今『デカメロン』を読んでいます。イタリアの古典文学ですから、「ボッカッチョがデカメロンを書いた」という事実だけがよく知られています。ところがどっこい、なんでこんな面白い話今まで読まなかったんだろう! というくらいに面白い。
たとえば、うら若き尼僧が暮らす修道院がある。そこへ、口のきけないふりをした男が庭師としてやって来た。尼僧たちは、口がきけない男なのだから、「いいこと」をしたって誰にも口外しないだろうと男を誘惑する。男は畑より尼僧たちを耕すのに忙しくなる。ついに修道院長までもが男を誘う。修道院長の願いを叶えた男はこう訴えた。「いくらなんでも9人の女性を毎日耕すのは過酷な労働です。故郷に帰らせてください」
日本の古典文学や浮世草子のおもしろさと似ています。恋愛のことしか頭になかった平安時代の貴族が次から次へと変態じみたことをしでかして、それが文才のある人の手にかかると「文学」になる。
新型コロナウィルスのパンデミックをきっかけに、この『デカメロン』を読む人が増えているのだそうです。14世紀、黒死病で人がバタバタと死んでいくなか、「神様に祈っても効き目がない」と悟ったフィレンツェの富裕層の男女10人が、それぞれに面白い話をして時をやりすごします。信仰心や貞操を捨てたわけではないのですが、話の内容はものすごく人間的(欲望、嘘、裏切り、報復などなど)。現世的なもののほうが神様より面白いのです。そしてそこから、ルネッサンス(復興の時代)が生まれたので、ポストコロナに関心を持つ人たちのなかで読まれているようです。
日本語版はいろいろありますが、私が読んでいるのは平川祐弘訳。河出文庫から出ている電子版です。訳注もおもしろく、日本語訳の苦労がうかがわれます。日本では戦前、この小説は発禁だったのですが戦後になると解放されたのも、パンデミックレベルの大事件が起きると世の中がごろっと一転することの証かもしれません。