俳優のアンドリュー・マッカーシーを覚えていますか。そう、あのブラット・パックのひとり。『プリティ・イン・ピンク』や『セント・エルモス・ファイアー』に出ていた、あの人。今はテレビドラマの監督をしていて、ここ数年は、『Brat: A 80’s Story』や『Walking with Sam』と本を出し、現在、ブラット・パックのドキュメンタリーの制作中なので、ちょこちょことメディアに出てきます。
アイドル俳優であることをやめてから、若いときに一度ひとりでスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラを歩き、壮大な自分探しをしているあいだに、トラベルライターにもなりました。「探していた自分がわからないまま中年になった風」の文章が「旅」とマッチしていてうまい。
コロナ禍のあいだ、「アンドリュー・マッカーシーの本って、意外とおもしろいよ」と人に勧められ、まず、アイドル俳優時代の自分について書いた『Brat: A 80’s Story』を読み、それから、愛息子と一緒にサンティアゴ・デ・コンポステーラを歩いた話『Walking with Sam』を読みました。
『Walking with Sam』は、散歩中にオーディオで聴くのをお勧めしたいです。モラトリアム真っ最中の20歳になる息子サムと巡礼の道を端から端まで歩く話で、当然、息子と父親の関係がその間にどんどんと変わっていきます。著名なパパを持ち、マンハッタンで余裕のある暮らしをしている息子というだけで、「おいおい!」と言いたくなるのですが、それはさておき。それに、ふたりは贅沢なホテルにとまったりせずに、とても庶民的な巡礼の旅をします。
『Brat: A 80’s Story』で、アンドリューは自分の父親に結構お金をむしり取られていたことを告白しているのですが、親子関係が最悪で、父親ってものがよくわからないまま、自分が父親になってしまい、自分の愛息子にどう接していいのか、全然わからないんです。むしろ、息子への愛はあふれんばかりなのですが。表向きは、人生で何がしたいのかわからないで遊んでるだけのように見える息子をどうにかしたくて、「一緒に歩こう」と誘うのですが、本当は自分がどうしたらいいのかわからないんですね。
父はスマホでSNSばっかしている息子を愚痴り、朝寝坊ばっかりする息子を叱りつけながら、一方の息子は口うるさい父親にうんざりしながら、長い長い道のりを一緒に歩き、心のわだかまりを互いにぼそ、ぼそ、と言いはじめる。その姿はなかなかよいものです。母親はニューヨークにいるままで、ほとんど登場しないのもGOODです。
父親って、自由業でないかぎり、2カ月も休みとって子どもと一緒に過ごせないですよね。一般の人にはありえない、この設定がいいなぁって。サンティアゴ・デ・コンポステーラは、結構富裕層が歩いていて、どうやら、景色の悪いところやおもしろくないところはタクシーですっとばすらしいですが、このふたりはずっとひたすら全部歩くのです。日本に置き換えるなら、父と息子がお遍路するみたいなものでしょうかね。
アンドリュー・マッカーシーが若くて可愛かった時代を知っている人には申し訳ないですが、彼はグルメではなく、味覚がお子様で、巡礼の旅をしているあいだ、ピザと牛乳ばっかり食べてます。
『Brat: A 80’s Story』もおすすめです。ブラット・パックの俳優たちや、80年代の青春映画を知ってたほうが、断然面白いですが。今、推し活されている人が多いと思いますが、「推される」ほうは実はこんなに深く悩んでいたんだね、と垣間見ることができるような話です。私は『プリティ・イン・ピンク』や、ジョン・ヒューズの青春映画が好きなので、楽しみました。大好きな映画『プリティ・イン・ピンク』のエンディングで、アンドリュー・マッカーシーの髪がおかしい、何かが変だ、と思っていた人(私)には、その答えが『Brat: A 80’s Story』に書いてあります。まじめな話としては、ブラット・パックというものが流行したのは10年くらいの短い期間なので、その時代の記録としても読めます。
