去年の『トラウマ類語辞典』に引き続き、『感情類語辞典』(増補改訂版)を翻訳しました。このシリーズ大好き! 楽しく仕事ができるのはうれしいことです。『トラウマ類語辞典』とは違い、『感情類語辞典』は感情の表現方法をいろいろと紹介しています。人は感情とは裏腹な行動や仕草をしてしまいます。ところがその本心は案外第三者にはバレているものです。本人はバレていないと思っているのに、です。そんなややこしい感情を文章で表現するのは…… とても難しい。
たとえば、こんな親子の会話。
親:さっさと宿題しなさい。お兄ちゃんにはいちいちこんなことを言わずに済んだのに。
親はイライラし、兄と弟を比較している。無意識に比較しているのかもしれない。あるいは兄を贔屓していることを自覚しているかもしれない。ここは、親の性格や親子関係を描き出すチャンス。親の感情、あるいは弟、またはその場にいるかもしれない兄の感情をうかがい知る言動を描こうではないか。
でもどうやって? 続きは本を買って読んでくださいね。
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エズラ・ヴォーゲルの日中関係史
下訳を担当したので、紹介したいと思います。「東アジアの今を理解するために、その1500年の歴史を振り返りたかった」というエズラ・ヴォーゲル氏が書き上げたのがこの1冊です。では、東アジアで生まれ代々暮らしている私たちは、そこに住んでいるだけで東アジアのことを理解できているのでしょうか。そこはやはり勉強が必要で、それがこの本の「売り」なのだと思います。しかし、なんといっても1500年に亘る長い日中関係史、まずは興味をそそる時代のページを開いて読むのがいいと思います。
私は門外漢なので、ここからは翻訳こぼれ話でお茶を濁すことにします。
私が担当したのは近代の部分。翻訳作業中はイタコ状態になるほど、翻訳している本の内容のことばかり考え、脳内が完全に日中モードになりました。
鄧小平の前後の中国の指導者たちのことをネットで検索していたら、いつのまにか山崎豊子の『大地の子』にたどり着いていました。仕事が終わると、夜な夜な、あのドラマを見たり、原作を読んだりしていたのです。
当時は世界最先端の鉄鋼技術を誇っていた日本、重工業で巻き返しをはかりたい中国、そんな時代に自分も生きているような気がしてきました。そして「翻訳」という仕事柄、気がつけば、2つの国の間に立つ『大地の子』の主人公の陸一心(上川隆也)に心の底から共感し、彼が日本語と中国語の堪能さのせいで味わう苦しみや達成感に、「わかる!!」と涙を流していたのです。
日本と中国、この2つの大きな円のどこかに自分がいる…… そう考えてみてください。あなたは円のど真ん中にいるでしょうか。それとも端のほうでしょうか。端のほうでも2つの円が重なっているところでしょうか。
そして、時間軸でも考えてみましょう。自分、自分の先祖、親の世代、子どもの世代…… 私たちの人生は、寿命が長くなってきたとはいえ、所詮90年ぐらい。でも、私たちは先代が築いた時代を引き継いで、先代の功績も負の遺産も背負って生きています。そして、私たちもまた同じように次世代にバトンタッチしていきます。
長い長い日中の歴史研究に人生を捧げてきた学者が、その綺羅星のような人脈を生かして研究した成果を是非一度読んでみてください。
WOKE
サンフランシスコに行っているときに、エア・カナダが機内放送で「Ladies and Gentlemen」と呼びかけるのはやめて「everyone」と呼びかけることにしたと発表した。変更の動機は、性同一性障害の人などへの理解を示すためなのだけど、「everyone」のほうが短いから楽でいいじゃないの?と思っていた。
先日、銀行の窓口で、行員のおばさんが私を接客しているときに、別の誰かに「Excuse me, Ma’am?」と声をかけた。その行員が「おっとっと!『Ma’am』って使っちゃいけなかったんだわ! 今日そういうトレーニングを受けてきたばっかりなのに」と私にこそっと言うので、「なんで?」と聞いてみた。「明らかに女性に見えても、その人が女性であることに違和感をもって生きているかもしれないから、勝手にこちらが決めつけてはいけないの」と言う。
そうなのか、もうそういうところまで来ているのか、と複雑な気持ちになり、「複雑だよね」と返事した。失礼にならないようにわざわざ「Ma’am」と言っているのに、「そこの赤い服を着たアジア人の中年!」と言うほうがポリティカリー・コレクトなのだから。she/heを曖昧にできない英文法の悲劇だ。
今度は、11月初め、オバマがミレニアム世代に向け、「SNSで人の過ちをあげつらうだけというのは『活動』とは言わない」と発言した。世の中というものはぐちゃぐちゃしていて、矛盾の避けられない場所なのだというようなことも言いたかったのだと思うが、翌日には「オバマも古い」と批判されていた。
SNSを駆使する若い世代で、意識が高く(?)SNSに投稿して世の中に批判の声を上げる行為だとか、その批判を意識して「ちゃんと」作られた作品などを「woke」という。で、そういう批判に晒された人々がキャリアを失うほどまでに追い詰められることもある。そういう風潮をキャンセル・カルチャーという。#metooで著名男性が失墜するのがその好例。そうかと思えば、同じ#metooでも、『Master of None』のアジズ・アンサリが、「それはどうなんだろう、それぐらいは普通のデートの域ではないのか?」的な行為でバッシングされ、いっときキャリアを失いかけたりもする。行き過ぎるキャンセル・カルチャーをオバマは批判したのだと思うし、「ネット弁慶で終わるなよ」とも言いたかったのかも。
「ネット弁慶」で私が個人的に一番イヤなのは「英語警察」。日本で誰かが英語を誤用した疑いがかけられると、「そんなにみんな英語に精通しているの?」というぐらいに英語警察官がニンニンと増える。私は英語で食べているけど、今でも take、make、get、have などのとても簡単そうな単語に頭を悩ましている。
ちなみにオバマも昔、口がすべって「アメリカ57州を訪ねたことがある」と言ったことがあり、ネットで突かれていた。
Where War Ends
ハロウィーンが終わると私の住んでいるカナダでは、赤いポピーのバッジを胸にあしらう人が増えてきます。第一次世界大戦が停戦になった11月11日が「リメンバランス・デー」という戦没者記念日なのです。アメリカでは「ベテランズ・デー」と呼ばれています。アメリカもカナダも、第一次世界大戦どころか、現在進行形で様々な紛争に派兵しているので身近な記念日なのです。
最近仕事で『Where War Ends』という本を読み、そのドキュメンタリーも見ました。アメリカのブッシュ政権時代に始まったイラク戦争で直接戦闘に関わった兵士の、退役後の心の苦しみを描いたものです。
兵士たちは退役後PTSDなどに悩まされ、アルコールやドラッグに依存して定職に就くこともままならず、ホームレスになったり自殺したりします。戦闘で亡くなれば「名誉の戦死」ですが、退役後に精神的な苦しみから自殺するとそうはならない。兵士が退役して社会復帰するときに抱える問題を兵士個人に押しつけるのではなく、軍を海外派兵すると決めた社会の問題として考えませんか? と訴える内容です。裏返して言うと、同じ国民の間でも、戦争に行った人と戦争に行っていない人の距離が開きすぎているのです。
本の英語は読みやすいですが、アメリカ軍のことがわかっていないとわかりにくい言葉が出てきます。ドキュメンタリーは『Almost Sunrise』というタイトルで、アマゾンプライムで見ることができます。そう長くはないのでお勧めです。
危機と人類
この度、日本でも人気のジャレド・ダイアモンドの『危機と人類』(原題『Upheaval』)が刊行されました。下訳で協力させていただいたので、紹介したいと思います。
私が最初に手にしたダイアモンド氏の著作は2005年刊行の『文明崩壊』。当時アメリカにいたので英語で読みました。翌年にはアル・ゴアのドキュメンタリー映画『不都合な真実』も公開され、当時は地球温暖化って何? と気になる人が一気に増えた頃でした。当時のアメリカでは、ブッシュ政権が地球温暖化が起きているとは検証されていないという見解を取っていたのもあって政治化したので、『文明崩壊』が多くの人に読まれたのかもしれません。歴史上、文明が崩壊した原因として、過剰な環境破壊や地球温暖化といった大きな問題を俯瞰できるように語りかけるダイアモンド氏に、尊敬の念を抱いた人も多いのではないでしょうか。
今回の新刊のテーマは政治です。そして今回も「混沌とした現在」からまず離れ、7つの国の政治の歴史を比較しながら、各国がどのように政治的危機を乗り越えてきたのかを分析します。日本もその7カ国の中に含まれています。ただ、今回は個人の心理セラピーを国家に当てはめて分析しているので、そのアプローチに違和感を感じる人も多いかもしれません。日本近代史に詳しい人なら、こういうケーススタディには重箱の隅をつつきたくなるかもしれません。
本書はビル・ゲイツのお勧め本ですが、ニューヨーク・タイムズの書評は辛辣でした。「今は、一部の限られた白人男性だけが世の中を俯瞰する時代ではない。歴史は多面的で、さまざまな視点から見たストーリーを知ることができる時代なのだから」というような論調でした。この批評にも一理あると思いますが、著者は批判を覚悟の上で書かれたのでしょう。本書の心理セラピーのアプローチが功を奏するとしたら、自分の国を俯瞰できるようになる、ということではないでしょうか。まえがきに、ダイアモンド氏の目的は読者を俯瞰させることで、ここからさらに掘り下げて研究する人たちが現れることに期待していると書いてあります。
