Bad Feminist

去年(2018)年末から、ブッククラブでは「フェミニスト」系の本を読むことが多くなった。ここ数年間の#MeToo運動の影響なのかもしれないし、女だけのブッククラブだからかもしれない。2月のお題は、アメリカでは2014年刊行の『Bad Feminist』。このタイトルがそもそも誤解を招いてしまうのであるが、著者は自分のことを「バッドフェミニスト(中途半端なフェミニストですよの意味で)」と呼んでいる。多くの女性は、フェミニストな部分とそれに相反する部分を両方持っていて、「私はフェミニストよ!」とは胸を張って言いにくい「矛盾」を抱えている。たとえば、女性の権利を色々と主張しつつも、引越の手伝いは男友達にさせるとか、ピンクが好きとか。著者もそういう矛盾をいっぱい抱えている。

翻訳者目線で原書を読むと、翻訳しづらい要素が多い。著者はScrabbleのトーナメント戦に出場するほどなので、スラングも含め語彙が非常に豊富だし、その使い方がクリエイティブなのである。ただ、平明な文章をうまく操り理路整然としている。こんなこと言うと怒られそうだが、著者の体型がマツコ・デラックス級で、ポップカルチャー好きと社会問題を語るときのその毒舌型の切り口が似ているので、内容は非常に面白いのである(と私は思った)。

話はブッククラブに戻り、『Bad Feminist』にどんな反応があったかを書いてみる。

  • ジェンダー・ポリティクス

この本について、いや、むしろ今のジェンダーポリティクスについて語り合いたい、という参加者が多かった気がする。ジェンダーポリティクスにカッカしている人がいると、話がそっちに引きずられてしまう。中間層は矛盾に満ちた「バッドフェミニスト」なので、正論を振り回されると、何も言えなくなってしまうのであった…….

そこで業を煮やした人生経験豊富そうな中年女性が「じゃあ、トロント大学のジェームズ・ピーターソンなど(フェミニストとは対極にある主張をしている)の本は、みんな読んだの? 対極にある意見に耳を傾けないなら、それはダメじゃない?」と発言したことにより、カーンと試合終了のゴングが打ち鳴らされた感じだった。

「そこまで強気に社会に女性を認めさせて、一体何がしたいの?」とやはり思ってしまうのである。「平等」を変なふうに振りかざすと、何やら世の中には有限のリソースがあり、それを均等に分配しなければならないと考えてしまいがちだ。自分のパイが少ないと思い込んでしまうと、妥協や寛容は生まれにくいし、奪い合いしか起きないのではないかしらん。

  • なぜ女性はいつもLikability(好感度とでも言おうか)を求められるのか

本書は、この「好感度」のややこしさについて論考している。「とりあえずお前はニコニコ笑っておけば何とかなる」と人(親など)に言われて、常に微笑みを絶やさない女性とか、「そーだねー」と相手(主に男性)の意見にとりあえず同意しているふりをしている女性の行動は、好感度アップに直結しているからである。

アメリカ大統領選では、今までヒラリー・クリントンぐらいしか女性候補者がいなかったので、選挙のたびに、ヒラリーの好感度(の低さ)は彼女の政策以上に取り沙汰され、マイナスに働いてきた(いわゆる「ヒラリー嫌い」というやつだ)。次の2020年の選挙では、既に民主党の大統領候補にウジャウジャと女性が出てきている。そうなってくると、今回の選挙で女性候補者の好感度がメディアでどう扱われるのか、楽しみだ! とブッククラブ参加者は言っていた。ま・さ・に! である。

ヘンリー・キッシンジャーもルース・ベイダー・ギンズバーグも相当なお年寄りだが、ルース・ベイダー・ギンズバーグは現役の最高裁判事なのに、出過ぎた発言をすると「ゾンビ」と言われる。これも、Likabilityに似たような問題だと思う。

他にもいろいろ話は尽きなかったのだが、ちょっと忘れてしまった。

ちなみに、著者は高校生のときにレイプ被害に遭っていて、そのことも詳細に書いている。長い間封印してきたので、そのトラウマに向き合ったのは、ずいぶん後になってからだった。その彼女が「レイプ」「トリガー警告」について書いている。その部分はやっぱりこのエッセイ集の肝なので是非読んでもらいたい。

いつか読もうと思っていたが、タイトルの「フェミニスト」という言葉に引っかかっていたけど、まさに私のように自分が矛盾しまくっている……と思う人には腑に落ちるエッセイがてんこ盛りなのだ。もっと早く読めばよかった。

BOSS LIFE — 倒産ギリギリ社長の経営奮闘記

翻訳した書籍が日本で刊行されたので、紹介したいと思います。一般流通はしていないので残念ですが。

これはアメリカの東海岸で注文家具工場を経営する社長の「経営」奮闘記。元々著者は、ニューヨーク・タイムズのブログに小企業の社長としての苦労話を寄稿していて、2015年に書籍化されました。そのブログには、2008年のリーマン・ショックを何とか乗り切ったものの、「もうダメだ、倒産する」と破産の準備を始めたときに、自分と同じような境遇の人の参考になればと、その破産手続きの経緯を書いていたようです。

この本では、リーマン・ショック後の、挽回の兆しが見えてきたと思えたはずの2012年の1年間を振り返っています。ビジネスパートナーとの決裂や、キャッシュフローの重要さを痛い思いをして学んだ著者は、1月から12月まで、毎月の収支を赤裸々に公開し、経営者として日々の苦戦を事細かく綴ります。人材採用、アドワーズ広告、海外の企業にも振り回されて、まさに七転八倒の1年なのです。

私生活でも、重度自閉症の息子、健常児で大学進学を目前に控えた息子を2人抱え、キリキリ舞い。当然ながら、アメリカの医療保険制度や学資ローンにも苦い意見を持っています。

町工場の社長として、地元の経済の衰退と変遷、構造的に生まれる格差を憂う一方で、従業員への人間的な対応、わが子の進路に関する悩みや成長の喜びを温かく綴っています。経営奮闘記のはずなのに、目頭が熱くなる…… ページもあります。

アメリカ企業の社長といえば、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズなど、大成功を収めた異端児的な人物ばかり思い浮かびますが、こんな中小企業の社長の苦戦を読んでみるのはいかがでしょうか。

出版社はダイレクト出版というところです。

https://www.d-publishing.jp/

Do Not Say We Have Nothing

9月のトロントのブッククラブのお題は、中国系カナダ人作家マドリン・ティエン(Madeleine Thien)の『Do Not Say We Have Nothing』。ページ数が多いので早めに読み始めましょう、とお達しがあったものの、読み切れないまま参加。ある程度の量を読んでいかないと人の感想を聞いてもピンと来ない。しかし、読み切っていなかったのは私だけではなかったようだ。

マドリン・ティエンのこの作品は2016年ブッカー賞の最終候補にも上がった。この作品は、第二次世界大戦後から天安門事件後の1990年代前半までの中国と、現代のバンクーバーが舞台になっている。タイトル『Do Not Say We Have Nothing』は、「インターナショナル」(労働者賛歌)の歌詞から来ている。が、内容はむしろ上流社会に属していた人たちが、国家反逆罪に問われ労働者に転落し、仕事や財産、名誉を剥奪され、家族と引き裂かれても、「自分たちには何も残されていないと悲観するな、自分たちが生きた証はあるよ」という細い望みが込められているような気がする。

このブッククラブの構成メンバーは20代から30代の女性が一番多いので、天安門事件の後で生まれた人がほとんど。「天安門事件をライブでテレビで見ていた」と口をすべらした私に一瞬注目が集まってしまった。

  • スローな出だし

「現代」は、1990年頃バンクーバーの設定で、そこから、中国人の母子家庭で暮らす女の子が失踪した父親を追う形で、第二次大戦直後から文化革命までの中国に話が飛び、「現代」と「過去」を行ったり来たりする。「過去」はジリジリと天安門事件にまで近づいてきて、やっと「現代」とリンクする。100ページぐらい読まないと、ストーリーの設定と歴史的背景、登場人物の血縁関係が把握できない。しかも、「過去」の部分では、中国らしい美辞麗句や政治的スローガンを登場人物が口にするので、単刀直入ではない。他文化、外国の歴史を説明するには、これくらいページ数を割かないといけないのだろうが、ここで脱落しそうになった読者も多かった。が、この部分を突破すると、話は面白くなる。

  • 血縁関係がなかなか掴めない

中国名とニックネームがややこしい上に、登場人物が多いので、ネット上には家系図が出ている。これを見ながら読んだメンバーは多かった。

  • クラシック音楽の名曲が続出。クラシック音楽を知っている人が読むと全然印象が違うんじゃない?

上海音楽学院に通っていた学生たちがメインキャラクターなので、バッハ、シャスタコーヴィッチ、マーラー、ラヴェル、スメタナなどなど、いろんな作曲家の曲がそこかしこに散りばめられている。中でも、グレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」はテーマ曲のごとく頻繁に登場する。じわじわと繰り返される弾圧とリンクしている。「曲を知っているほうが雰囲気がよく伝わると思う」とブッククラブのメンバーでクラシックをよく聞く人たちは言っていた。

  • 主人公の1人が交響曲を作曲していたのに、国家反逆罪で弾圧されて作曲を中止してしまった。最終的に作ったのはバイオリンとピアノのソナタだった。どうして交響曲を完成させなかったのか?

交響曲は個人よりも大きなもの(国家とか)に捧げて作るけれど、ソナタはもっと個人的なもの。国に裏切られて想像力もリソースも失われてしまうと、ソナタが精一杯?

  • ブッククラブで悲しい話ばっかり読んでいるけど、これは心底悲しい話だった。

中国には今でも弾圧されている人たち(ウィグルのイスラム教徒とか)がいて、この本に出てくる登場人物たちと同じように、最果ての収容キャンプに入れられて「再教育」されているニュースを目にするので、「現在進行系」なところが空恐ろしい。

で、じゃあ来年は楽しい話を読もうか、みんなで言い出したけれど、結局誰も「楽しい話」を思いつかなかった……

私がようやくこの本を読み切ったのは12月。500ページ近くある大作なのだ。カナダに移民している中国人(主人公)が自分の父親について調べているうちに、中国の近代史を遡る形を取っているので、歴史を詳しく知らなくてもとっつきやすい。

Autonomy: The Quest to Build the Driverless Car—And How It Will Reshape Our World

最近、ゴーン・ショックのニュースが駆け巡っていますね。日産といえばリーフ。リーフは電気自動車ですが、自動車産業だけにとどまらず経済全体の起爆剤になりそうなものの代表、自動走行車につながるテクノロジーです。

そこで、自律走行車開発の10年の軌跡を追ったノンフィクションをご紹介しましょう。日本では日本の自動車会社を中心にした同じような(?)本がいくつも出ているようですが、今から紹介するのはアメリカ。それもGMが中心です。GMも今、トランプ政権と真っ向から対決していてニュースを賑わせていますが。それでは、紹介のはじまり、はじまり。

『Autonomy: The Quest to Build the Driverless Car—And How It Will Reshape Our World』

デトロイト対シリコンバレー、新旧テクノロジーの攻防が、GM副社長として長年、次世代のクルマの開発を牽引してきたローレンス・バーンズによって描かれています(今はもうGMにはいませんが)。

話の発端は、2004年、アメリカ軍が主催したDARPAグランド・チャレンジ。自動走行車を開発してレースを行うというもの。ここで、スタンフォード大学とカーネギーメロン大学が火花を散らして戦います。まもなく、この2大学の戦いは、それぞれを支援するグーグルとGMの戦いに発展。シリコンバレーの若い起業家たちを見下すデトロイト、逆にデトロイトを古いと鼻で笑うシリコンバレーの構図が出来上がります。しかし、どちらかに軍配が上がったわけではありません。今私たちが見ているように、クルマを動かす新技術を開発するシリコンバレー、車体を大量生産するノウハウを持つデトロイトが協力し合う体制が生まれました。

大学や企業間の戦いだけでなく、時代の潮流が変わっていくのもよくわかります。成熟した車社会のアメリカでも、経済の基軸がシェアエコノミーに移り、ライドシェアが普及していきます。アメリカではビッグ3以来の新自動車メーカー「テスラ」も登場し成功していきます。そして、その中で関連スタートアップ企業の争奪戦が繰り広げられ、巨額の金が動きます!

2004年から2016年までの自動走行車の開発の道のりを追った話ですが、わずか12年の間で、既に私たちの生活を大きく変える技術とサービスが生まれ、新企業も続々と登場、雇用も生まれ、世間を賑わせています。新技術の開発に人生をかける技術者の苦労にも感動しますが、アメリカの機動力のすごさに羨望を感じずにはいられません。退屈せずに一気に読めます。今は問題があっても、自動走行車なしの未来は考えられない、そんな著者の意見に頷いてしまいます。

Persepolis

10月のブッククラブのお題は『Persepolis』の第1部、作者マルジャン・サラトピの少女時代編だった。

このブッククラブでは、図書館で借りたり、古本屋で安く変えるような本を選ぶことが多く、ちょっと古めの話題作をみんなで読んで「今の視線で話す」のを楽しんでいる。『Persepolis』は仏語で2000年に出版。私は2007年に映画が公開されたときに見たけれど、原作を読んだのは今回が初めて。

「ペルセポリス」とは「ペルシャ人の都」という意味。作者のサラトピが、現在のイランについてどんな意見を持っているかが窺い知れるいいタイトルなんじゃない?と思う。

では、ブッククラブで話したこといくつかご紹介。

  • ブッククラブで今回初めてグラフィック・ノベルを選んだけどどうだった? さらっと読めるけど、文字量は多いし、絵で伝えていることが多いよね、その辺どう思う?

これが小説として書かれていたら、歴史的背景を描写したページをかなり読まされたと思う。内容はきついのに絵はかわいいから、登場人物の心のひだを絵や表情で知るほうが気楽に読める。

  • リベラルで高い教育を受けた両親の元に生まれた8歳の女の子によってイラン革命前と直後のテヘランが語られているけど、その辺どう思う? 女の子の語りを信用してもいいと思う?

イラン革命前のリベラルな(西洋的な)イラン人の家庭に育ち、テヘランのリセでフランス語で男女平等な環境で教育を受けている子だから、「いかにも」という感じが伝わった。ああいう立場の人はイラン革命をああ見るだろうなと納得できる。彼女のようなイラン人にとっては世の中が暗転して(イスラム共和国樹立)、おまけにイラクに奇襲されてイラン・イラク戦争に突入して生活が逆転してつらい時期だったはずなのに、子どもだから陽気。あのままイランにいたらもっと大きな問題を起こしかねないのも伝わった。両親は彼女には知りえない苦労や心配をしていたはずだが、その辺は大人に成長してから気付いたことなのか、客観的に書かれている。

  • イラクとの戦争で、国境近くの辺境の村に住む少年たちは、主人公とほぼ同年なのに、宗教的な「死後の世界」を政府に約束されて徴兵された上、ほとんど軍事訓練も受けないまま前線に送られて死んでいくけど、その辺どう思う?

主人公の家族・親戚や周辺の大人たちが裕福で高い教育を受けていた人ばかりだったし、政治の動向も国内外のニュースをよく知っている。だから戦争が起きても国外逃亡できた。辺境の村の少年も主人公も同じイスラム教を信じていたのだし、イラン革命というのは宗教の問題というより、西洋より=リベラル=金持ちの格差問題だったのではないか。今アメリカで起きていることなどにも通じるものがある(という意見の人は多かった)。

  • イラン・イラク戦争が長引く中、主人公の両親はイランにとどまって、14歳になった一人娘だけをウィーンに送ったけど、なぜ両親は国外逃亡しなかったのだと思う?

「逃げればいいのに!」と思った人が半数。「そう言うのは簡単だけど、自分の生まれ育った国は簡単には捨てられない!」と主張する人が半数で、意見は分かれた。登場人物の一人が「イランを離れて、外国でタクシーの運転手するぐらいなら、ここに残る」と言っていたのは興味深く、おそらく両親も国外に出て意に染まない仕事や生活をするぐらいなら…と思ったのかもしれないし、年老いた親や親戚を残してはいけないと、将来性のある子どもだけを外に出したのかも、と意見は一致。

 

…にしても、トロントには移民が多い上にあちこちの紛争にカナダ軍が派遣されているのもあって、ブッククラブの女子たちは中東問題にもとても詳しかった。

さっと読めてしまったのでイランの近代史を調べた。今のアメリカとイランの関係も日々のニュースを見ていると「敵対関係」ぐらいにしかインプットされないし、アメリカで作られた在イランアメリカ大使館襲撃事件をテーマにした映画なんかを見てもイランの事情は一方的にしか語られないので、こういう本を改めて読むと(時間をかけずに)勉強になる。