日本滞在(飲み屋編)

A bar deep in Shinbashi

1)とある雑居ビルにあった、結果的には複雑な思いをしたバー
友だちに連れてってもらった。お通しがちょっと珍しかったので、感動の味でもないのに、「わあ、珍しい! お酒に合うわ!」などと社交辞令で褒めたのが悪かった。このバーテンは「物販もやりたいんですよね、物販も」(お通しに出したものを物販したい)と長々と話しはじめた。我々は客であるからして、「このお味どうでしょう?」とか「これ売れますかね?」など、やんわりとフィードバックを求めてほしかったのだが、夢語りを聞かされたうえ、さらに食事まで食べさせられ、ちょっと居心地の悪い思いをした。あの押しの強さは、世の中に数多く存在する「俺の」系のビジネスを目指しているのかもしれない。

2)食事がおいしいと評判の高飛車な居酒屋
これも友だちに連れてってもらった。人気があり、ルールをいろいろと科してくるので予約を入れるのが困難だったとのこと。久々の再会を喜んでいるのっけから、「終わりの時間は変わりませんからね」といきなり釘を刺された。人気店なので、2時間しか居られないという制約があるのだそうな。結局、コロナ騒ぎであとの客が来ず、長居はできた。食事はおいしかったけど高飛車だったので、飲み直したい気分に……

3)高飛車な居酒屋からの居心地のいいバー
先ほどの居酒屋とはうってかわって、ゆっくりできてざっくばらんな店へGO。マスターもざっくばらん。アレ? 私の目の前に、マトリョーシカのようなものがふたつ並んでいるではないか。「あ! こんなところにマトリョーシカがある!」と思わず叫んでしまった。「それはマトリョーシカではない」と周囲の人々に言われたが、どっから見てもそれにしか見えない。「じゃあ、マラカスかな?」と言うと、「マラカスかもな。振ってみな!」と言われたので、振ってみたがカラカラ鳴らなかった。「ソルト&ペッパーかな?」などなど、いつまでたってもその正体がわからない私を気の毒に思ったのか、マスターが「それはテンガと言って、男性用の大人のおもちゃですよ」と教えてくれた。あー、いやだいやだ。触ったり、振り回してしまった。

4)植毛手術や部分かつらで盛り上がる中年
今回、私は部分かつらをオーダーメイドした。姉と一緒にちょっとどんなものがあるのかを下調べするだけ……のはずだったのだが、いつのまにか注文してしまっていた。「もう少し予算を上げると、オーダーメイドできますよ」の口車に乗ってしまったのだ。「ビリー・アイリッシュみたいな部分かつらも作れるの?」と尋ねると、奥から、いろんな色の人工毛が出てくる出てくる! 地毛に合わせた色が無数にあるのはもちろん、ハイライトを入れるためのピンク、ブルー、グリーン、パープルとすごい色数がある上に、つやあり/つや消しというチョイスも加わって、選択肢が一気に二倍。その上、形状記憶する毛も混ぜられるだの、頭皮の色も選べるだの…… もうこれは、聞きたいことや見せてほしいものが山のように出てきてしまった。結局、昼食をはさんでフォンテーヌに3時間以上居座った。感覚としては帽子をオーダーメイドするようなもの。ちなみに、ピンクのハイライト入りを注文。ああ、早く完成品を被りたい。

この話をお酒の席で同年の人(男)に話すと、実は俺も…… と植毛技術について事細かに話してくれた。もうすぐ植毛手術を受けるらしい。年相応の話題ってもんがあるなと、ポジティブな気持ちになれた。

日本滞在(歌舞伎編)

Tamasaburo

そもそも2月末に突如日本に行くことにしたのは、坂東玉三郎を見るためだった。二月大歌舞伎の千穐楽に間に合うように飛行機に乗り、昼と夜、合わせて8時間、歌舞伎を見た。13時間のフライトの後の8時間はキツイ。休憩時間は血流をよくするため、歌舞伎座内を歩き回った。昼もなかなかの座席だったが、夜の部は中央前から3列目。間近で玉三郎の「羽衣」の舞を見た(相手は勘九郎)。年は取っても美しい。大変貴重なものを見ている気がした。「羽衣」のようなお話は、男役さえぴちぴちに若ければ、女役は少々お年を召していても成り立つ。それはそれで妖艶だ。

舞は言葉がわからなくても楽しめる。海外でも玉三郎の知名度が高いせいなのか、外国人観客多し。彼らの様子も気になり、ちらちらと見ていたが、やっぱり「舞」のない歌舞伎になると舟を漕いでいた。

本当なら満席に近いはずなのに、コロナ騒ぎで半分くらいしか観客席は埋まっていない。おひとり様で見ていたので、隣のおひとり様に声をかけてみた。結果的に、話に花が咲き、最近読んだ玉三郎についての本に、「玉三郎はあまりにも若い役はもう似合わないから封印しているって書いてありました」と言うと、「ええー!? この間、白雪姫の役を演じてましたよ!」と…… ま、あの本は2010年刊行だからな。

お隣さんは、「3月も日本にいるなら、明治座のXXXを是非見てほしい」とおすすめまでしてくれた。日本に住んでいるならこの人と観劇したい!とすら思った。おすすめ情報のお礼にと、三越デパートでもらったマスクを2枚差し出すと、「いいんですかっ!? マスクは今の日本では、貴重かつ希少なアイテムなんですよ!」と劇場に響き渡るような声で返事が返ってきたが、受け取ってもらえた。

3月は明治座、あるいは京都の南座へと私の野心は膨らんだが、それはつかの間のこと。ありとあらゆる劇場が閉鎖になってしまった。しかし、二月歌舞伎の千穐楽に間に合っただけでもラッキーだった。

観劇の後、ひとりで遅い夕飯を食べることになり、前から一度やってみたかった、「誰にも口を挟まれることなく、好きなだけ好きなようにお寿司を食べる」のをすしざんまいで決行。ま、あの価格帯ならできることだといえよう。少しお酒も飲んだし、おさしみも食べたが、一人で8000円分食べた。最後にすし職人に向かって「今日食べた中でベスト5を食べてからお勘定をする」と宣言すると、少し驚いたようだった(もちろん何も言わない)。あとで、友人たちにこの話をしたら、「すしざんまいでその金額とは、相当食ったんだろう」と驚かれたが、なかには、「いい話だ」と言ってくれる人もいた。

日本滞在(姪っ子成長編)

Dolls in Otsukaya wrapping paper

5歳児の姪っ子は、コロナウィルスのことを「コロコロウィルス」と言い、アナ雪2の主題歌のサビ「未知の旅へェ~」を「虹の谷へェ~」と歌う。平仮名とカタカナが読めるようになっていたので、毎日、「お手紙」を書いては私に呉れていた。時々返事を強要され、どんな文章を書こうかなと真っ白な画用紙を前に悩んでいると、「わたしはねぇ、『XXちゃんだいすき、おつかれ、ありがとう』ってだいたい書くことにしているよ!」と助言までしてくれた。

毎日5歳児が大好きなユーチューブを見せられていたが、人気のものはよく考えて作られている。子どもがユーチューバーになりたがるのもうなずける。人形の洋服をそこらへんにある素材で作るという遊びもユーチューブで学んだらしい。

幼稚園が休園になってからは、2度、公園に連れていった。ほかの子どもたちとどのように遊ぶのかよくわからなかったので、「ほかの子たちと遊んでおいで」と放牧してみた。姪っ子はめぼしい子たちに「あ~そ~ぼ!」と、誰かが反応してくれるまで何度も声をかけていた。粘っていると、お姉ちゃんあるいはお兄ちゃんキャラの子どもが反応してくれるらしい。その強靭な精神力に感心。

そうこうするうちに、どこかの小学生低学年の女の子が私のところにやってきて、「XXちゃん(姪っ子のこと)のお母さんに似ているけど、ひょっとしておばあちゃん?」と言ってきた。

毛染めや化粧でどんなにごまかそうとしても、小学生は見抜いているのだ。「おばあちゃんじゃないよ。お・ば・さん! わかった!?」と真実を伝えると、「ええ~!?」と女児は去っていった。

Portrait of a Lady on Fire

白黒映画の仲間から、きれいに掃除した部屋の写真が突如送られてきて、何だろう? と思っていたら、「さみしいから遊びに来て!」と連絡がきた。「じゃ、お茶だけでも」と出掛けたら、映画も一緒に見ることになった。

「上映時間がちょうどいい」という理由だけで見に行ったのだが、結果的に私たちは爆睡してしまった。最後の10分は面白かったが、その時点ではもはや「はよ、終われ!」という気持ちになっていたので、何でも受け入れる気持ちになっていた。不眠症に悩まされているときはかなりの確率で眠れると思う。

寝たとはいえ、奇跡的に私はこの映画のタイトルにもなっている「女が燃えているシーン」は見届けていた。ところが仲間はいびきをかいて寝ており、「なんでLady on Fireってタイトルなのかしら」とあとで不思議がっていた。

仲間は高齢者なので体のあちこちにガタが来ており、映画館からブロア駅までの地下道で休憩しながらゆっくり歩いていたら、家に着いたのは午前1時を過ぎていた。ベイからブロア駅までのあの地下道に軽く1時間はいたのではないか。

映画とは関係ないけど、昔、京都に住んでいたときの知り合いが、かぎ針で変わったアクセサリーを作っていることを知った。彼女は昔からそういうものを作っていたけど(だから知り合ったのだけど)、その頃はまだ「アクセサリー」ではなく、小さな編みぐるみの宇宙人のようなものだった。

http://www.iog.co.jp/tokusyu/yamada2014/01.html

インスタも見つけた。メガネがないない、と言いながら作っているみたい。
https://www.instagram.com/sakikoshantian/

嗚呼! 私には今何かを作る時間がない。

玉三郎と三島由紀夫

Tamasaburo

六代目歌右衛門と坂東玉三郎の対立関係が主軸になっているけど、このふたりは世代が違うので、背景の情報量が多い。これを読んでから玉三郎を見ようなんて思っていると、なかなか本物を見に行けないくらいの情報量。坂東玉三郎についての本なのに、そこに話がいきつくまでがとても長い。生まれた「家」が重要な歌舞伎の世界だから、そこを説明しないと玉三郎の活躍がどんなに「奇跡的」なことかがわからないので仕方ないが、三島由紀夫についてもいろいろと知ってしまう。なのに、女形の頂点に立ってからの坂東玉三郎については、この一冊では書ききれないらしく、1960年代から1990年代ぐらいまでで終わっている。しかも、玉三郎本人は六代目歌右衛門との対立はなかった発言を繰り返しているので、この本は「あれを実際に見た人々は証言を残してほしい」という結びになっている。

…とディスっているように聞こえるけど、私の歌舞伎熱が続く限りは手元に置いておきたい本だった。

この本によると、歌舞伎が好きだった三島由紀夫にも、「もう歌舞伎は面白くない」とそっぽを向きかけた時期があり、それをグイっと引き戻したのが玉三郎の美貌だったらしい。そんな玉三郎も、もう若くはない。あまりにも若い役柄の演目は、封印しているというか、今はもう演じないらしい。そんなことを言われると見たくなる。「見たい、見たい」と思っていたら、二月大歌舞伎に出ていた!! それなら日本に坂東玉三郎を見に行こう!

去年11月、飴がないと仕事を頑張れない私は「今の仕事が終わったらカリブ海だ!」とクルーズ旅行を予約する気満々でいた。クルーズの行先に種類が多すぎて悩んでいる間に、コロナウィルスが蔓延しだした。今クルーズ船に乗ってなくて本当によかった…… これも玉三郎のおかげ?