David Sedaris Book Tour

3月末、デイヴィッド・セダリスの朗読会に行きました。日記の朗読会で、数千人を集め、90分間笑わせるのはすごい。「朗読会」っていってますけど、デイヴィッド・セダリスの場合は漫談に近いです。

彼も65歳。彼と一緒に年を重ねたファンでいっぱいでした。チケットが80ドルするので、なんとなく興味がある人や学生にはハードルが高い。前回トロントに来たときは、本屋さんの無料イベントだったというのに。

聴衆の誰かが「カナダ人とアメリカ人の違いは何だと思うか?」と質問を投げました。その質問をすること自体が、カナダ人的だと思います。だって、アメリカ人はカナダ人との違いなんてどうでもいいと思っているはずだから。

「たぶん、カナダ人なら自動小銃を見つけたら、警察に届け出ると思う」

と、デイヴィッド・セダリスは答えていました。当たってると思って、笑いました。

私の座席のすぐ近くに、カナダではとても有名な女性弁護士がいました。いつも目立つファッションで身をかためているので、普段でもそうなのかと驚きました。最近自叙伝を出したと聞いたので、読んでみたら、これがなかなかよかったんですが、調べたら、ある種の人々に「キャンセル」されまくっていました。キャンセルされやすいタイプの人だからしょうがないのかもしれませんが、ちょっと残念です。

ポッドキャスト始めました

「きょうこりんと姉御のそんなんいえやん」ポッドキャストを始めました。きっかけは、クリスマスプレゼントにポッドキャスト用のマイクをもらったこと。「こういうのを渡しておけば、使うに違いない」と完全に性格を読まれてのプレゼントでした。ユーチューバーを目指すと思われたらしく、背景に使うムードライトのようなものまでもらいました。でも、さすがに顔出しは面倒くさい。

もともと滑舌が悪く、要領よく話せないので、一人でやってもなぁ、と思っていたら、一緒にやってくれる友だちが現れました。ふたりでやれば、おしゃべり感覚でできるし、ブログとは違ったことができますしね。

でも結局、音質をあげるために、ノイズキャンセレーションのマイク付きヘッドセットを買い、プレゼントしてもらったマイクは使いませんでした。ついでに、She-Kakuのイラスト担当の友だちにオリジナルロゴも作ってもらいました。いつまで続くかわからないのに、形だけはしっかり整えております……

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初回を録音するにあたり、脚本を用意したのですが、何度か練習撮りをしているうちに暴走し、脚本とは全然違うことをしゃべっています。

番組中に思い出せなかった、JRの特急の名前は「南紀」。

姉御が言っていた、内田康夫は伊勢志摩や南紀が舞台のミステリーを書いていました。また、同じく姉御が紹介していた「かわいい双子が紹介する三重弁の動画」も検索しました。

初回が終わり、「フリーダイヤル」と「ダイヤルフリー」と間違え続けたことと、自分の要領を得ない話し方に驚愕しています。昔から家族には「もっと要領よく話せ!」と叱られていましたが、一切改善されていません。

わたしはよく「誰もわたしの話を聞いてくれない」とふてくされていましたが、こんな話し方では、相手はしびれを切らすだろうと今ようやく気づきました。「人のせいにしていたけど、実は自分が悪かった」の典型です。

新しいことしてみる?

年末も年始も変わりなく、ひたすら仕事をしていましたが、同業者をはじめ、フリーランスをしている人はみな同じようでした。でも、お勤めをしている人はそうじゃない。私も会社員時代は、「長い休みがないと、やってられねぇ」と思っていました。ちなみに私は、アメリカの企業に勤めていたときはもちろん、日本の会社でお勤めしたときも、有休を全部取りつくしていました。「有休」それはサラリーマンだけが持つ特権です。

この間、大組織の中で働いている知人が、「定年が来たら、さっと身を引いて違うことがしたい」と言っていました。その気持ちがとてもよくわかる気がしました。ちなみに私の父はささっと仕事を辞め、ぶらぶらしていましたが、長生きしているせいで、もう「仕事を辞めてぶらぶらしている時間」のほうが長くなっているはず。私の祖父はその逆で、一生現役。体が自由に動かなくなるまで働いていました(自分で起業した会社だったので、誰もクビにできなかったのかも??)

まあ私も一生現役で行くでしょう。というか、自分で「これも仕事のうちだ」と思ってやっていることの多くは、他人にとっては遊びのようなものだから。遊びでない証拠(?)は、映画やドラマを観るにしても、読書にしても、メモをとりながらやってるってこと。いつもメモ用紙に書きこんでますが、すぐなくすので、書いたら文箱のようなものに入れてます。ところが、その文箱がパンパンになってきたので、スキャンしようと思って、スキャナーを買いましたが、スキャンしてる時間がないです。

この間までやっていた翻訳の仕事で、訳しながら図を描いていました。それがないと他の人も原文が何言ってるのかわからないと思ってスキャンしました。それが新しいスキャナーを使った初めての「メモ」でした。なんと、その図は訳書の中に使われるらしいです。すごくないですか? 私の理解が合っていたという証拠ですよ!?

さてさて、今年、何か新しいことをはじめるとしたら? と考えていたのですが、クリスマスプレゼントにポッドキャスター用のマイクをもらったことですし、ポッドキャストしてみよっかな。ユーチューブライブに出たとき、意外に楽しかったし、見てくれた人も面白かったって言ってくれたし。

もちろん、去年はじめたことも続けますよ。著作権切れの作品の翻訳とか、書評講座とか、その他諸々……

できるかなぁ、滑舌が悪くて、要領よくしゃべることができないのに。よくわからないでいたら、「わたしがプロデュースしちゃる!」という猛者が現れました。とりあえず、5回くらいやってみようかな。目標設定はいつも低め、が信条の私です。

でも、もともとブロガーだった人が音声&映像に乗り出した結果、「ブログのほうが隙間時間に読めてよかったのに!!」と思うことは多々あるので、続かないかもしれません。スキャナーと同じで、このプロ用マイクもインテリアと化す可能性は高いです。

謹賀新年

大晦日、京都にある仏教一派の総本山からの除夜の鐘ライブをBGMにしていました。クリスマスのごたごたから解放され、心が洗われました。雪がちらついて寒そうだったので、画面越しに見るほうが楽だし。トロントはなぜか暖かく、雪も積もっていなかったし、大変に霧深い夜で、花火が全然見えませんでした。

新年、我々はシャンパンで乾杯し、ベランダに出て、他のビルの住人たちとベランダ越しに「ハッピー・ニュー・イヤー!」と叫び合いました。すると誰かが「オミクロン・フォー・ユー!」と叫び、それをきっかけに、あちこちから「オミクロ~ン!」と狼のように連呼が始まりました。みんな、頭がどうかしちゃったのでしょう。私たちも雄叫びに参加しました。

さて昨年、瀬戸内寂聴が亡くなり、なんとなく瀬戸内晴美時代の小説が読みたいなと思って『女優』を買いました。1978年初版。文庫本のフォントサイズがめちゃくちゃ小さい。ペラペラとページをめくっていたら、婚活カードが出てきました。平成2年。

こんな個人情報をはがきに記入して投函し、さらに、これをデータ入力する人がいたというわけですよね。

隔世の感を禁じえません……

今年やりたいことは、日本に里帰りして、注文してあったおしゃれウィッグを引き取りに行くことです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2021年も終わり……

今年も近辺以外はどこにも行けなかった。楽しみにしていたニューヨーク行きも危ぶまれている。

2021年は盛りだくさんだったけど、すべてが仕事がらみだったような気がしてならないのが、残念といえば残念。すごくよかったことは多くの同業者とつながれて、親しくなったこと。

1)YAの勉強会に入れてもらった。自分はYAが結構好きなんだということに気づいた。

2)セルフパブリッシング講座をとった。出版社を作るつもりはないけれど、出版業界のいろんなことを学んだ。すごい情報量だったので、自分に関係ないところは忘れてしまうかもしれない。いろんなことを知らなさすぎて、バカ丸出しで講座を受けたけれど、講師に手取り足取りでいろんなことを教えてもらった。

3)翻訳者向け書評講座をやった。こちらは、講座直後に炎上事件が起きたので、いろんな意味で心に深く刻まれた。この機会に同業者たちと親しくなれたのもうれしかった。書評というものは何なのかを深く考えさせられた講座だった。受講者の間で盛り上がって、有志が書き直したものをここに載せてる。

4)クラブハウスで同業者と頻繁に話した。私はそれまで一匹狼的にひとりで黙々と仕事をしていたので、他の翻訳者とこれほど密に情報交換ができたのは、本当にありがたかった。毎回情報交換をしているわけではなく、無駄話をすることも多いけど、それも楽しい。

5)同人誌『クリスマスの伝言』を作って出した。イラストレーターの友人にはこれがきっかけで仕事が舞い込んだが、私には…… 来年に期待しよう。同人誌やクラファンという形態で翻訳物を出版している人々に直接体験談を聞けたのはとてもラッキーだった。どの形で出版物を出すにしても、それぞれに違った苦労と喜びがつきもの。同人誌は「著作権切れ作品」を掘り出す作業が意外と楽しい。

6)本は4冊訳したと思う(まだ刊行されていないものもある)。

7)カナダを伝える会を発足させたけど……(目的が明確でないよね。反省)

8)ユーチューブライブに初めてゲスト出演した。恥ずかしかったけど、始まってみれば楽しかった。誘われればまたやってみたい。3人で鼎談がいいなぁ。翻訳について、ためにはならないけど面白い小話(または裏話)をいっぱい集めた披露会とか。

9)友だちとゆるく続けている句会が、リアルには集まれなくなって早や2年。記念に『パンデミッ句』という句集をみんなで作った。

10)デジタルピアノでけっこう遊んだ。しかし一向にうまくはならない。

11)配信を見まくった。そのせいなのか、あんなに大好きだった映画館へ行くのが億劫になった。1回しか映画館に行かなかった(非常に楽しかったけれども)。白黒映画同好会の人々とも2年以上会ってない。みんな大丈夫かしら?と心配になることも時々あるけれど、後期高齢者や健康に問題を抱えている人が多かったので、怖くて連絡できない。白黒映画は後期高齢者と見に行くと楽しいんです。当時のことを昨日のように話してくれるから。

12)今年も、編み物も刺繍もほとんどできなかった。以前、どうやって編み物の時間を捻出していたのだろう?と考えて、ふと思い当たった。今年は配信をメモをとりながら見ていたせいで、お手々が忙しかったのだった!

13)カリフォルニア州からカナダに持ってきた赤いプリウスにさよならした。思い出深い車だった。ディーラーで買った、その足でNHLの試合を見に行った。ディーラーのおじさんが「新車をいきなりかっとばしたら、あかん! 時速60マイル!」と注意する声を背中で聞きながら、時速80マイルで走った。ギリギリ試合に間に合った。オバマの大統領就任演説を聞いたのも、あの赤いプリウスの中だった。初の黒人の大統領ということよりも、あの若さに感動して、車のなかでうるうるとしたのを思い出す。プリウスを売った中古車屋のお兄さんに「これ、どこへ売るんですか?」と訊いたら、「外国」と言っていた。次は、暖かい国に行ってもらいたい気がした。

14)『白鯨』を読み通したのをきっかけに、鯨好きになった。

15)去年よりツイッターを使うことが増えたけど、それは良し悪し両方あるな。

クリスマスはゆっくりしたけど、年末年始は仕事。暖かくなったら、どこかにパァっと行けるようにしたい。

来年は、そーねー、持ち込みを成功させてみたい。今年はそのやり方をいろいろ学んだ一年だったので、それを活かして。