Y交換日記3

先日の日記で、さらちゃんに「あまごはおいしかった?」と尋ねたところ、次のような返事がきた。「キティちゃんを描いて」とリクエストしたことも、ちゃんと覚えてくれていた。ギザギザ線がさらちゃんの努力を物語っている。キティちゃんがクマとハグしてる構図も難易度高いし、「HELLOKITTY」と英語で書いてくれているのもチャンレンジ精神のあらわれだ。完全なオババカです。

さらちゃんとの交換日記は、互いに質問を投げる形式になりつつある。「すきなおやつはなあに?」の横に描かれているピンクの物体は、目が赤く、まつ毛が緑で、耳がふわふわの生き物かなんかだろうか?

……と思ったら違った。さらちゃんは「いちごのキャンディ」が好きであることを伝える暗号だった。返事を書く前に解読できてよかった……

アマゾンで買った色鉛筆がまだ届かないので、本物のクッキーを並べてごまかした。これは先月日本に帰ったときに、名古屋で買った「カフェタナカ」の大人仕様のクッキーなのだ。5歳児の味蕾には響かない味かもしれないが。いつかちびっこたちと一緒に「カフェタナカ」でアフタヌーンティーをしたい。早く、紅茶を味わえる年齢になってね。この間、11歳児とカフェでお茶をしたとき、11歳児はあんこ入りチーズケーキにオレンジジュースを合わせていた。砂糖 on 砂糖のお年頃なのだね。

3人のちびっこに交換日記のオファーを出したけど、一番小さいさらちゃんだけが毎日欠かさずに日記を書いてくれている。他の2人は様子見なのだろうかと思っていたら、送ってきた。というわけで、今後は3人の子どもを相手にスパーリングする。

Y交換日記2

先日の日記で、5歳児に好きな色をたずねたところ、このような返事が届いた。絵日記だ!

お絵描きが大好きなお年頃なんだね。上はマイメロとクロミなのはわかる。真ん中はウサギとネコ? 一番下は夜空にキラキラ星。星が1つ鼻血ブーになってるけど。ハートマークがいっぱいなのは私への心遣い!?!?

自然たっぷりな場所が近いから、さらちゃんはピンク&ヒラヒラ好きでも、あまごを川で釣って食べるというワイルドな生活も送っている。夜空もすっごくきれいに見えるしね。私も子どもの頃は、夏は夕飯のあと、庭にサマーベッドを広げて星を見るのが日課で、星はよく描いていた。

5歳のさらちゃんとは絵日記の交換日記にしようと思って、色鉛筆を注文した。

まだまだ交換日記は続くよ!

Y交換日記1

「冷やし中華はじめました」みたいなノリで、「交換日記はじめました」

Y日記は50回書いたし、夏の間は親戚のちびっこたちと交換日記をすることに。3人に声をかけてみたものの、7歳児には「きょうこちゃんて、しっかりしているの?」と資質を疑われているので、とりあえず2人と交換日記する。疑いが晴れたら、7歳児も参加してくれるかな。

自分で勝手にネットにつながることを禁じられている児童とやりとりするのって、ハードル高い! 親の協力で無事クリアしたけどね。

最近字がかけるようになったさらちゃん(5歳)から、早速こんな日記が届いた!

「カナダに美しい人などいるわけないだろ」と思っているように読めなくもない文面に一瞬どきっとしたものの、「カナダの美人さんって、どんな感じ?」と聞いているのだと解釈。おしゃれに目覚め、きれいなものやかわいいものに関心が向くお年頃。気になるところは、まずそこなんだね。

やっぱり5歳児とコミュニケーションをはかるには、色鉛筆を揃えておいたほうがいいね。買っとこう。

ちなみに、私がさらちゃんに送った写真はこちら。

ピックルボール仲間(写真掲載の許可はもらいました)。「姪っ子が『カナダの美人』を見たがっているから!」とカメラを向けたら、ばっちり決めポーズをしてくれた。このノリのよさが好きだ!

さらちゃんの反応は薄めだった(笑)

Y日記50

これは祖父が結婚した日の写真で、実家の奥の部屋で撮影された。祖父と祖母はラブリーかつポエムな関係であったらしく、互いに俳句を詠み合っていた。

この祖母は早くに亡くなり、私はこの写真ではじめて祖母の顔を知った。私の妹が生まれたとき、この祖母の生き写しだと祖父が言い、妹は祖母の幼名をもらった。というか、祖母は幼い時におトイレに落っこちて、縁起が悪いということで改名していたので、妹はトイレに落ちる前の名前をもらった。

祖父は起業家で、一番最初に興した会社は石鹸会社だった。今、姪っ子が石鹸を作って売っているのは偶然とは思えない。石鹸のあとは塗料製造の会社を興した。そのうち、親族の誰かが塗料製造の仕事を始めたりして。一人、車好きで、ほしい車(ランボルギーニ)を手に入れるためには「IT企業の社長になるしかない」と達観してる小学生が親戚にいるしね。

祖父は田舎から大学へ進学したので、最初の頃は、都会の学生が話している内容がよくわからなかったと言っていた。みんながゲーテを読んでると聞けば、「ゲーテ? ナンデスカ、ソレハ!」と図書館へ駆け込んで読み、アイスクリームがおいしいと聞けば、すぐに買いに走りと、知らないことだらけだった。「自分にはわからないことが世の中にはたくさんある」という驚きの中に身を置くことは大切だよと教えてくれたのは祖父だった。

私はといえば、この祖父のおかげで大学に進学した。語学で身を立てるように言われ、今、そのとおりになっている。私が通った大学は今年創立150年とあり、卒業生からの思い出を募っていたので、自分の進学の経緯を書いた。進学を阻もうとした父を世間に晒したので父には悪いけど、女子教育を阻む男たちに、いつかは娘に助けられる日が来るのだぞと忠告するつもりもあったし、かろうじて女子大ならと進学を許してもらえたことから、「女子大の存在意義」を考えたい気持ちもあったし、家族の中によき理解者がいた幸運に感謝しようと思ったのもある。

写真に話を戻し、仲人さんが誰なのかは聞いていないけど、奥さんの日本髪に時代を感じるなぁ。

Y日記49(日本&韓国)

韓国と日本から帰ってきたら忙しかった。ピックルボールをする暇はあった。もはや、これがないと私は何にも集中できない。スポーツしたあとは集中力が高まる。単に時間が足りなくなって集中せざるをえないだけかもしれないが。

ソウル国際ブックフェアについては、Bookpottersのニュースレターに書いたし、個人的なことを書いておこう。

ハイライトのひとつは、姉御とコンビを組んでいる映画監督と長々と話せたこと。今まで、姉御の家ですれちがいざまに少し言葉を交わす程度だったけど、経歴を聞いたら、まるでクオンのキムさんみたいだった。日本の大学に留学し、版権エージェンシーに勤めていたってところが。ソウルでは、クオンのキムさんにお目にかかることもできた。ご挨拶をして、私のパラパラ作品集をパラパラしてもらい、作品集は気にってもらえたかんじだった。

もうひとつのハイライトは、韓国のスターを追っかけている高校時代の同級生とソウルで落ち合ったこと。渡り蟹の醤油漬けが食べたかった私のために、ミシュランの星をもらっているレストランを予約してくれた。なのに、場所を間違えて大幅に遅刻した。江南店と聖水店があって、グーグル先生に聖水店へ案内されたからだった。ウーバーを呼んで江南まで走った。ソウルでウーバーが使えてよかった…… 「カカオしか使えません」なんて状況だったら、もっと遅刻していたはず。ウーバーのおかげで、渡り蟹の醤油漬けが食えた。小鉢類も全部おいしかった。

ご飯だけではさみしいから、「穴場」の、インドアゴルフ練習所の中にあるバーに連れて行ってもらった。飲み客は私たちだけ。他の人はシミュレーションゴルフをしていた。あれで上達するんだろうか。ソファーがふかふかで、トイレもゴージャスで、確かに穴場だった。

そのあと、ハングル文字が読めないと難関のバスに一緒に乗ってもらい、明洞のホテルまで送ってもらった。ロッテシティホテルの上階角部屋に泊まったので、朝の景色がきれいだった(他の日は東横インに宿泊してた)。テレビをつけたら韓国の地上放送のドラマをやっていて、全然言葉がわからないのに見入ってしまい、差し挟まれるコマーシャルすら面白く、観光する時間がなくなった。清渓川(チョンゲチョン)がすぐ近くを流れていたので、そこを散策するのが精一杯だった。仁川国際空港へ向かう。ソウルの街からは遠いよ、この空港! 今度は絶対金浦空港を使うぞ! 前回、私が韓国に来たのは1994年だったと思う。そのとき、仁川国際空港は開港していなかった。昨日、「イカゲーム」のシーズン2の第1話を見ていたら、仁川国際空港が出てきた。

日本滞在中も盛りだくさんだった。打ち合わせや挨拶もあったけど、友だちや、Bookpottersで集まった。上海料理に四川料理と連日中華! 同級生とおいしい蕎麦も食べた。生まれてはじめて某大手出版社の中に入った。「これが、あの……」と感慨深かった。東京は2日間しかいられなかったのが残念だった。飛行機のチケットを購入してから予定が埋まり、関空→新幹線で東京→成田からソウル→ソウルから名古屋→関空という動きになってしまったからだった。

帰国中に5回くらい人に話したけど、新幹線の5号車のトイレが故障していたため、途中駅に停まるたびに「大便器が故障しています」というアナウンスが流れた。「大便器」という言葉を聞いたのは久しぶりだった。的確な言葉ではあるものの、早朝の新幹線の中で朝ごはんを食べようと思っていた私は、新横浜までずっとこのアナウンスが続いたのでうんざりだった。

今回、たいへんラッキーなことに、行きも帰りもビジネスクラスにアップグレードしてもらえた! 行きなんて、座席番号が「1」。飛行機の一番前の席に座ったのは、生まれて初めてだった。