9月のトロントのブッククラブのお題は、中国系カナダ人作家マドリン・ティエン(Madeleine Thien)の『Do Not Say We Have Nothing』。ページ数が多いので早めに読み始めましょう、とお達しがあったものの、読み切れないまま参加。ある程度の量を読んでいかないと人の感想を聞いてもピンと来ない。しかし、読み切っていなかったのは私だけではなかったようだ。
マドリン・ティエンのこの作品は2016年ブッカー賞の最終候補にも上がった。この作品は、第二次世界大戦後から天安門事件後の1990年代前半までの中国と、現代のバンクーバーが舞台になっている。タイトル『Do Not Say We Have Nothing』は、「インターナショナル」(労働者賛歌)の歌詞から来ている。が、内容はむしろ上流社会に属していた人たちが、国家反逆罪に問われ労働者に転落し、仕事や財産、名誉を剥奪され、家族と引き裂かれても、「自分たちには何も残されていないと悲観するな、自分たちが生きた証はあるよ」という細い望みが込められているような気がする。
このブッククラブの構成メンバーは20代から30代の女性が一番多いので、天安門事件の後で生まれた人がほとんど。「天安門事件をライブでテレビで見ていた」と口をすべらした私に一瞬注目が集まってしまった。
- スローな出だし
「現代」は、1990年頃バンクーバーの設定で、そこから、中国人の母子家庭で暮らす女の子が失踪した父親を追う形で、第二次大戦直後から文化革命までの中国に話が飛び、「現代」と「過去」を行ったり来たりする。「過去」はジリジリと天安門事件にまで近づいてきて、やっと「現代」とリンクする。100ページぐらい読まないと、ストーリーの設定と歴史的背景、登場人物の血縁関係が把握できない。しかも、「過去」の部分では、中国らしい美辞麗句や政治的スローガンを登場人物が口にするので、単刀直入ではない。他文化、外国の歴史を説明するには、これくらいページ数を割かないといけないのだろうが、ここで脱落しそうになった読者も多かった。が、この部分を突破すると、話は面白くなる。
- 血縁関係がなかなか掴めない
中国名とニックネームがややこしい上に、登場人物が多いので、ネット上には家系図が出ている。これを見ながら読んだメンバーは多かった。
- クラシック音楽の名曲が続出。クラシック音楽を知っている人が読むと全然印象が違うんじゃない?
上海音楽学院に通っていた学生たちがメインキャラクターなので、バッハ、シャスタコーヴィッチ、マーラー、ラヴェル、スメタナなどなど、いろんな作曲家の曲がそこかしこに散りばめられている。中でも、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」はテーマ曲のごとく頻繁に登場する。じわじわと繰り返される弾圧とリンクしている。「曲を知っているほうが雰囲気がよく伝わると思う」とブッククラブのメンバーでクラシックをよく聞く人たちは言っていた。
- 主人公の1人が交響曲を作曲していたのに、国家反逆罪で弾圧されて作曲を中止してしまった。最終的に作ったのはバイオリンとピアノのソナタだった。どうして交響曲を完成させなかったのか?
交響曲は個人よりも大きなもの(国家とか)に捧げて作るけれど、ソナタはもっと個人的なもの。国に裏切られて想像力もリソースも失われてしまうと、ソナタが精一杯?
- ブッククラブで悲しい話ばっかり読んでいるけど、これは心底悲しい話だった。
中国には今でも弾圧されている人たち(ウィグルのイスラム教徒とか)がいて、この本に出てくる登場人物たちと同じように、最果ての収容キャンプに入れられて「再教育」されているニュースを目にするので、「現在進行系」なところが空恐ろしい。
で、じゃあ来年は楽しい話を読もうか、みんなで言い出したけれど、結局誰も「楽しい話」を思いつかなかった……
私がようやくこの本を読み切ったのは12月。500ページ近くある大作なのだ。カナダに移民している中国人(主人公)が自分の父親について調べているうちに、中国の近代史を遡る形を取っているので、歴史を詳しく知らなくてもとっつきやすい。