Stocking up

先日、店じまいをするアメリコに連絡を取り、直接毛糸を買いに行った。話したいこともあったから。

なぜ急に店じまいするのか訊いてみた。それは、長い間頭をよぎる問題だったらしいが、ある日突然朝5時に目覚め、「やっぱり辞めよう」と思って、フェイスブックに投稿する文章をしたためるに至ったとのこと。要は、十分やりきった、と思ったわけで、重要な決断とは、そのようにして起きるものだとその話を聞いて思った。

この世の中に「正しい解」があると思い込んでいると、こういう決断はできない。「何が待っているのかわからないけど、次に進みたい」という意志のみがある。ポジティブで、いさぎよい! と思った。「次に何がしたいかわかっている」のと、「何がしたいかわかっていないけど、次に進みたい意志がある」のとでは、エネルギーのレベルがまったく違う。「次にやりたいことがわかっている」のは年寄りくさい。

Scarborough

今月のブッククラブのお題は『Scarborough』

Scarboroughは「スカーボロー」と読み、トロントの東端にある地区の名前。その中の貧しい地域にあるシェルターとコミュニティーセンターで子どもとその親たちが生活している。彼らは福祉の世話になっているという共通点だけでつながっていて、バックグラウンドはフィリピンやパキスタンからの移民、白人、先住民族と多種多様。いわゆる「移民文学」ではなく、カナダの富裕層がひしめく大都会トロントからは忘れられた人々に光をあてている。

著者はキャサリン・ヘルナンデス。肌の色は浅黒く、LGBTQで言うと「Q」に属す人。ストリートで使われる英語で書かれた、歯切れがよくてパンチのきいた文章は読みやすい。私は時々ライティングコーチに指導してもらっているが、そのコーチもキャサリン・ヘルナンデスと似たバックグラウンドを持っていて、「L」に属す人。実は二人は知り合いで、どちらも生まれてこの方「マジョリティ」に属したことなど一度もない人たちなのである。

『Scarborough』は2017年の刊行後、トロント市、オンタリオ州の文学賞候補になっている。地元ではわりと話題の1冊なのだ。ブッククラブの今月の参加者はあまりにも多く、2グループに分かれての話し合いになった。

それでは、どんなことを話し合ったのか。

  • 子どもの視点で書かれている

どの章も長めのブログの程度だし、各章の語り部が子どもたちになっている。どの家庭も実は大人は悲惨なのだが、「悲惨な状況」は子どもを通じて間接的に伝わってくる。救いようのない話も、子どもがひょっとしたら今の境遇から抜け出せるのではないか、と期待しながら読める。逆に言うと、大人たちの身の上に何が起きたのかは中途半端にしか知ることができないので、想像するしかない。

  • トロントの教育委員会とコミュニティーセンターの職員のメールのやり取りどう思う?

中央と現場の対立が、さもありなん、という感じで描き出されていて、すごく効果的だった。

  • スカーボローに行ったことがない

ブッククラブ参加者は基本みんなダウンタウンに住んでいる。そう遠くはないけれど、ダウンタウンからはスカーボローには用がなければ行かない。それでも、スカーボローってこんな感じだよね、と伝わってくる。著者がスカーボロー出身だから。

が、登場人物の中に、自分を重ねられる人物はいるか、との質問には、全員が「ノー」と答えていた。地理的に離れているだけではなくて、余暇に読書できる環境が持ててブッククラブにまで来る人たちから見ると「遠い別世界」なのだと思う。

  • タガログ語が容赦なく出てくるけど、どう思う?

英語とタガログを混ぜながら話しているところにフィリピンからの移民らしさが出ている。馴染みのない外国語や外国の文化をいちいち説明しないのも「これが移民ってもんだ」という感じが出ていていい、との意見が多かった。

  • 最後の章をどう思う?

意見が真っ二つに分かれ、半数以上が混乱したとか、納得しなかったとか言っていた。「死後の世界の存在」を許容できるかできないか、そんな価値観も関係しているのかも。私は肯定派。今後この本を読んでみたい人のために、これ以上は言わないでおきます。

  • この本を人に勧める?

お勧めすると言っている人がほとんどだった。ただ、ガチガチの自己責任論者には読んでも響かないのでは…… あとトロントに来て間もない日本人が読むと、スカーボローに対して恐怖心を植え付けられてしまいそう。たとえば、パリに憧れる人がパリについて書かれた本を読んでみたいと思ったとき、まずは「美しいパリ」を想起させる本を選ぶと思う。パリ在住歴が長く、パリにも貧困地区があることをよく知っている人なら、もっと違う本を読むはず。『Scarborough』もそれと同じ。トロント在住歴が長い人にお勧めしたい。

私は、恵まれた自分とのギャップに衝撃を受け、やるせない気持ちになったし、悲しみの涙と感動の涙で目頭が熱くなることもあった。あっという間に読めてしまうのもいい。

Memoirs of a Geisha

ブッククラブの今月のお題は『Memoirs of a Geisha』

20年ぐらい前に読んだけれど、今更読み直したいわけでもなかったので、記憶が曖昧なまま参加。驚いたことに、参加者がいつもより多く、40人はいたと思う。昭和の戦前から戦後にかけて、貧しい漁村から売られて祇園で芸者になった女性の話なのだけど、2019年の時点で20代半ばから30代半ばの女性に何か響くものがある本なのだろうか……「読み始めたら止まらなくなった」と言っている人も多かった。

  • 文化の盗用(Cultural Appropriation)

私の予想に反して、参加者たちは(女性のみのクラブです)、「京都の花街」という特殊な世界で生き、「処女の売買」がお約束の職業に就いた女性の境遇に対して理解があった。それだけでなく、この小説がアメリカの白人男性によって書かれていることの意味も理解していた。彼女たちは、小説を読むことにかけては「スーパー読者」なのであった。私が「白人男性が書いた芸者の話だし」と否定的に思っていることも、「それはそれ」と受け入れている。近年、たとえば「白人なのに黒人の話を書くな」のような「文化の盗用(Cultural Appropriation)」が取り沙汰されることが多く、食傷気味になっている人も多いので、その反動なのかもしれない。日本でオール日本人キャストの「レ・ミゼラブル」のミュージカルを「文化の盗用」と思うか、「それはそれ」と思うかの違いだろう。

  • 自分の人生を選ぶ

この小説について、参加者の彼女たちにとって一番気になった点は、主人公がいつ「自分の人生を選択するのか」だった。貧困や置屋生活など、自分で自分の人生を選択することが困難な状況が長く続き、「流れに身を任せる」しかなかった女性に、どこかで「自分の人生を選んでほしい」という期待があるのだった。だから、「旦那」といつまでも縁が続くことに疑問を感じているようだった。その一方で、仮に「置屋から逃げて、貧しい漁村に帰って、地元男性と結婚したとしたら、主人公は幸せだっただろうか?」の質問に、「いや、それはないよ。花街で芸者になって、旦那に海外で店をもたせてもらうという人生でよかったし」と、運命に逆らわなかった主人公の人生を肯定する意見もあった。「自分で自分の人生を選択」しても、その結果として成功あるいは安定が得られるかはわからない、ということなのだ。

  • トゥルー・ラブ

最後に誰かが、「トゥルー・ラブって、カルチャーが違うとやっぱり違うのかな?」と疑問を投げかけた。「トゥルー・ラブ」と聞くと、反射的にディズニー的なものを想像してしまう。その時点まで私はずっと黙っていたが、日本人だし、ここで何か言ったほうがいいのかな、と次のようなことを述べた。

「戦前の日本は、自由な恋愛をして結婚する社会ではなかった。食いっぱぐれないようにとか家族の繁栄のためにとか、そんな理由で結婚していた。でもそのおかげで貧乏から救われ、相手に半永久的な感謝の気持ちを抱いたとしたら、それをラブと呼べるケースもあるかもしれない」と言ってみた。処女で結婚して、その男性と床を共にすることで、そこから始まる「愛」もあると思うし、散々とっかえひっかえ相手を試していれば、その中から一番を選べるのではないかというアプローチもある。そのあたりについてブッククラブでちょっと話したい気がしたけど、さすがに聞けなかった。

Bad Feminist

去年(2018)年末から、ブッククラブでは「フェミニスト」系の本を読むことが多くなった。ここ数年間の#MeToo運動の影響なのかもしれないし、女だけのブッククラブだからかもしれない。2月のお題は、アメリカでは2014年刊行の『Bad Feminist』。このタイトルがそもそも誤解を招いてしまうのであるが、著者は自分のことを「バッドフェミニスト(中途半端なフェミニストですよの意味で)」と呼んでいる。多くの女性は、フェミニストな部分とそれに相反する部分を両方持っていて、「私はフェミニストよ!」とは胸を張って言いにくい「矛盾」を抱えている。たとえば、女性の権利を色々と主張しつつも、引越の手伝いは男友達にさせるとか、ピンクが好きとか。著者もそういう矛盾をいっぱい抱えている。

翻訳者目線で原書を読むと、翻訳しづらい要素が多い。著者はScrabbleのトーナメント戦に出場するほどなので、スラングも含め語彙が非常に豊富だし、その使い方がクリエイティブなのである。ただ、平明な文章をうまく操り理路整然としている。こんなこと言うと怒られそうだが、著者の体型がマツコ・デラックス級で、ポップカルチャー好きと社会問題を語るときのその毒舌型の切り口が似ているので、内容は非常に面白いのである(と私は思った)。

話はブッククラブに戻り、『Bad Feminist』にどんな反応があったかを書いてみる。

  • ジェンダー・ポリティクス

この本について、いや、むしろ今のジェンダーポリティクスについて語り合いたい、という参加者が多かった気がする。ジェンダーポリティクスにカッカしている人がいると、話がそっちに引きずられてしまう。中間層は矛盾に満ちた「バッドフェミニスト」なので、正論を振り回されると、何も言えなくなってしまうのであった…….

そこで業を煮やした人生経験豊富そうな中年女性が「じゃあ、トロント大学のジェームズ・ピーターソンなど(フェミニストとは対極にある主張をしている)の本は、みんな読んだの? 対極にある意見に耳を傾けないなら、それはダメじゃない?」と発言したことにより、カーンと試合終了のゴングが打ち鳴らされた感じだった。

「そこまで強気に社会に女性を認めさせて、一体何がしたいの?」とやはり思ってしまうのである。「平等」を変なふうに振りかざすと、何やら世の中には有限のリソースがあり、それを均等に分配しなければならないと考えてしまいがちだ。自分のパイが少ないと思い込んでしまうと、妥協や寛容は生まれにくいし、奪い合いしか起きないのではないかしらん。

  • なぜ女性はいつもLikability(好感度とでも言おうか)を求められるのか

本書は、この「好感度」のややこしさについて論考している。「とりあえずお前はニコニコ笑っておけば何とかなる」と人(親など)に言われて、常に微笑みを絶やさない女性とか、「そーだねー」と相手(主に男性)の意見にとりあえず同意しているふりをしている女性の行動は、好感度アップに直結しているからである。

アメリカ大統領選では、今までヒラリー・クリントンぐらいしか女性候補者がいなかったので、選挙のたびに、ヒラリーの好感度(の低さ)は彼女の政策以上に取り沙汰され、マイナスに働いてきた(いわゆる「ヒラリー嫌い」というやつだ)。次の2020年の選挙では、既に民主党の大統領候補にウジャウジャと女性が出てきている。そうなってくると、今回の選挙で女性候補者の好感度がメディアでどう扱われるのか、楽しみだ! とブッククラブ参加者は言っていた。ま・さ・に! である。

ヘンリー・キッシンジャーもルース・ベイダー・ギンズバーグも相当なお年寄りだが、ルース・ベイダー・ギンズバーグは現役の最高裁判事なのに、出過ぎた発言をすると「ゾンビ」と言われる。これも、Likabilityに似たような問題だと思う。

他にもいろいろ話は尽きなかったのだが、ちょっと忘れてしまった。

ちなみに、著者は高校生のときにレイプ被害に遭っていて、そのことも詳細に書いている。長い間封印してきたので、そのトラウマに向き合ったのは、ずいぶん後になってからだった。その彼女が「レイプ」「トリガー警告」について書いている。その部分はやっぱりこのエッセイ集の肝なので是非読んでもらいたい。

いつか読もうと思っていたが、タイトルの「フェミニスト」という言葉に引っかかっていたけど、まさに私のように自分が矛盾しまくっている……と思う人には腑に落ちるエッセイがてんこ盛りなのだ。もっと早く読めばよかった。

BOSS LIFE — 倒産ギリギリ社長の経営奮闘記

翻訳した書籍が日本で刊行されたので、紹介したいと思います。一般流通はしていないので残念ですが。

これはアメリカの東海岸で注文家具工場を経営する社長の「経営」奮闘記。元々著者は、ニューヨーク・タイムズのブログに小企業の社長としての苦労話を寄稿していて、2015年に書籍化されました。そのブログには、2008年のリーマン・ショックを何とか乗り切ったものの、「もうダメだ、倒産する」と破産の準備を始めたときに、自分と同じような境遇の人の参考になればと、その破産手続きの経緯を書いていたようです。

この本では、リーマン・ショック後の、挽回の兆しが見えてきたと思えたはずの2012年の1年間を振り返っています。ビジネスパートナーとの決裂や、キャッシュフローの重要さを痛い思いをして学んだ著者は、1月から12月まで、毎月の収支を赤裸々に公開し、経営者として日々の苦戦を事細かく綴ります。人材採用、アドワーズ広告、海外の企業にも振り回されて、まさに七転八倒の1年なのです。

私生活でも、重度自閉症の息子、健常児で大学進学を目前に控えた息子を2人抱え、キリキリ舞い。当然ながら、アメリカの医療保険制度や学資ローンにも苦い意見を持っています。

町工場の社長として、地元の経済の衰退と変遷、構造的に生まれる格差を憂う一方で、従業員への人間的な対応、わが子の進路に関する悩みや成長の喜びを温かく綴っています。経営奮闘記のはずなのに、目頭が熱くなる…… ページもあります。

アメリカ企業の社長といえば、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズなど、大成功を収めた異端児的な人物ばかり思い浮かびますが、こんな中小企業の社長の苦戦を読んでみるのはいかがでしょうか。

出版社はダイレクト出版というところです。

https://www.d-publishing.jp/