今月のブッククラブのお題は『Scarborough』
Scarboroughは「スカーボロー」と読み、トロントの東端にある地区の名前。その中の貧しい地域にあるシェルターとコミュニティーセンターで子どもとその親たちが生活している。彼らは福祉の世話になっているという共通点だけでつながっていて、バックグラウンドはフィリピンやパキスタンからの移民、白人、先住民族と多種多様。いわゆる「移民文学」ではなく、カナダの富裕層がひしめく大都会トロントからは忘れられた人々に光をあてている。
著者はキャサリン・ヘルナンデス。肌の色は浅黒く、LGBTQで言うと「Q」に属す人。ストリートで使われる英語で書かれた、歯切れがよくてパンチのきいた文章は読みやすい。私は時々ライティングコーチに指導してもらっているが、そのコーチもキャサリン・ヘルナンデスと似たバックグラウンドを持っていて、「L」に属す人。実は二人は知り合いで、どちらも生まれてこの方「マジョリティ」に属したことなど一度もない人たちなのである。
『Scarborough』は2017年の刊行後、トロント市、オンタリオ州の文学賞候補になっている。地元ではわりと話題の1冊なのだ。ブッククラブの今月の参加者はあまりにも多く、2グループに分かれての話し合いになった。
それでは、どんなことを話し合ったのか。
- 子どもの視点で書かれている
どの章も長めのブログの程度だし、各章の語り部が子どもたちになっている。どの家庭も実は大人は悲惨なのだが、「悲惨な状況」は子どもを通じて間接的に伝わってくる。救いようのない話も、子どもがひょっとしたら今の境遇から抜け出せるのではないか、と期待しながら読める。逆に言うと、大人たちの身の上に何が起きたのかは中途半端にしか知ることができないので、想像するしかない。
- トロントの教育委員会とコミュニティーセンターの職員のメールのやり取りどう思う?
中央と現場の対立が、さもありなん、という感じで描き出されていて、すごく効果的だった。
- スカーボローに行ったことがない
ブッククラブ参加者は基本みんなダウンタウンに住んでいる。そう遠くはないけれど、ダウンタウンからはスカーボローには用がなければ行かない。それでも、スカーボローってこんな感じだよね、と伝わってくる。著者がスカーボロー出身だから。
が、登場人物の中に、自分を重ねられる人物はいるか、との質問には、全員が「ノー」と答えていた。地理的に離れているだけではなくて、余暇に読書できる環境が持ててブッククラブにまで来る人たちから見ると「遠い別世界」なのだと思う。
- タガログ語が容赦なく出てくるけど、どう思う?
英語とタガログを混ぜながら話しているところにフィリピンからの移民らしさが出ている。馴染みのない外国語や外国の文化をいちいち説明しないのも「これが移民ってもんだ」という感じが出ていていい、との意見が多かった。
- 最後の章をどう思う?
意見が真っ二つに分かれ、半数以上が混乱したとか、納得しなかったとか言っていた。「死後の世界の存在」を許容できるかできないか、そんな価値観も関係しているのかも。私は肯定派。今後この本を読んでみたい人のために、これ以上は言わないでおきます。
- この本を人に勧める?
お勧めすると言っている人がほとんどだった。ただ、ガチガチの自己責任論者には読んでも響かないのでは…… あとトロントに来て間もない日本人が読むと、スカーボローに対して恐怖心を植え付けられてしまいそう。たとえば、パリに憧れる人がパリについて書かれた本を読んでみたいと思ったとき、まずは「美しいパリ」を想起させる本を選ぶと思う。パリ在住歴が長く、パリにも貧困地区があることをよく知っている人なら、もっと違う本を読むはず。『Scarborough』もそれと同じ。トロント在住歴が長い人にお勧めしたい。
私は、恵まれた自分とのギャップに衝撃を受け、やるせない気持ちになったし、悲しみの涙と感動の涙で目頭が熱くなることもあった。あっという間に読めてしまうのもいい。