Lack of Awareness

「意識高い系」と意識の高い人々を揶揄する言葉が流行りだしてずいぶんと経ちます。自分のことや明日のことで精一杯なのに、遠い外国のことや、いつやってくるのかわからない未来のことで説教しないで!! という叫びを短く凝縮させたような言葉です。ただ、こういう表現はどれほど浸透しても揶揄でしかなく、イソップ物語でキツネが「チェ、あのブドウは酸っぱいんだよ!」と言っているのに等しい。人間臭さを放っていて好きですが。

しかしながら、「意識が高い人々」に「多様性」を声高に説教され、まるで自分が偏狭であるかのような言い方をされてしまうと、「いやぁ、思考の多様性を尊重してよ!」と言いたくもなります。ところが議論には滅法弱く、ついつい「意識高いね」と褒めているかのように見せかけて終わり……。

私は今、山崎豊子の『不毛地帯』を読んでいるのですが、主人公の壱岐正は、戦前の軍事教育を受けた超エリートで、戦後、商社で働きながら、ものすごく冷徹に物事を判断し、情報通で(情報の質を確かめるのがうまいという意味)、会社を大いに成長させています。ところが、彼に「蹴落とされた」「脅かされている」と感じる人々が、じゃんじゃん出てきて彼の足を引っ張る…… この負のパワーのすごさといったら!! しかし、壱岐正は絶対にこうは言わないのです。

「あいつら、意識低いな」

じゃあ、お前はどうなんだよ!? って話なんですが、私は個人的に揶揄表現はなるべく避けるようにしています。とは言っても、いつの間にか口から出ているのですが。一応、言霊を信じてます。

ちなみに英語の「Awareness」には、翻訳者として悩まされることが多々あります。それは何を「Aware」しているのかがよくわらかないからです。「Aware」って意外と無責任だし。幸いなことに日本語でも「意識している」というのは、ぼやーっとしているので助かってますが。テクノロジーの世界でも、「hardware-aware」なんて言葉が出てきます。「何だそれは!」です。最近のテクノロジーは意識が高くていやになります。

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