記34

ブログのような場所で日記を書いている人がまた増えている気がする。「日記」という形式が流行っている。同業の人が書いていた短文をよく読んでいたけど、「うまい!」といつも思っていた。きっと翻訳もすごくうまいんだろうな。

来年からこのY日記をどうしよう。何か目指すもの(または目指したくないもの)があったほうがいいよねと思い、ブログでFIREした人の本をポチりそうになった。ポチりそうになったということは、やっぱりお金を稼ぎたいってことなのだろうか……? 

今後をつらつらと考えるのも年末だからだね。来年はどうしようか。私のビッグな目標は決まっている。ソウルとフランクフルトの国際ブックフェアに行くのだ。いろいろな人と話しているうちに俄然行く気になり、フランクフルトはとりあえずホテルを押さえた。2年くらい前に行ったから、中央駅から見て何がどこにあるのかはまだ覚えている。問題はソウル。1994年以来行ってない! 近頃、翻訳のこととなると暴走気味の自分をとめることはできない。今ピックルボールに狂い咲いているのと同じで、モメンタムってやつですな。

モメンタムといえば、先週、伊藤詩織さんのドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』を見に行った。たまたまSNSで見かけて検索したら、1日だけトロントで上映されることを知り、それが翌日だったので、思い切って行ったのだけど、あいにくの極寒日で、クリスマス前の週末とあり、見に来ている人はとても少なかった。

私は、伊藤詩織さんの事件を詳しく追っていなかった。いろいろな憶測や揶揄が飛び交い、私の身近にもアンチの人はいて、軽々しくふれる話題ではなかった。なにより私自身よくわからなかった。五ノ井さんの事件とはまた別のおどろおどろしさや、女同士でも意見が激しく分かれるところがあった。だから一人で見に行った。

『Black Box Diaries』は、日記の形をとって時系列で裁判で勝訴するまでの過程を伊藤さん側が記録していた音声と動画を並べて描かれていた。冒頭から、妹さんの「公に話さないで」と懇願する言葉と、伊藤さんの「私のストーリーを聞いてほしい」の訴えがぶつかる。とりあえず彼女の声に耳を傾けようと思った。彼女の話に引き込まれ、涙なしには見られない場面も多かった。

北米だと『She Said』が公開されて、ハーヴィー・ワインシュタインのセクハラの犠牲者の一人、アシュリー・ジャッド本人や、ニューヨークタイムズの女性記者たちは「勇気ある人」的な描かれ方をしていた。彼女たちは画面の中では泣き崩れたりしなかった。でも、『Black Box Diaries』の伊藤さんはそうじゃない。もっともっと脆い存在で、泣いたり、絶望したり、自分を無理やり奮い立たせている。このドキュメンタリーが世にいくら認められても、彼女は大丈夫でいられないんじゃないかと見ている私を不安にさせるくらいに。なんとか幸せになってほしいと画面越しに祈った。