読書会14 – ワインズバーグ、オハイオ

5月の読書会の課題書は、シャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ、オハイオ』でした。

みんなが新潮社版の上岡伸雄訳を読むようだったので、講談社文芸文庫のほうを読もうかと思ったのですが、海外在住者には入手が難しかった…… というわけで、私も新潮社版。

1919年刊行で、閉そく感たっぷりな田舎の町が舞台というのもあるとは思うのですが、ここに描かれている女性たちが気の毒というかなんというか……モノ扱いでした。もちろん、ここに登場する男性も全員不幸ではあるのですが。とにかく、男女の関係の描かれ方がワイルドウエストで、ついつい、この小説の中の女性たちに注目して読んでしまいました。

比較の対象がおかしいと言われそうですが、『赤毛のアン』は1908年に出ていて、同時代に、モンゴメリはせっせとアンとギルバートが愛を温めている様子を書いていました。『あしながおじさん』は1912年。あれは上流階級のお話ではありますが、あの中でも女性はそんなにひどくは書かれていなかった。狙っていた読者層が女性だったというのもありますし。で、日本では宮澤賢治が詩や童話を書いていました(最近『銀河鉄道の父』という映画を見たので……)。「だから、なんだ!?」と言われそうですが、まぁその、あの時代で、お金もなくて、地方にいて、労働者として人生を吸い取られるだけの人がたくさんいる町では、人々はいびつにならざるをえなかったんでしょうかね? どうやら、経済合理性が注目され始めた頃のようですし。

『ワインズバーグ、オハイオ』は、「いびつな」人ばかりが登場し、とりわけ男性のいびつぶりがすごいです。しかも男たちが「キレる」ときの臨界点に「は?」と驚くことが多かったのですが、アメリカでは今も現在進行形で、オハイオやミシガンに同じような人々がいるわけなので、「ひょっとして今もこんな感じ??」と空恐ろしい気持ちになりました。

『ワインズバーグ、オハイオ』というタイトルは映画『パリ、テキサス』を彷彿とさせますよね。あの映画の主人公も、『ワインズバーグ、オハイオ』に出てきそうな感じ。だけどだけど、『パリ、テキサス』は音楽で話の質が高められていました。『ワインズバーグ、オハイオ』にもかっちょいいプレイリストが必要!

読書会1 – あしながおじさん、影との戦い、飛び込み台の女王

4人だけで海外YA作品を日本語で読む読書会をしました。そもそもYAって何なのでしょうね。北米のチェーンの本屋さんに行くと、「YAコーナー」が必ずあって、すごくいっぱい本が並んでいるのと、表紙デザインでなんとなくわかるんですが…… そういう問題ではなくて、もっと根源的な問いなのですが。

今回は、『あしながおじさん』(どの版を読んでもいい)、『飛び込み台の女王』、『ゲド戦記1:影との戦い』の3冊。

少人数の読書会っていいですね。30人くらい集まる読書会だと、だまって聞いていることが多いし、安心して何でも話せるというわけにはいかないですから。

今回は、意外にも『あしながおじさん』について話し込んでしまいました。大人になってから読むと、こうも面白いものなのかと。源氏物語の若紫的な話に行くかと思いきや、最初から最後までジュディの書く手紙だけなので、「ジュディはどこまで確信的だったのか(今風に言うと、もっていたのか)」という一点に時間をかなり割いたような気がします。

『飛び込み台の女王』は、飛び込みという競技と、登場人物の父親の死がからんでいるのでダークなのですが、いい映画になりそうな話でした。ロシア系移民の家族が登場するのですが、そのお母さんが「馬には足が4本あるのに、それでもつまづくことがある」というロシアのことわざを何度も言うのです(笑)。

『影との戦い』は、いつまでも話せそうなほど、話したいことはあったのですが、『あしながおじさん』に熱弁を振るったせいで、燃料切れ。このあと、ゲド戦記2を読み進めようと思ったのですが、ル=グィンが80代のときに書いていたエッセイを今読んでいます。『影との戦い』を書いたときから、一徹しているところがあるな、と思いながら……

来月は、『わたしはイザベル』。岩波のスタンプブックスシリーズの装丁がとてもかわいく、紙版で集めたいけれど、やっぱり海外にいると電子書籍になってしまうのが残念。

最近、私が余暇にYA小説をよく読んでいるのには理由があります。小学校1年生の姪っ子がわりと本好きで、その子がどんなものを読むのかなと気になるからです。時々本(児童書)を送ると、「漢字がいっぱいすぎる」と言ったりします。そういう本は読めないらしいけど、ちょっと大人扱いされて、うれしいみたい。