トラウマ類語辞典

今度翻訳しました『トラウマ類語辞典』が8月25日に発売されました。ピンクとグリーンの表紙がとても目を引きます。どこかの書店に立ち寄られたとき、お手にとって御覧ください。

この本はシリーズになっているので、ご存知な方もいると思います。プロ/アマ問わず、何か創作活動をしている人が「説得力があって、真実味あふれるキャラクターを作りたい」と思ったときに役立つ辞典です。

トラウマと言っても、別にいつもネガティブな影響が出るわけではなくて、ポジティブに出てくることだってあります。だからその両面が説明されています。

本、映画、テレビドラマについて語り合うときにも役立ちます。私が参加しているブッククラブでは小難しいことより、「あのキャラクターはどうしてああいう行為に出たのかな」と憶測が飛び交うことが多いです。キャラクター自身が不思議なのか、そのキャラクターを見ている人が不思議なのか、その辺りが一言では言い表せないとき、やっぱりその物語は面白いと思います。

本書の著者はカナダ人。私もカナダに住んでいるのでなんか親近感が湧きました。それだけでなく、私は趣味で物語を書いていて、この著者たちが運営しているライターためのサービスにとてもよく似たサービスを使って勉強しているところです。アマチュアライターにとっては、キャラクターにどんな行動をさせて、何を喋らせるか、それをどう表現するかは永遠の課題。この本を翻訳している間、とても参考になりました。

それではご一読くださいませ。

Crazy Rich Asians

カナダでは8月15日に同題の映画が劇場公開され、話題になり、私も見に行った。原作を読んだのは2013年。5年前だが、そのときの感想をここに転載してみる。

話の背景となる登場人物の服飾品、住まい・不動産、車や家財道具すべてに「値札」がついているという、よく言えば新たな試み、悪く言えば「いやらしい」話。

あらすじは少女漫画風。主人公はまるで『キャンディ・キャンディ』のキャンディのよう。頭がよくて気立てもいいし、お金持ちのいじめに屈しない。その彼女の傍にはアルバートのような彼がいる。次から次へと襲いかかるいじめも、金にものを言わせてスケールが大きく、それを避けるほうもまた金持ちに助けられてかわす。大金持ちがすることは半端じゃない! キャンディを応援したことのある人なら思わず「レイチェル、頑張って」と応援してしまう。

いくらお金があっても、気品や気高さがなければね…… その感情はあからさまな差別感情になって噴出している。この話には、一昔前の中華系富裕層が、中国本土出身(あるいは台湾、香港、北米で立身出世した中国系)のニューマネーの富裕層を毛嫌いする発言がちりばめられている。紅毛碧眼の人もバカにされている。お金が大好きであることを肯定し、傍若無人に振る舞う人を蔑んでいる。

実は本文よりも脚注が興味深い。脚注にはシンガポールのオールドマネーの超富裕層のライフスタイルがいろいろと説明されている。彼らが通う学校の話、シンガポールの年金制度(フェイスブックの共同創始者のエドワルド・サベリンがアメリカ国籍を捨てシンガポール国民になった理由についても憶測)、朝鮮人参で最高級とされるのはワシントン州産のもの、などなど。本文には、中華系富裕層にとって大切な資産のひとつとされるのが「カナダ永住権」とも書いてある。カナダにしばらく住めばその威力は肌で感じるので笑えない。

人に1人が億万長者と言われるシンガポール。金持ちの人口密度がとても高い。この本の著者もそんなシンガポール富裕層出身だけれど、この話はどこまで現実味を帯びているのかと、シンガポール在住アメリカ人に聞けば「大あり!」と断言していた。

Half a Yellow Sun

7月のトロントのブッククラブのお題は『Half a Yellow Sun』。邦題は『半分のぼった黄色い太陽』

チチマンダ・ンゴスィ・アディーチェのこの作品は、ビアフラ共和国がナイジェリアから独立する直前から、ナイジェリア内戦に決着がつくまでの話(1967年から1970年まで)。

チチマンダ自身は40代に入ったばかりの女性。1960年代のナイジェリアのいろんな階級の女性の生き方、家族や夫婦に対する考え方を、誰にでも食いつける恋愛、浮気、不倫を軸に描いているから、「わかりやすい!」とブッククラブでは好評だった。チチマンダは「フェミニストであること」についてTEDトークもしているし著書もあるので、彼女のフェミニスト観については、そちらを参考にしていただきたい。

女性オンリーのブッククラブではかなり人気の作家で、作家も黒人なら小説の登場人物もほとんど黒人、参加者にもカナダ生まれの黒人女性が来ていた(参加者のバックグランドは毎月多種多様なのだが、彼女はアフリカが舞台の有名な小説だからという理由で初参加)。

参加者全員、ナイジェリア人の名前の発音に自信がないので、もたつきながらの話し合いだったけれど、再読した人もいるほどなので、かしましく話が進んだ。

  • 語り手について

物語の語り手は3人。そのメインが召使いの10代の男の子。物語は、アフリカ版『ダウントン・アビー』のようである。召使いは自分が仕えている主人のことなら何でも知っているし、ナイジェリアの上流階級と田舎の貧しい農民の生活の両方を知っているから、語り手として最高。周囲の女性に恋心を寄せたり、同じ身分の女の子と初の性体験をしたり、主人に憧れて勉強に燃えてみたりと、ティーンエージャーらしい行動をするので、瑞々しい感じがしてよかった、という意見だった。

  • 主人公が顔が似ていない双子の姉妹(上流階級にいる)という設定について

この双子がそれぞれパートナーにまったく違うタイプの男を選ぶ。片方は、自分に自信が持てない白人で、ナイジェリアの古代民芸に興味を持っている作家志望のイギリス人。もう片方は、黒人(ナイジェリア人)の大学教授で植民地支配からの脱却を叫ぶ自信満々の理想家。この2人の男がそれぞれ女性関係で失敗し、昼メロっぽい泥沼を展開させるのも、現代の読者を飽きさせない。内戦中、ビアフラ共和国の国民全員が飢餓に苦しんで死んでいくなかで、欲に抗えず「人間らしい生き方」をしているのが、ほっとする。ゆえに性描写が多い。「ナイジェリアの民芸を愛するあまり、ナイジェリアの女性に恋に落ちる白人の男」は、「日本文化を愛するあまり、日本女性に恋に落ちた西欧人」に置き換えると、わかりやすい。そういう男を冷ややかな目で見ている読者が多かったのは、興味深かった。

  • タイトルがビアフラ共和国の国旗を表していることについて

黄色い太陽は、これから登ってくる朝日に見立ててデザインされたはずの国旗だけれど、ビアフラ共和国の運命を考えると、沈む夕日にも見えるので、「クレバーなタイトルだ」と好評だった。

  • 内戦が起きたときの国際社会の反応について

事実として、ナイジェリア側についた国々、ビアフラ共和国側についた国々を私達は知っている。でも「ビアフラ共和国を世界は見殺しにした」という見方は、どうなんだろうか、やっぱりそれは当事者の立場によってずいぶん違うんじゃないか、と誰かが言っていた。この小説では、その点に関して、キャラクターのほとんどが「そう思っている」のではあるが、描写がうまいので複雑な気持ちにさせられる。

余談:この本を9割読んでブッククラブに出掛けていったら、「え? あれからそんな展開になったの?」とネタバレの嵐だった。最後の最後まで読者を釘付けにする展開のストーリーなので要注意。

 

AIQ

またAIの本? というぐらいに次から次へと出てくる。それだけよく読まれているということなのだろう。今や大企業でなくても、クラウドコンピューティングを利用すれば何かしらのAIスタートアップを立ち上げることは可能で(それは決して簡単なことではないけれど)、開発者の裾野はどんどんと広がっているし、ますますAIは身近になっていく。

『AIQ』は、データサイエンスを切り口に、『フリーコノミクス』と同じような、「ほほう、そうなのか」と誰もが食いつきそうなエピソードを紹介しながら、AIを語っている。たとえば「ナイチンゲールが看護師ってことは知ってるよね? でも実は有名な統計学者だったんだよ」とか。

AIは複雑な確率計算をしていて、どんなデータを読み込み、どう解析するかがカギになる…… この本の着地点はそこなのだが、そこへ行き着くまでの「データ収集のお話」がとても面白い。

ナイチンゲールだけでなく、科学歴史を変えた影の功労者である女性たちのエピソードもいろいろ紹介されているので、将来IT関係の開発者や科学の研究者になりたいと思っている若い女の子や、裏方的にコツコツ努力を重ねるタイプの人には、読んでいて「やるぞ!」と勇気が湧いてくる一冊でもある。

有名なAIプロジェクトの失敗にも触れているし、読者の不安を煽ったりはしない。あくまでも、AIとうまく共存していくためAIQを高めましょう、とやさしく語りかけている。

Brave New World

6月のブッククラブのお題は『Brave New World』邦題は『すばらしい新世界』

今、ディストピア小説を読みたい、読んで語り合いたい人はやはり多いようで、参加者のほとんどは『1984』も読んでいた。『1984』のほうが好きだという人が多かった。

トロントが学研都市だからなのか、『Brave New World』の世界に踏み込んでいるような最先端研究やその応用に詳しい人も多かった。だから話したかったのかもしれない。みんな饒舌に真面目に話し合っていた。長くなるけれど、何を話したのか、箇条書きにまとめてみよう。

  • 著者のオルダス・ハクスリーが1932年、86年前に想像で描いた世界が、今の2018年の世界にどれぐらい近いか。

1920年代、1930年代は遺伝の研究でブレークスルー(突然変異の発見とか?)があって、科学の万能性が理想化されていたので、今と似たところがある、と誰かが言っていた。

  • この小説では、みんながつながっていて、独りでいることはタブー視されている。

フリーセックスが歓迎され、結婚、出産、子育て、家族がタブーなので、人同士の「つながり」を強調してるわりには、そのつながりが結構うすっぺらいのが、今のソーシャルメディアに似ている、「特にティンダーが!」と言っていた。そう言う我々もソーシャルメディアを使ってこのブッククラブに集まっている。

  • キャラクターたちがすぐに精神安定剤(ソーマ)を飲んでしまうことについて

そういう社会だと精神的苦痛に対するレジリエンスが育ちにくいから、その辺も今に似ている。確かに薬による恩恵も大いにあるのだけれど。ホームドクターによっては、精神治療のカウンセラーを紹介する前に、「こういう薬が今出ているから、とりあえずはこれを飲みなさい」と処方する人もいる。それは国民皆保険制度の費用対効果の問題も絡んでくるから、と壮大なレベルの話し合いになっていった。

  • 寿命ぎりぎりまで若さを保ち、死を悼まないことについて

女性オンリーのブッククラブなので、レーニナとリンダの描き方が当然話題にのぼった。「老けない」ようにプログラムされている人たちの中でひとり自然に老け、世間にのけ者扱いされているリンダに話が集中。「老いたくない」のは人間の永遠の欲望&課題。特に「汚らしくなる老いること」については相当な抵抗がある。参加者の誰かが「延命治療には事欠かないけど、面倒を見られなくなって年老いた親を施設に預けたとき、それが長引くと『一体いつ死ぬんだろう』と苦悩する」と言っていた。ここで話が一挙に盛り上がり、複数の人が同時に話しだしたのでよく聞こえなかったが、どこまで延命治療をするかも、カナダのような国民皆保険制度のある国では、その制度が答えを出す、と誰かが言っていたと思う。

  • アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンに階級が分けられていて、上位2階級には知的教育が許されていることについて

今がまさにそうともいえるが、上層階級に知的教育がほどこされ「教養」を持つように育てられるのはいつの時代も同じではないか、と話が終わった。

  • 蛮人保存地区がニューメキシコ州にあることについて

「蛮人といえばネイティブ・アメリカン」を思い描いたり、宗教的ともいえる自然への畏怖を感じる場所といえばニューメキシコのネイティブ・アメリカンの保存地区だと思ったりするのは、今も変わらない。

  • 自動車王フォードが神になっているフォード教について

同じものを正確に大量生産できる能力が崇められているということなんだろうが、今なら誰? イーロン・マスク? と軽くいなして終わり。

  • エンディングについて

結末の事件はショックだったけれど、事件自体より、私は個人的にバーナードの人間臭い弱さやずるさに驚いた。こんなにテクノロジーが進んだ世界を物語の最後の最後まで引っ張ってきて、結局バーナードはずるい小心者だった。そんなふうに話が収束していくことにものすごく驚いた、とみんなに言ってみたのだけど、「ま、バーナードはそういうちっちゃい人間なのよ」で終わってしまった。