6月のブッククラブのお題は『Brave New World』邦題は『すばらしい新世界』
今、ディストピア小説を読みたい、読んで語り合いたい人はやはり多いようで、参加者のほとんどは『1984』も読んでいた。『1984』のほうが好きだという人が多かった。
トロントが学研都市だからなのか、『Brave New World』の世界に踏み込んでいるような最先端研究やその応用に詳しい人も多かった。だから話したかったのかもしれない。みんな饒舌に真面目に話し合っていた。長くなるけれど、何を話したのか、箇条書きにまとめてみよう。
- 著者のオルダス・ハクスリーが1932年、86年前に想像で描いた世界が、今の2018年の世界にどれぐらい近いか。
1920年代、1930年代は遺伝の研究でブレークスルー(突然変異の発見とか?)があって、科学の万能性が理想化されていたので、今と似たところがある、と誰かが言っていた。
- この小説では、みんながつながっていて、独りでいることはタブー視されている。
フリーセックスが歓迎され、結婚、出産、子育て、家族がタブーなので、人同士の「つながり」を強調してるわりには、そのつながりが結構うすっぺらいのが、今のソーシャルメディアに似ている、「特にティンダーが!」と言っていた。そう言う我々もソーシャルメディアを使ってこのブッククラブに集まっている。
- キャラクターたちがすぐに精神安定剤(ソーマ)を飲んでしまうことについて
そういう社会だと精神的苦痛に対するレジリエンスが育ちにくいから、その辺も今に似ている。確かに薬による恩恵も大いにあるのだけれど。ホームドクターによっては、精神治療のカウンセラーを紹介する前に、「こういう薬が今出ているから、とりあえずはこれを飲みなさい」と処方する人もいる。それは国民皆保険制度の費用対効果の問題も絡んでくるから、と壮大なレベルの話し合いになっていった。
- 寿命ぎりぎりまで若さを保ち、死を悼まないことについて
女性オンリーのブッククラブなので、レーニナとリンダの描き方が当然話題にのぼった。「老けない」ようにプログラムされている人たちの中でひとり自然に老け、世間にのけ者扱いされているリンダに話が集中。「老いたくない」のは人間の永遠の欲望&課題。特に「汚らしくなる老いること」については相当な抵抗がある。参加者の誰かが「延命治療には事欠かないけど、面倒を見られなくなって年老いた親を施設に預けたとき、それが長引くと『一体いつ死ぬんだろう』と苦悩する」と言っていた。ここで話が一挙に盛り上がり、複数の人が同時に話しだしたのでよく聞こえなかったが、どこまで延命治療をするかも、カナダのような国民皆保険制度のある国では、その制度が答えを出す、と誰かが言っていたと思う。
- アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンに階級が分けられていて、上位2階級には知的教育が許されていることについて
今がまさにそうともいえるが、上層階級に知的教育がほどこされ「教養」を持つように育てられるのはいつの時代も同じではないか、と話が終わった。
- 蛮人保存地区がニューメキシコ州にあることについて
「蛮人といえばネイティブ・アメリカン」を思い描いたり、宗教的ともいえる自然への畏怖を感じる場所といえばニューメキシコのネイティブ・アメリカンの保存地区だと思ったりするのは、今も変わらない。
- 自動車王フォードが神になっているフォード教について
同じものを正確に大量生産できる能力が崇められているということなんだろうが、今なら誰? イーロン・マスク? と軽くいなして終わり。
- エンディングについて
結末の事件はショックだったけれど、事件自体より、私は個人的にバーナードの人間臭い弱さやずるさに驚いた。こんなにテクノロジーが進んだ世界を物語の最後の最後まで引っ張ってきて、結局バーナードはずるい小心者だった。そんなふうに話が収束していくことにものすごく驚いた、とみんなに言ってみたのだけど、「ま、バーナードはそういうちっちゃい人間なのよ」で終わってしまった。